アヤカシ探偵社。其の参
今や沈静化している槌の子ですが、根強い人気があります。今回は妖怪よりUMAとして認識されている彼等の話を書いてみました。
兵庫県、丹波篠山三獄の山中。男女七人のグループが捕虫網を持って徘徊していた。彼等は揃いのサファリルックにヘルメットである。構成は男五人に女二人。リーダー格の太っちょ眼鏡が合令した。
「この辺で目撃情報が多数報告されている。我が立岩模型ツチノコ探検部の面目にかけて必ずツッチーをゲットするぞ‼」
他のメンバーが呼応する。
「オー‼」
ツッチーとは槌の子の愛称である。野槌又はバチヘビとも呼ばれている。太古から日本にいるUMA、未確認生物である。北海道・沖縄地方を除く各地で目撃されていて一時期大ブームになった事もある。懸賞金を掛けている自治体もあって今も捕獲しようと狙うアマチュアUMAハンターが活躍しているのだ。
「社長、いや野口隊長!もし槌の子に襲われたらどのように対処すれば良いでしょうか?噂によるとハブより凄い猛毒があるとか」
野口隊長と呼ばれたリーダー格は半ば呆れ顔で答えた。
「小梶隊員、あくまで噂に過ぎん!噛まれて死んだヤツはいない!果敢に立ち向かうのだ」
小梶隊員は不安を払拭できないでいる。女性隊員の一人が自信たっぷりにアドバイスした。
「大丈夫よ、小梶くん。いざとなったら社長が盾になって代わりに噛まれてくれるわよ」
すると社長の野口が真赤な顔をして怒鳴った。
「何を馬鹿な事言っとる!俺が死んだら誰が貴様達の給料を払うんだ⁉最悪立岩模型株式会社が倒産してしまうかも知れんのだぞ!」
彼が一代で起こした立岩模型はフィギュア造形で一世を風靡した会社である。そのクオリティの高さから有名になったのだがブームが沈静化、業績も年々悪化してどん底状態。そこで起死回生、幻の槌の子を捕まえて名声と懸賞金の一挙両得を狙ったのである。
「んな事はどうでもいい、さっさと捜索に出掛けるぞ❗」
野口が勇んで進み出したので部下達はしぶしぶ就いて行くしかなかった。一行は藪の中を掻き分け入っていった。薄暗い中暫く進むと、開けた草地が現れた。陽の射す一角もある。
「此処で一旦休憩とする」
野口が号令をかけたので一同はホッとした。恐怖心からくる緊張と疲労でもうくたくたなのである。女性隊員の内で最年少の上原ゆかりがリュックの中から御茶とコンビニおにぎりを取り出し、包装を剥がそうとセロファンの端を摘まんだ
その瞬間、藪の中から何かが飛び出し手にしていたおにぎりを奪っていった。
「槌の子だっ‼」
野口が叫んだ。皆が一斉に注視したその先には体長25cmくらいの、爬虫類がかなりのスピードで地面を這って逃げようとしていた。途中、くわえたおにぎりを殆ど溢してしまう。見た目は蜥蜴の様だが、手足が無い。胴は膨らんでまるで肥満の犬である。確かに槌の子に見えるが、にしては些かに小さい。野口は血走った眼で吠えた。
「そいつは鎚の子の子供だ!捕らえろ‼」
はっ!と我にかえった隊員達は網を手にして走り出した。が、流石幼体でも槌の子である。その素早さは人間の身体能力の比ではない。あっと言う間に藪に消えて行った。
「くそう、取り逃がしたか…だが、あのサイズではそう遠くまでは逃げられないだろう。辺りをくまなく捜索しろ」
野口を筆頭に隊員達は必死で探し回ったが、遂に日が暮れても発見出来なかった。当然である。そんなに簡単に見つかるようならとっくに誰かが捕まえている。それほど幻の生物なのである。目撃できただけめっけ物である。
翌朝。あんじーと鎌鼬は立岩模型の連中のいた場所と然程遠くない、ほんの数km先の林道を歩いていた。鎌鼬は妙に辺りを警戒している。心なしか顔が引き釣っているようだ。
