19話 少々の平和。迫りくる混沌。
タクトくんが苦しむ姿が見たい
――目が覚めた。
目の前には未だ見慣れてこそいないが、我が新居となった家の天井があり、俺が寝ている部屋には、相変わらずどこから射しているのかわからない、やわらかな光が満ちていた。
「……ふぁ」
小さくあくびをして、俺は昨日のことを思い出そうとしていた。
俺の脳みそが、全力でナニカを押さえつけようとしている気がするが……。
それにしても昨日はとてつもなく濃い一日であったことはすでに身に染みて実感している。
体の節々が凝っている(気がする)し、疲れが取れていない(気がする)。さらに、やけに残っている精神的な疲れ(本当)も、昨日の経験を裏付ける証拠になっていた。
「――ああ、確か昨日は、スイと一緒にドラゴン討伐に行って、ドラゴンの里に行って、そんで、そんで……」
ガチャ。
「びぇぇぇん!! タクトぉぉぉ、グスッ、うさぎのぬいぐるみどっかいったぁぁぁ!!
うえぇぇぇぇん!!」
髪の毛がぐちゃぐちゃになり、パジャマによだれの跡がついたメリルが、右手にうさぎのぬいぐるみを持ち、泣きじゃくりながら登場しました。拍手。
朝からおちおち思考することすら許されない、俺こと、巫 拓斗です。どうぞよろしく。
「……じゃなくて、おいメリル! 朝っぱらから大声出すな! うさぎならお前の右手にあるだろが!!」
「うぇぇぇぇん! みぎっ、ヒグッ、てにっ? エグッ、――ふぇ?」
左腕で涙をぬぐいながら、右手を目の前にもってきたメリル。その手には、まるで原始人に狩られてきた獲物かのように、長い両耳をガッチリつかまれたうさぎのぬいぐるみが。
「……」
「……」
「タクト、あった」
「よかったな」
「うん」
「もう泣かないか?」
「はい……ガチャ(後ろ手に部屋のドアを開けた音)」
「メリル」
「お、おせっきょうは、ひ、ひしょをとおしてからで」
「^^」
――この後、しっかりとお説教いたしました。
~ ~ ~
朝食をとりにリビングへと出てきた俺とメリルは、途中、廊下でスイと出会い、そのまま三人で朝食をとることになった。どうやらスラはスライムの里に帰っているらしい。
ぴぴぴ、と外で鳥が鳴いている(気がする)平和な朝である。スイが作る朝食は相変わらずめちゃくちゃうまいし、メリルがパンをほお張る姿などは、平和の象徴と言っても良いくらいほのぼのとしている。平和オブ平和。いいね、最高だね。
……なにか忘れてる気がするけど、今日も絶好調! 元気にダンジョン運営ができそうだ!
――と、そこで台所からスイが俺の側に近寄ってきた。
「タクト様、昨日、クリス様からの言付けを預かってまいりました」
「ん?」
一瞬、スイが何を言っているのかわからなかった。なぜクリスの言付けをスイが? グロース王国に帰っているクリスのところにワープでも? いや、そもそもどうしてクリスがスイに連絡できた?
