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4話 セーフハウス。地雷だった公爵家の娘。

 

 シュワンッ。


「……こ、ここはどこだ?」


 クリスが腰にある剣の柄を(つか)み、周囲を警戒(けいかい)しながら言った。


 俺は周りをぐるりと見渡してみる。


 どこかの部屋だろうか、四方を壁で囲まれている。本棚、机……その上には開いたままの本やノート、水晶球のような物などが置いてある。木製の椅子(いす)が1つ、少し大きめの扉が、壁に取り付けてある。すみの方には妙に大きな箱が置いてあった。


 ……どうやら、俺たちのテレポート先はこの部屋、いや、書斎(しょさい)だったらしい。


「部屋……書斎か?」


 クリスも同じ結論に至ったようだ。


「どうやら危険性は無いようだな」


 そう言ってクリスは警戒を解いた。


 ……そして、そのままこちらに向き直り、ズカズカと向かってくる。


「ヒッ!?」

 

 俺はクリスの発する怒気(どき)に、思わず引きつった声を上げた。

 ジリジリと後ずさる俺。

 構わず向かってくるクリス。


 ……ゴツッ。


 とうとう俺は部屋のすみに追いやられた。

 そして、クリスの顔が、お互いの鼻が触れそうになるほど、ずずずいと(せま)ってくる。


「……説明しろ」


 俺は観念した。


「わかった……わかったから、ちょっとどいてくれ……ん?」


 あまりの近さに気恥ずかしくなった俺が、クリスの足元に目線を向けると、何かが目に映った。


「ク、クリス、そこに何かいるんだが」


「ん? なんだと?」


 クリスは視線を下に向けた。


 ……プヨプヨ。


「なんだ、ただのスライムじゃないか」


 どうやらスライムが一匹、紛れ込んでいたらしい。プヨプヨ、フヨフヨと水色の丸い塊が揺れていた。


「おお、スライムかぁ」


 俺は初めて見るモンスターに、思わず感嘆の声を()らす。


 ……ジャキンッ!


 クリスが剣を引き抜いた。


「ふっ、雑魚(ざこ)め。いま楽にしてやる」


 そのままクリスは剣を振り上げる。

 キランッ、と剣先が光った。


 ……ブルブル。


 スライムが激しく揺れ始めた。


「……ゴクッ」


 俺はその様子を固唾(かたず)()んで見守る。


 ……ブルルッ。


 ……プニュン。


 そしてスライムが何かを()き出した。

 わけがわからない。


「……お、おいクリス、こいつから何か出てきたんだが?」


「ぬ、なんだろうか。……紙?」


 俺とクリスは、チラとスライムを見た。


 ……プルプル。


 スライムはその場から動かず、じっとこちらを見ている(気がする)。

 どうやらこのスライムは(おそ)ってくる気がないみたいだ。

 クリスもそう感じたのか、剣をそっと(おさ)め、その紙を拾い上げた。


「どれどれ……」


 クリスが声に出して読み上げた。


『ここはダンジョンとは別次元上に存在しているセーフハウスの中です。ここに存在するいかなる生物も、互いに危害(きがい)を加えることはできません。新しい管理人、カンナギ・タクト様、机の上にある水晶球に触れて、最終契約を結んでください』


「…………」


「…………」


 クシャ。


 クリスが紙を(にぎ)りつぶした。きっと手を開けば、アリの頭くらい小さい粒になって出てくることだろう。言い過ぎか。


「貴様、なぜこんな重要なことを隠していた!?」


 バレました。


「おお、おちおち、落ち着いてくれ。そ、そんなこと言われてもだな、バレたら何されるかわからなかったから仕方ないだろ?」


 俺はビビりつつそう答えた。


「……クソッ、最悪だ。まさか貴様が管理人だったなんて。……まさか本当に存在していたとは……」


 その美貌(びぼう)に相応しくない悪態を吐くクリス。


「な、なんか不都合(ふつごう)でもあるのかよ? これでダンジョンが復活すれば、お前らの国も助かるんじゃないのか?」


 俺がそう言うと、クリスは何もわかっていない、というような顔をして俺に怒鳴(どな)った。


「いいか、カンナギ・タクト。お前に悪意は無いと知っているからあえて言うがな、『管理人』は魔王の手先とも言われているんだぞ!? もしそれが本当ならば、ここまでお前と一緒にいた私は、もはや魔族の関係者だ!」