「この辺の筈だよな?」
あんじーがまたか、と怪訝そうに答えた。
「左様、Google mapの位置情報だとこの辺りなんじゃが…」
がさがさ!目の前の笹が激しく揺れた。鎌鼬は驚いて3mは飛び退いた。あんじーはその様子を半笑いで眺めている。林の中から体長2mを越える土色の蛇が現れた。しかも腹が樽を飲み込んだかの様に膨らんでいる。
「あんじー様とお連れの方ですか?」
何と言語を発した⁉ 再び驚嘆の鎌鼬に対してあんじーは至って冷静である。
「お主が今回の依頼主か」
あんじーが訊ねると大蛇が答えた。
「御岳山野槌の長をしております獄衛門と申します」
あんじーは間髪なく本題を切り出した。
「ご依頼は頭領より聞いておるが、儂にはちと難題な内容でのう」
あんじーは若干困惑気味である。獄衛門はすまなそうに相槌した。
「ごもっともです。何せ手前どもの身内の問題ですので」
あんじーがまあまあ、と手を横に振って続けた。
「して、当人の巳之助殿はどちらに?」
「それが…昨夜より例の如く飛び出して行方が掴めないのです」
獄衛門は恐縮しかりである。あんじーが呟いた。
「困ったものじゃ。物の怪でありながら人の食べ物に興味を持ってしまうとは」
獄衛門は相槌ちした。
「全くですじゃ。ひと頃よりこの辺りにも大勢の人間が訪れる様になりまして、食べ残した物を捨て帰ると幼蛇達は飲食の手軽さからついつい手を出してしまいますじゃ。しかも味が濃いものですから夢中で漁るようになりまして」
あんじーが頷く。
「確かに、のう。人の食物は自然界には無い糖分が大量に入っておる。あの甘さに味をしめたら普段の獲物では満足できまい。物事の善し悪しが判断できぬ幼子では慾望を押さえ切れぬのも当然じゃて」
獄衛門は続けた。
「我が一族の子供達はしぶしぶながら納得したのですが、孫の巳之助だけは…幼い時から母親が甘やかしていたので聞き分けがないきかん坊でして…腕白に育ち困っておりますじゃ。親も私も散々言って聞かせたのですが全く言うことを聴きませぬ」
あんじーはほうっと溜息をついた。
「かと言って子育てもした事のない儂に幼児教育を頼まれても…お門違いじゃぞ」
獄衛門は反論するように語った。
「そこが、ですじゃ。巳之助はあんじー様に憧れを抱いておりまして。伝説の九尾との一戦、様々な武勇伝…古から語り継がれたあんじー様の活躍に心酔しとりまして、妖怪界のヒーローと思っております。ですからそのあんじー様に嗜めて頂いたら従いますかと」
あんじーは半信半疑である。
「そうかのう。家にもやんちゃな蛟が2匹いるが儂の話など全く聞き分けんぞ」
獄衛門は言い返えした。
「失礼ですが、その蛟達はあんじー様に対するリスペクトが足りませんのでは?手前どもの巳之助はあんじー様を神仏と崇めております。必ず得心します」
あんじーはもう苦笑いするしかない。
「それもはた迷惑な話じゃ」
獄衛門は機嫌を損なわないよう必死で
「申し訳ありませぬ、あんじー様しか頼る方がおりませんで…何卒宜しくお願い致します」
頭を垂れる獄衛門に引き受けるしかないあんじーであった。
「兎にも角にも、巳之助殿と会わん事には何もできん。何方か呼びに行って頂いておりますのかな?」
獄衛門は答えた。
「はあ…一族総出で探し回っておりますが…まだ何の連絡もありませんで。申し訳ございません」
あんじーは半ばホッとしている。
「ううむ、困ったもんじゃのう」
2人(2匹)が話していると1匹の若い野槌が駆け込んできた。
「長老‼巳之助様が!」