「? タクト様?」
スイが小首を傾げ、ジュキュォォォッと、メリルが凄まじい勢いで味噌汁を啜った直後、俺の記憶が一気に噴き出してきた。
みるみるうちに、困惑の汗が俺の額を伝っていく。
――そうだ、クリスは昨日、ここに居た。
「す、スイ、少し聞いて良いか?」
「ええ、なんでも聞いてください、タクト様」
しっかりと即答してくれるスイに感心しつつ、俺は疑問を口にしていく。
「クリスは今、グロース王国に帰ってるよな?」
「ええ、その通りです、タクト様」
「ここからグロース王国へ、馬で日帰りは可能か?」
「いいえ、少なくとも一日と半日は必要です、タクト様」
「そ、そうだよな」
「ええ、タクト様」
なんの疑問も持たない様子で、すらすらと俺の質問に答えていくスイ。
メリルは食後のアロエヨーグルトを口中に張り付けながら、パクパクとせわしなくスプーンを動かしていた。
それを横目に、俺は最後の質問をスイに投げかけた。
「じゃ、じゃあ、昨日、俺らが帰ってきたときに見た、あの金髪碧眼の女騎士は……?」
「クリス様です」
「ですよねぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「です」
「おかしいよね!?」
これまた、すんなりと答えてきたスイに、思わずツッコミをいれてしまった。
――昨日見たクリスはなんだったのだろうか、クリスはグロース王国に帰ってるはずだろ? 幻覚? 妄想? いや、スイも居たと言っているじゃないか。じゃあなんで――。
「混乱しているようですが、タクト様、なにか勘違いしているようです」
「……KANCHIGAI?」
「です」
「ど、どういう意味だ? 昨日居るはずのなかったクリスが居たんだぞ?」
「ええ、ですから、クリス様は居ましたが居ませんでした」
「僕、今からもっと混乱することに致しますわ〜♡」
おい、ただでさえ混乱している俺に混乱を招くことをいうな、……ズズッ、味噌汁うますぎんだろこれ!? ……スイさん、あんた前世日本人でしょ?
「申し訳ありません、タクト様。タクト様が異世界から転生なさっていたのを失念しておりました」
ん? どゆこと?
「昨日、ここにいらしたクリス様は、幻影のようなものなのです……メリル様、デライト水晶球を持ってきていただいてもよろしいですか?」
「うん! わかったのだ!」
スイがそういうと、メリルは下げようとしていた食器を卓上に戻し、元気いっぱいにリビングを出て行った。
そして、すぐに戻ってきた。そんなメリルの両手には、ずっしりとした白い水晶球がのっていた。
「もってきたぞー!」
「ありがとうございます、メリル様」
「えへへ」
水晶球をもってきたメリルをよしよしと撫でるスイ。
――す、すっかり手懐けてやがる。
「ーータクト様、これがデライト水晶球です」
「は、はあ」
スイが、メリルから受け取った水晶球を指して何やら解説を始めた。
「デライト氏が発見したこの水晶は、互いに共鳴し合うことによって、周囲の情報を相互に伝達するのです」
「ほう」
「このように一つの水晶から2つ以上の水晶球を作り、魔力を込めると、それらの水晶球は互いに共鳴し合い、周囲の情報を鮮明に映し出すことができるのです」
「なるほど、わからない」
なんとなく言おうとしているのかわかる気がする気がする。つまり微塵も理解できない。ポンコツなので。
「一般の人々に広く通っている名は、『デライト交信機』です。タクト様の記憶を若干ながら有している私から申し上げさせていただきますと、タクト様の元居た世界で言う、ビデオ通話であるかと思われます」
スイのこの説明で全て理解できた。理解できれば、スキル『ラーニング』でこっちのもの。
つまり、このデライト水晶は電話の進化系のようなもので、周囲にある様々な情報を送り、そこへ同じものを写すことができるものなんだな。
ーーそう、まるで、本物かのように。
「そう言うことか、つまり、昨日居たクリスはそいつから写し出されたホログラ……もとい、幻影だったのか」
「はい、その通りです、タクト様」
おお、まじでスイさん有能すぎるわ!!
