転生賢者は剣聖に憧れるが、剣が重すぎて持てなかった!
連載として書こうとしていたのですが、ちょっと展開に思うところがありまして短編という形での供養になっています。
「……私ももう長くはないな」
自嘲気味に呟くものの、悲壮感などの悪いような感情は見受けられない。
それもそのはず、既に次の準備は完了していると言ってもいいのだから。
「苦節10数年はかかったが、何とか完成させることが出来た」
私の目の前にあるテーブルの上には、緑色の液体が入った小瓶が置いてある。
これが賢者と呼ばれている私が作り上げた魔法薬ーー転生薬である。
もちろん、使用したことは無いので理論上ではあるが、それを今、私は試そうとしているのだ。
この魔法を作ろうとした理由は、心臓の病が原因だった。
私は賢者という立場上、魔法薬にも精通していたが、残念ながら完全に治療することは出来なかったのだ。
しかも、日に日に悪くなっていく病状を見て、これは薬では治せないと判断したのだ。
そこで、発送を転換することにした。
ーーどうせこのまま死ぬことになるのなら、転生でもしてみよう、と。
年齢的にはまだ若い部類に入る私ではあるが、病には勝つことが出来なかったのだ。
そう決断してからの私は、魔法書を読み漁ることから始めた。
遠い昔に記された魔法書には、転生の秘術について記されているものもあり、それらの数少ない情報をかき集めて、一つずつ実験を重ねることにした。
私のことを知っている周囲の人間ですら荒唐無稽だと思われたことではあったが、それでも私は諦めなかった。
その甲斐あってか、私は転生の魔法薬を作り出すことに成功したのだ。
「さて、転生する前に最後の確認をしておくとしよう」
独りごちて、自分だけの研究所兼自宅である小屋の中を歩き回る。
賢者である私の研究所には、公には出来ない資料も多く、それらは真っ先にこの世から消滅させていた。
続いて人々の役に立ちそうな研究に関しては適当に纏めておいて放置することに決めた。
どうせ私が死んだことに気づいた者が研究所を漁るだろうから、その時にでも持って行ってもらえばいいと考えていた。
そして、部屋の片隅に纏めて置かれている物は、転生後に必要になるであろうものだ。
お金をはじめとして、日用品や容量がほぼ無限の魔法の鞄、そして……
「……やはり男としてはこの道を歩みたかったな」
苦笑を漏らしつつも両手で持つそれは、私には凡そ似合わないであろう、一振の剣だ。
鞘から抜くと、向こう側が透けるほどの透明度を誇る刀身が姿を現した。
魔力伝達効率と硬度に優れたオリハルコンを超高密度まで圧縮したものをふんだんに使用して作られたこの剣が、私が転生後にしたいことの現れであった。
私は幼い頃から、剣士というものに憧れていた。
だが、私には剣の才能は無く、代わりに大き過ぎる魔法の才能があった。
その為、本当に好きな剣の道を閉ざされ、賢者としての人生を歩んできたのだ。
別に賢者としての人生が楽しくなかったかと言われればそうではなく、寧ろ今となってはこれで良かったとも思っている。
何一つ不自由することなく、国から求められた研究をしていれば自由もそれなりにあり、人から感謝される賢者としての仕事は好きだった。
されど、それも生きていればの話である。
「まぁ、それも今日で終わりだと思うと、感慨深いものがあるな」
改めて私は、室内を見回した。
壁に貼り付けられた資料の紙は薄汚れていて、所々が破れかかっている。
天井には蜘蛛の巣が張っていて、あまり掃除はしていなかったな、と思い出す。
魔法薬の素材が入った棚はスカスカで、補充を忘れていたらしい。
けれど、それでいい。
「私はもう、私では無くなるのだから」
もう、私が私である時間は少ない。
転生しようと思えばすぐにでも出来るくらいには、準備は整っているのだ。
しかし、あることを思い出して声を上げる。
「……そういえば、遺書とか書いた方がいいのだろうか。仮にも私は賢者なのだから、突然死んだとかだと迷惑がかかりそうだ」
今更ながら気づいた事後処理について、慌てて準備を整えた。
棚から未使用の紙を引っ張り出て遺言を記し、記録結晶に音声付きの言伝を残して、これでいいだろうと胸をなで下ろした。
「もう忘れ物はないはずだ。……私のことだから重大なことを忘れていそうだが、まぁ、それはそれだ。仕方ない」
すっぱりと諦めて転生をするべく、一本の小瓶を手に取る。
中身は肉体を再構成し直す効果がある魔法薬で、飲んだ瞬間に転生が始まる……という理論である。
予備は作っておらず一発勝負ではあるが、恐らく大丈夫だろうという自信が私にはあった。
小瓶の蓋を開けて、一度、深呼吸。
流石に私でも、人並みに緊張はする。
いくら賢者と呼ばれていようと、実際のところは人見知りで小心者なのである。
「……よし、もう大丈夫だ」
自分を鼓舞するように呟いて、小瓶の中身をあおった。
くっ、くっ、と喉を鳴らして飲み干すと、効果はすぐに現れた。
意識が朦朧としてきて、身体から力が抜けていく。
手から離れた小瓶が床に落ちて、カシャン、と軽い音を鳴らした。
「うっ…………あぁ……っ」
呻き声をあげながら、私の身体は床へと音を立てて倒れ込んだ。
熱さが駆け巡り、心臓の鼓動が五月蝿いくらいに聞こえてくる。
そして、私の意識は途切れた。
それから数分後、彼の身体に異変が起こった。
みるみるうちに身体が縮んで、サイズが合わなくなった白衣と服がだらりと床に広がった。
骨格ごと変わっているように見えるのだが、これはきっと彼が作った魔法薬は成功しているのだろう。
「…………んんっ」
さらに数分後に、私は目覚めた。
倦怠感が酷いものの、どうにか数秒をかけてゆっくりと起き上がって、辺りを見回した。