慌てる若者に獄衛門は叱咤した。
「落ち着け❗とうしたのじゃ⁉」
「み、巳之助様が人間達に見つかり白蛇様の祠に追い詰めらた模様です!大勢のハンターに囲まれピンチです‼」
三匹は思わず顔を見合わせた。そこであんじーが提言する。
「皆の衆(槌の子)では騒ぎになる、儂らが様子を見に行こう」
獄衛門はあんじーに悲壮な顔で嘆願した。
「宜しくお願いします、あんじー様だけが頼りですじゃ」
あんじーは獄衛門に優しく答えた。
「お任せあれ。儂が必ず巳之助殿をお救いいたす」
鎌鼬が苦言。
「またそんな安請合いを。相手は人間だぞ、また双方無傷で事を収めるなんて言い出すんじゃないだろうな」
あんじーはむっと!して答えた。
「当然じゃ。誰も傷つける事なきよう治めるのがアヤカシ探偵社のモットーじゃ」
あんじーと鎌鼬は若い野槌に案内され白蛇神の祠に到着した。祠、というより小さな鳥居と犬小屋くらいの社殿があり奥にそこそこ大きい洞穴がある。穴の入口には年季の入った標縄が渡されていた。鎌鼬が呟く。
「どっかで見た事あると思ったらぬこ神の住み処と同じじゃないか⁉」
因みに、鎌鼬の姿は小動物に擬態している為人間にはフェレットくらいにしか見えない。無論、会話も鳴き声に聞こえる。
「確かに、な。神獣の祭られ方は何処も似たようなものかも知れんのう」
あんじーが相槌を打つ。洞穴に目をやると、何処から聞き付けたのか大勢のUMAハンター達が取り囲んでいる。中には地元のweb-TV局のカメラクルーまでいる。どうやら彼等が情報を拡散したようだ。アナウンサー気取りの女性スタッフがカメラに向かってがなっている。
「今、私達は世紀の瞬間を目撃しようとしています!果たして槌の子は現れるのでしょうか⁉」
あんじーはすっと彼女の横に入って尋ねた。
「誰か槌の子が入っていくのを見たの?」
女性スタッフは急な質問に驚いた。見ればメイド衣装(あんじー曰くエプロンドレス)に金髪ウィッグ、猫耳に蜻蛉眼鏡の如何にもな小2くらいのヲタク少女が立っている。
「あら可愛いい❗お嬢ちゃんもウチの放送観て来てくれたの?そこまで浸透してるなんてうれしいわ~」
あんじーはいらっとして再び尋ねた。
「そんなことより見た人いるの?見たんならなんで皆穴に入らないの?」
女性スタッフとカメラ前に立っていた初老の紳士が替わりに答えた。
「それはな、嬢ちゃん。この祠が強力な神通力を持つ名の知れた白蛇様を祭っておるからなんじゃよ。祟りが恐くて誰も踏み入れられんのじゃ」
ふーん、と頷きながらあんじーは内心しめた!と微笑んだ。人間達に乗り込まれる前に今なら助け出せる!彼等は元々UMAの存在を信じるオカルトマニアなので映画によくあるシチュエーションの封印を解いて怪物に襲われるのを極端に怖れているのだ。
「じゃ、私が行く!」
あんじーは少女っぽい声で皆に聞こえるように言い放って洞穴の方へ歩き出した。
「危ないよ!入っちゃ駄目‼」
「嬢ちゃん、祟りが恐くないのか⁉」
女性スタッフと初老の紳士が止めに入ったが制止を振り切ってあんじーと鎌鼬は中に入って行った。まわりのハンター連中は茫然と眺めているしかなかった。
洞穴自体はぬこ穴ほど広くない。標縄を潜ると独特な、ジメジメと湿気た如何にも爬虫類の住み処の雰囲気を漂わせている。更に奥に進むと立派なお堂があった。年期を感じさせる古刹といった感じである。ただ、異様な妖気を漂わせているのを2匹は感じ取っていた。
「油断するなよ鎌鼬」
鎌鼬はあんじーを見てニヤリと笑った。
「おう!相手が妖怪なら臆する事はないさ」
はて、UMAの野槌と白蛇神に何の違いが??