「ク、クリス聞いてくれ。確かに俺はこのダンジョンの管理人になったが、俺は魔族のことは何も知らないし、関係は一切無いはずだ! 信じてくれ!」


 俺は必死に説得した。


「……はぁ。わかった、いまのところは信じてやろう。しかし、お前が魔族の関係者だと判明したら、私はお前を切らなければならなくなる」


「わ、わかった」


 …………。


「「……はぁ」」


 俺とクリスは同時に()め息をついた。


「……で、タクト、その机にある水晶球に触ろと書いてあったが……」


 クリスがそう言って、机の上を指さした。


「おお、そうだったな。……どれ」


 俺は机に近づき、透き通ったガラス玉のような水晶球に手を触れた。


 ポワァァァ。


 水晶球が白く光り出し、俺の目の前に何かが表示された。


『このダンジョンの管理権をあなたに委譲(いじょう)します。契約完了後、このダンジョンはあなた以外に管理することは出来ません。よろしいですか? Yes or No 』


 ……まあ、ここで No を選択したら下手するとあの自称神に殺されかねないからな。


 俺はたいして躊躇(ちゅうちょ)せずに Yes を選んだ。


 ピコンッ。


『カンナギ・タクトの承諾(しょうだく)を確認。……管理権の委譲完了。マスター・カンナギ、あなたは正式にこのダンジョンの管理人になりました』


 俺がこの文章を確認すると同時に、頭の中に合成音声のような無機質(むきしつ)な声が(ひび)いた。


 ピコンッ。


『スキル:ダンジョン管理を獲得(かくとく)しました』


 ピコンッ。


『称号:新米ダンジョンマスターを獲得しました』


 おっ、今度はまともな称号だ。


 ……ってあれ?

 ふと、自分の身体を見ると、俺の身体を包んでいたオークの布が消え去って、いつの間にかまともな服を着ていた。

 ローブのような、白衣のような……うーん、たぶん、管理人用の服なのだろう。ズボンもかなりしっかりしている。いずれにせよ、身体にピッタリだ。


「……どうだタクト、終わったか? っていつの間にそんな服に着替えたんだ?」


 クリスが、俺の肩越しに水晶球を覗いてくる。


「いや、多分正式に管理人になったからだ。今最終契約が終わったよ」


 俺がそううなずくと、クリスは少し感動が混じった声でこう言った。


「そうか。……しかし、まさか私が本物の『管理人』に会うとはな。……人生わからんものだな」


「確かにな。俺もまさかダンジョンを管理することになるなんて思わなかった」


 すると、クリスは(まゆ)をひそめた。


「……ん? どういうことだ? タクトは自分から望んで管理人になったんじゃないのか?」


 クリスがそう疑問を口にした。


 ああ、普通はそう思うよな。自分から望んで管理人になったって。


 俺は信じてもらえるかわからなかったが、まあこの際、すべて言ってしまおうと思い、これまで俺の身に起きたことを事細(ことこま)かくクリスに話た。

 ……もちろん、自称神のネガティブキャンペーンも大いに(まじ)えて。ええ、しますとも。


「……ふむ、ではタクトは転生してきたのだな。どうりでこの世界の常識に(うと)いわけだ。その自称神(くそ)は死ねばいいと思う。……その、ちーと能力? に関しては、あまり口外しないほうがいいだろう」


 どうやらネガティブキャンペーンは成功したらしい。ザマァみやがれ。


「おう、俺も言わないよう気をつけようと思ってる。……ってか、あまり驚かないんだな」


「まあ、転生自体ありえない話ではなくてな。強大な魔力をもつ召喚師(しょうかんし)は、異世界からあらゆる物を召喚するとも聞く。我がグロース王国でも、実際に召喚が行われたという記録が残っているしな。……まあ、相当昔のことではあるが」


「ふーん。まあどちらにせよ、悪かったな、()き込んでしまったみたいで」


「ふんっ、まったくだ」


 プイッ、とそっぽを向くクリス。


 ……お、な、なんかちょっと可愛いかったないまの。


 俺が少しドキドキしていると、クリスはそのままボソボソと話し始めた。


「今日一日くらいはお前と居てやってもいいが……」


 クリスは、クルッ、とこちらを向いた。


「明日の夕方までには戻らないと、おそらく私の捜索隊(そうさくたい)が組まれるだろう」


 ……ん?