すると代わり映えのない自分の研究所が視界に映った。
「……これは、成功か?」
まだ理解が及んでいない彼は、自分の身体を触って確かめる。
すっかり小さくなった手のひらであちこちを触れてみると、どうやら子どもの姿になっていることがわかった。
同時に、身体に違和感を感じた。
声がまるで少女のように高く、澄んだものになっていたのだ。
「……これは、まさか」
あることに気づいて、それを確かめるべく立ち上がり、近くに置いておいた姿見の前に立った。
そして、姿見に映る自分の姿を見た。
「…………成程、これは転生と言うよりは、身体が作り替えられた、という方が正しそうだな……」
冷静に分析を進める彼だが、これはきっと私の性分だろう。
しかし、驚くことが起こっていた。
それはーー
「ーーまさか女の子になるとは思っていなかった……」
そう、私は転生には成功したが、身体が作り替えられたことにより女の子の姿になってしまったのだ。
だがしかし、私はすぐに気を持ち直した。
「あの薬はまだ完成していなかったということか……。私もまだまだ未熟だな」
真っ先に考えたのは、自分が作り上げた懇親の魔法薬が未完成だったことの後悔だった。
性別が変わってしまっただけではあるが、それでも彼が考えていた転生はそのままの性別でのものだったのだ。
どの素材が間違っていたのだろうかと考えそうになるが、すぐにそれをやめた。
そんなことを考えても後の祭りの上に、私はもう賢者ではないのだ。
ならば、考えるだけ無駄だと判断したのだ。
「それに、どうやら心臓の病は治っているみたいだからな。女の子の姿になったことに関しては複雑な気持ちではあるが……些細な問題だろう」
心臓の病は治っている上に、賢者という重責からも解放された。
これ以上を望むのはバチが当たるだろうと思っていたのだ。
そこで思考を中断して、もう一度姿見に映る自分の姿を見る。
黒く短かった髪は、腰のあたりまで伸びているようで、色も白くなっていた。
瞳は変わらず黒色のようだが、ぱっちり二重になったお陰で愛らしさが増しているように感じる。
顔立ちは女の子らしく柔らかいもので、ずっと室内で過ごしていたせいか、病的なまでに色白だ。
線が細い身体は、何かの拍子に折れてしまいそうなほどに華奢で、スベスベモチモチの肌になっていた。
試しに指先で二の腕をぷにぷにとしてみると、弾力性に富んでいて癖になりそうだ。
胸元には身長相応の小さな膨らみが二つついていて、以前との違いを意識させるようだった。
それらを纏めると、可愛い女の子というのが私の率直な感想だった。
「……っと、こうしている場合じゃない。まずは服を着てからだな」
そう言うと、予め用意していた服の中から着れそうな物を探し出して、おもむろに着替えた。
ハーフパンツとシャツという色気の欠けらも無い服装だが、これぐらいしか合うものがなかったのだ。
女物の下着までは用意していなかったので男物を着用しているが、どこか違和感があった。
「んー、これはちゃんと服を選んだ方が良さそうだ。何だかふわふわして落ち着かない」
少し動き回って身体の感覚を確かめながら、そう呟いた。
実際、体格は一回りは小さくなっているし、何より性別が違うのだから身体の動かし方も多少なり変わってくるのだ。
筋力とかは落ちたものの、柔軟性に関しては前よりも良くなっているように感じていた。
「……よし、これくらいでいいか。じゃあ、本題といこうかな」
十分にウォーミングアップを済ませた私は、アレの元へと近づく。
鞘に収められたオリハルコンの剣だ。
「遂に、この時がやってきたんだ。私は、この剣で世界一の剣士にーー剣聖になってみせる……っ」
世界で最高の剣士に与えられる称号である、剣聖。
彼が名乗っていた賢者が魔法分野の頂点だとすれば、剣聖はその真逆に位置するものと言ってもいいものだ。
私の転生後の目標は剣士として、剣聖の座に着くことだった。
そのためには剣技を誰よりも磨き、強くならなければならない。
これは剣聖になる道の、第一歩なのだ。
ごくり、と喉が鳴り、緊張が高まる。
「……きっと、私はこの剣で剣聖になってみせる……っ」
繰り返し意気込んで、剣を持つべく力を入れて……
入れて…………
………………。
「うぐぐぐぐぐっ……」
二本の腕がぷるぷると震えているものの、剣は一向に持ち上がる気配が見られない。
それどころか床にくっついているかのような錯覚を私に与えていた。
顔が熱くなるほどに力を込めているのだが、結果はまるで伴っていない。
「はぁ……はぁ…………っ」
一旦剣から手を離して荒くなった息を整えながら、変わらず床に横たわっている剣を見下ろした。
何が変わったのかと剣を注視してみるも、どこにも変化は見られなかった。
「…………この剣、こんなに重かっただろうか……?」
心に渦巻く純然たる疑問に、答えるものは誰もいない。
この研究所には私以外の人間は住んでいないのだから当然だが。
しかし、その答えは私自身が痛いくらいに理解していた。
「……ただでさえ両手で持ってようやくの重さだった剣を、子どもの……それも女の子の筋力で持てるはずがないのか……っ!?」
自らが導き出した推論を口にして、ガックリと膝を落とした。
犯したミスはただ一つ。
転生薬を使う前の彼が持てる重さだからといって、その後の私が持てる重さかどうかは全く別の話ということを見落としていたのだ。
「……まずは剣を持てるようになるところから始めよう」
非情な現実に落ち込みながらも、か細い二本の腕を再び剣へと伸ばすのだった。
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