などという疑問は敢えて突っこまないあんじーであった。2匹が凝視する堂内から微かな、擦れるような音がする。正に大蛇の鱗が床板を掻き鳴らすごとき不快音である。ズリズリ、ズリズリ…
「頼もう~‼ 其所におわすは白蛇神・白娘様とお見受けいたす」
あんじーが大声で呼び掛けた。暫らく間が空いてお堂からハスキーヴォイスが返ってきた。
「その声には聞き覚えがあるぞ。猫又のあんじーか…何をしに来た?」
威嚇する様な物言いだがあんじーにはよくある事なので気にもならない。そんな事より、奥の方でキキっと悲鳴にも似た鳴き声が響いたのが勘に触った。
「今日伺ったのは野暮用での。此方に野槌の子がおるのではないか?儂は親御殿に頼まれて迎えに来たのじゃ」
白娘と呼ばれた白蛇神は間髪入れず答えた。
「はて、面妖な?此所に逃げこんできたお子は人間どもに追われ、助けを求めておった。事実外は捕えようとする輩で取り囲まれておる。聞くところによると貴様は常に人間供の味方をしておる様じゃな…奴等に頼まれて連れ出しに来たのではないのか⁉」
白蛇神の有らぬ疑いにむっとして、あんじーが
反論した。
「馬鹿な事を!儂は人・妖怪どちらの味方でもない。皆が楽しく平和に暮らせる世を望んでいるのじゃ」
二人(二匹)が言い争っているその時、穴の入口付近で話し声が。
「大丈夫かな~。白蛇出てくるんじゃないか?」
例のツチノコ探検隊長野口である。
「あの娘、無事なんすかね。もう白蛇様に喰われちまったんじゃ⁉」
小梶が震える声で問いかけると上原ゆかりが無責任に答えた。
「心配ないわよ、入ってまだ間がないもの」
3人はあんじー達を救出すべく勇気を振り絞って洞穴に突入したのだが段々怖くなってきたのだ。
「やはり貴様が手引きしておったか⁉」
怒り心頭の白娘にあんじーが弁解する。
「ち、違うのじゃ!あやつらが勝手に入ってきたのじゃ」
まさか無謀に進入してくるとは予想だに出来ず焦るあんじー。
「本当に面倒くさい事してくれる奴等だぜ」
吐き捨てるように鎌鼬が呟いた。
「まっこと、余計な事を!」
あんじーも苦虫を噛み潰した様な表情である。
「貴様達の目論見はよう判った!余を怒らせるとどうなるか思い知るがよい‼」
白娘は身体を振るわせ念力で洞穴全体を揺るがせた。すると各所で崩壊が始まった。天井から、壁から崩れ落ちた岩が降ってくる。
「いかん!外に逃げるのじゃ‼」
「その格好じゃ逃げ遅れる!俺に掴まれ‼」
鎌鼬があんじーを背中に乗せて洞穴の出口目掛けて走り出す。一方、探検部一行も揺れに恐怖を感じ外に向かっていた。あんじーと探検部一行はほぼ同時に出口までたどり着き、外に出た直後洞穴は崩れ落ち祠はふさがってしまった。周りの連中は唖然としている。
「何が起こったの、お嬢ちゃん⁉」
web-TVの女子アナがインタビューしようと近づいたその時!入口の上方が爆発し、轟音と共に巨大な穴が空いた。皆がひっくり返り、注視していると…巨大な白蛇が頭を出した。さっき会っていた時の10倍はデカい。白娘が変化したのだ。
「愚かな人間ども、余の怒りを思い知るがよい‼」
白娘は大きく開いた口から瘴気を放った。
「いかん‼皆の衆、直ぐ様逃げるのじゃ‼」
あんじーは幼女の演技を忘れ、素の声で叫んだ。
放たれた瘴気は周囲の草木を視る視る枯らし朽ち果てさせた。人間達はその様子を見て一斉に走り出す。が、TVクルー、老人、探検部の7人は逃げない。
「何を躊躇う?此処に居ると瘴気にやられるぞ」
語気荒く嗜めるあんじーに野口が答えた。
「お嬢ちゃんを置いて逃げる訳にはいかん!我々が守ってあげないと」
「こんな大スクープ、2度と撮れるもんじゃないわ!命にかえても物にする‼」
女子アナ気取りが喚く。あんじーはあきれ果て、返す言葉が出ない。