「……えっ、それってここまで来るってこと?」


 俺がそう聞くと、この金髪碧眼美少女騎士、クリスティーヌ・フォン・ヴァンゼッタはとんでもないことを告白しやがった。


「そうなるな。なんせ私は、グロース王国の公爵(こうしゃく)であるヴァンゼッタ家の娘でもあるからな」


「こ、公爵ぅぅぅ!?」


「ふっ、そうだ。驚いたか?」


 当たり前だろ! 公爵とかめちゃくちゃお偉いさんじゃねーか! ってか、こいつなんか毒舌(どくぜつ)過ぎないかと思っていたが、そういうことでもあったんだな。

 ……いや、そこを突っ込む前に聞かなくてはならないことができた。


「な、なあ。こ、これ、捕まったら、もしかしなくても俺って……」


「ふっ、処刑だな。私に裸体(らたい)を見せつけた()げ句、こんな書斎に連れ込んで私と一緒に一夜を過ごしたとなれば、即刻(そっこく)、首を落とされるだろう。まあ、どんまいだ」


「……え、お、おい」


「もちろん、捜索隊は国の強者(つわもの)がメインで組まれることになる。……そうなればこんな廃墟(はいきょ)同然のダンジョンのことだ、あっという間に蹂躙(じゅうりん)されるだろうな」


「お、おま」


「ふふふ、安心しろ、捕まったとしても私がお前の減刑(げんけい)を申しつけよう」


「え? う、あ、ありが」


「最低10年は牢屋(ろうや)入りだろうがな。……ふっ、タクト、短い間だったが、楽しかったぞ……ククッ」


 クリスは何故か両手で口元を(おお)い、肩を振るわせ始めた。


「ねえっ! あんまありがたくないね!?」


「ふふっ、か、軽い冗談だっ、ふふふっ」


「全然軽くないし冗談に聞こえないんだけども!」


「……ぷっ、あっはっはっはっ!」


 とうとう笑いを(おさ)えきれなくなったクリスが()き出した。


「ああ、タクトをいじるのは愉快(ゆかい)だなぁ! こんなに笑ったのは久しぶりだ!」


 こいつ、さっきから俺をからかってたのかよ、腹たつ!! てか俺はまったく笑えないんだが!?


「……いや、ということは、捜索隊の話は嘘だったのか?」


「いや、それは本当だ」


「冗談になってねーじゃんか!」


「それもそうだな、あっはっはっ!」


 ひっぱたいてやろうか、この金髪。

 ……ってか、これってマジでやばいんじゃないか? (さいわ)い、まだ夜になった直後だろうし、なんとか対策を……。

 ハッ、そうだ! ダ、ダンジョンの方はどうなっているんだ!?


「ダンジョン・セッティング」


 またも俺の口から自然と声が出てきた。

 ダンジョンステータスと、ダンジョン内部のボロボロになった通路のライブビューが表示される。

 どうやらライブビューは自分の見たい所を自動で映してくれるようだ。


 ……だがそれは今どうでもいい。

 

 ス、ステータスはどうなっている?




 ステータス(ダンジョンLv.1):

 階層(かいそう):1つ

  一層目:2部屋

 棲息(せいそく)モンスター:ノーマルスライム


 状態:壊滅的(かいめつてき)


 Notice:早急にダンジョンの再生成を(すす)めます。このままではダンジョンが消滅します。



 …………。

 

「とんでもなく大ピンチじゃねぇかぁぁぁ!」


 あのクリスがビクッとするほど大きい声で絶叫した俺は、その場に(くず)れ落ちた。

 クリスが大丈夫かと聞いてくるが、もはや俺の耳に届いていなかった。

 ……ダンジョン管理人に就任して、最初でこれとは……さすが最弱ダンジョン。……(あなど)っていたぜ。


 床にへたり込んだ俺の脳内では、赤いランプがくるくると回りながら、警鐘(けいしょう)を鳴らしていたのだった。

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