すっげ、すっげ。(語彙力)
「……いや、スイ、ほんとすごいわかりやすかった。ありがとう」
僕は感謝の気持ちでいっぱいだ。これで安心して食後の茶を飲める。
「ッ……い、いえ、タクト様のおよm、メイドとして当然の事をしたまででございましゅ…ッ」
「!?」
「……」
「……スイ、今なんか「言ってません」そうですか」
ーーそんな感じで、昨日のクリスの件が解決した。
〜 〜 〜
「……はずなんだがなぁ」
チラと横に目を向ければ、
「うぎゃぁぁぁ!! そのこえとかおをやめるのだクリヌッ!! きさますっごくキショいのだ!!」
「メリルメリル、嗚呼、メリルメリルメリル、うふしゅへへへ♡」
クリス、俺はもうお前をそういう奴だとしか見れなくなった。
「そうかそうか、つまりクリスはそういう奴なんだな」
「おい、タクト、なんか知らんがすごくムカつくのだが」
「なんで俺にはそんな強く当たるんだよ」
「は、わかりきっているだろう? 貴様の言葉に信用がないからだ」
「ひでぇな」
なんだよ、ここ最近「メリル」くらいしかセリフなかったくせに。
俺の中の最高神に頼めばお前のセリフを全部「メ」だけにできんだかんな。多分。
「メメメメメメメメメ(何か良からぬことを考えているな、タクト)」
「やめれ、芝楽」
「何を言っているタクト」
「いや、こっちの話だ」
ーー閑話休題。
にしても、異世界に来てから新しい知識が次から次へと耳に入ってきやがる。
本来なら覚えるのに時間がかかる知識も、一旦理解さえしてしまえば、スキルのラーニングで全て覚えてしまうというのは、若干気持ち悪さというか、違和感が半端ない。
常々、『本当にこんなんでいいのか』という不安が付き纏うのは仕方のないことだろうか。
ーー残念ながら、この不安は別の形となって現実となるんだが、今はまだ置いておこう。
「ーーさま、タクト様」
「……お、あ、ああ、なんだスイ」
「いえ、しばらく呆然としていらしたので」
「いや、そりゃこんだけうるさけりゃ、嫌でもシャットダウンしちまうだろ」
「「うるさいとはなん(なの)だ!!」」
「はあ……」
もう2人とも仲良くどっかいっちまえよ。
「ったく……あ、そうだ、クリス、無事帰れたのか」
「ルメリルメリ……ああ、途中邪魔が入ったが、捜索隊と合流して無事に帰れたぞ」
「ならいいんだが……」
「ふははっ、タクトがその先言うことがわかったぞ」
自信満々にそう言い放つクリス。
普通にうざい。
「なんだよ、言ってみろよ」
「クリスさまぁ〜、僕の処刑はなくなったのですかぁぁ〜、クリスさまぁ〜、だろう?」
「言い方くそうぜぇが大体合ってるのがもっとうぜぇ!!」
チクショウ、なんだこの金髪!! 煽りレベル上がってる気がするんだが!? 声真似までし始めたぞ!?
「ふははははっ、相変わらず面白いな。タクトは」
「うるせぇ」
「喜べ、ちゃんと処刑だ」
「冗談にならない冗談やめてくれないかな!?」
「いや、本当だ」
「あのさ、わかってるから、そういうのいいかr」
「本当だぞ」
「……(←目をうるうるさせる俺)」
「……(←ニヤケ面のクリス)」
「おやつはふ菓子がいいのだ!」
「かしこまりました、メリル様」
……こんなことがあっていいのか。もうこれでおしまいじゃないか。
ダンジョンの管理以前に詰んでたじゃんか……。
え、ホントに終わってね?
ーーバタンッ!
俺が絶望に打ちのめされていると、急にリビングの扉が開いて、スラが慌てた様子で入ってきた。
「タクトくん! 大変だよ!! だ、だだ、ダンジョンの前にたくさん冒険者達が集まってるよ!!」
「は、はぁぁぁ????」
「急いで!! まだスライムの里も無防備のままだよ!! タクトくんお願い! どうにかして!!」
「い、いやどうにかしてって……」
真剣な眼差しで俺の瞳を覗くスラ。
絶望に打ち拉がれていた俺に、凄まじい混乱を注ぎ入れ、大パニック状態に仕上げるとどうなってしまうのか。
世界はいつだって残酷で無慈悲なんて言葉をネットかどこかで見た気がするけど、本当にその通りなんだな。
平和って、なんだろうな(泣)
次回、タクト死す。
楽しみに待っててくれよな!
タクトくんが苦しんでる。えへへ。