「にしてもお嬢ちゃん、喋りがえらく違うな。お婆さんの物言いみたいだよ」
隊員の1人が尋ねた。あんじーは頭にきた。
「今聞く事ではないじゃろう❗何を呑気な…ええい、仕方がない‼」
あんじーは腰のポシェットから1枚の透明シートを取り出した。はたいて広げると拡大、あんじーか空に投げるとドーム状に広がり全員を覆った。
「厄災シールドじゃ。当面ガスの影響は防いでくれるが外気も入って来ん。長くは持たんぞ」
女子アナ気取りが感心して尋ねた。
「お嬢ちゃん、便利な物持ってるのね~。そのポシェット、他にもいろいろ入ってるの?」
「左様じゃ。様々なマジック・アイテムが…いや、そんな事はどうでもよい、皆此処で大人しく待っておるのじゃ‼行くぞ、鎌鼬!」
女子アナ気取りの質問に釣られてうっかり口が滑りそうになるのを遮り、鎌鼬と共にシールドを捲り外に出た。
「この瘴気はかなりヤバイぜ。早期に倒さないと俺達が殺られる」
あんじーは鎌鼬の忠告に答えた。
「解っておる。あやつを止められるのは儂らしかおらん」
あんじーが右手を挿頭すと白いデッキブラシが現れた。更にあんじーが叫んだ。
「武装変化‼」
するとあんじーが少女からハイティーン(17歳)の姿に変わった。メイド服はミニスカになり、赤縞のニーハイに、市松模様のローファーもスタイリッシュである。尻尾は一方をピンと立てているがもう片方は半分くらいで切れている。大きく開いたエプロンの袖を旗めかせ、デッキブラシを地面に突き立て大声で口上を述べるあんじー。
「話し合いで穏便に済ませたかったのだが、貴公が応じて貰えぬのなら致し方あるまい、少々痛い目をみてもらうぞ」
あんじーはポシェットから赤い水晶の様な玉を取り出した。中心に龍が描かれている。
「あ⁉そいつはあの我儘ババアの…?」
鎌鼬が訝しそうに呟いた。あんじーがにやりとほくそ笑み得意顔で答えた。
「左様、善女様から頂戴した魔玉じゃ」
以前和歌山での案件で依頼主の善女龍王から謝礼として渡された宝玉なのだ。彼女には金銭感覚が無く、現物支給となった。因みに相手方の南陀龍王からも現物支給されたのだが和歌山特産の海の幸・山の幸なので東山に持ち帰り家主の老夫婦や爽・箔、近場の妖怪達と美味しく頂いた。
余談はさておき、あんじーは魔玉を白娘に向かって投げつけた。すると玉は放物線の途中で閃光を放った。更に玉を中心に巨大竜巻が発生、暴風雨を巻き起こす。白娘の瘴気も吸い込まれ、あっと言う間に消し飛んだ。
「うぬう、あんじーめ…何をした⁉」
怒りの収まらぬ白娘にあんじーが答えた。
「なあに、ほんの龍神様のお手玉よ。」
「龍の玉だと⁉貴様とんでもない武器を隠し持っておるな。侮れぬ奴よ」
睨みつける白娘に不敵な笑みを浮かべるあんじー。
「畏敬の言葉と受けとっておこう。じゃが持っておるのはこれだけではないぞ」
言うなりあんじーはポシェットに手を入れた。中から取り出したのは先に銀色の金属球の付いた棒である。
「これは支那に伝わる古の宝具・雷震鞭である。喰らうがよいっ‼」
あんじーは白娘に向かい件の雷震鞭を振るった。すると雷鳴と共に巨大な雷が白娘を襲った。痺れて悶絶する白娘。胴体のあちこちから燻った白煙を上げている。
「まさか貴様が魔道具を持っているとは…だが負けてはおらぬぞ」
息絶え絶えながら白娘は気丈に言い放ち口をすぼめた。その先からあんじー達に向かい毒霧を直線的に噴き出す。あんじーと鎌鼬は素早く避けたが毒霧は災厄シールドにかかり、シールドは視る視る溶解していった。中にいた野口隊長達は恐怖で固まってしまった。
「いかん!儂らならかわせるが彼等ではとても無理じゃ」
両者が睨み合っていたその時、後方で大きな声がした。
「お止めくだされ白蛇神様、あんじー様」
振り返ると獄衛門と野槌一族の姿があった。
「じいじ‼」
白娘の陰に隠れていた巳之助がするすると山肌を滑り降り、獄衛門に飛びついた。
「おうよしよし、巳之助、無事で良かった」
多分安堵でほっとしているのであろう獄衛門であるが蛇の表情はイマイチ読み取れない。老野槌は再び白娘に向き合い、頭を垂れた。
「白蛇神様、我が孫をお助け頂き、ありがとうございました。また、ご尽力して頂いたあんじー様、感謝致します。ただ、そのお二方がこの様な形で争われるのは見るに偲びませぬ。この老蛇の顔に免じて鞘を納めてはくださりませぬか」
白娘はしばし沈黙の後、あんじーに語りかけた。
「貴公の話は本当であったか」
「当たり前じゃ、何度も言っておろうが」
憤慨するあんじーに冷静さを取り戻した白娘が切り出した。
「余も興奮して少々誤解しておったようじゃ。どうであろう、和解を申し出たいのだが」
あんじーの表情が変わった。
「もとより無駄な争いは好まぬ儂らじゃ、こちらこそ和平を求めたい」
二者は微かに微笑んだ。獄衛門も会話に加わる。
「良うございました、これで我々も安心して里に帰る事ができます」
「あのう…私達はどうすればよいのでしょう?」
恐怖でへたりこんでいる連中から代表して野口が尋ねた。あんじーが思案の後、提案。
「先に逃げた人間達に吹聴されて隠すのは無理じゃろうな。幸いweb-TVが来ておるから、故郷宣伝のVとしてSMSにアップしてもらったらどうじゃ?CG+特撮番組としてYouTubeで流れたら誰も信用しまい。無論、此処で見聞きした事は絵空事として内密に…認識して頂きたい」
汗だくの野口は激しく頭を縦に振った。
「勿論です!皆、良いよな⁉」
物の怪衆に囲まれ、人間達は恐怖で承諾するしかなかった。
「結局儂はわさわざ丹波まで来て無駄に暴れただけじゃな…」
あんじーが呟くと獄衛門が語りかけた。
「いやいや、まだ依頼の本題が残っております。つきましては我が孫の巳之助を行儀見習いとして引き受けて頂きませぬか?本人も強く望んでおります故」
獄衛門の傍らにいた巳之助がおずおずと前に出て頭を下げた。
「宜しくお願いしますっ‼」
あんじーはハアッと溜息をつき、変身を解除した。
「仕方あるまい、今回儂は何もしておらぬからな。巳之助殿をお預かりしよう」
「わあーい‼あんじー様、ありがとう!」
小躍りする巳之助。獄衛門もほっとした表情である。嘆く鎌鼬。
「また難儀な奴しょいこんじまったよ❗どうすんだあんじー⁉」
あんじーも苦笑いするしかなかった。気付けば笹山は夕陽で真赤に染まっていた。
後日談。笹山web-TVはYouTubeにアップした宣伝動画が大迫力で閲覧数を増やし、再生回数1億を越える大ヒットとなった。その影響で丹波篠山はインバウンド含め一大観光地に。web-TVも視聴者が激的に増え、超有名TV局に。また、経営不振にあえいでいた立岩模型もweb-TVとのコラボで土産用の槌の子や白蛇神を主力に妖怪シリーズを売り出し、ネット注文が相次ぎ生産が追い付かない常態でV字回復を果たした。しかし立岩模型で最もヒットしているのがメイド服姿の猫耳少女である事実をあんじーは苦々しく感じている。まさか自分がフィギュアになるとは思いもよらなかったのである。因みに東山に同行した巳之助に当初社員達は動揺し、当の本人は怯えていたが子供の爽と箔はすぐ仲良くなり、今は3匹で元気に遊び回っている。何も気にしない老夫婦のお陰で槌の子とバレる事もない。そして、巳之助にとって最も良かったのは食事時にたまにスィーツが出る事である。ともすると巳之助の奉公の目的はそれだったのかも知れない。
ー第参話 完ー
作中登場する白蛇神、白娘様の名は東映動画の長編まんが映画「白蛇伝」からお借りしました。て、良いのかな。まあリスペクト、オマージュということです。ご理解ください