16話 ノイル宅にて。かつてコバヤシと名乗った人間。
「ーーで、コバヤシちゃんのこと、お話ししてくれないかな?」
「……ああ」
大きな木製のテーブルを挟んで、俺とノイルは、ことの経緯について話していた。
最初この家に着いた時は、驚愕した。
荒廃した渓谷の奥にあった、家の入り口を見た時は、正直「うっわ、めちゃ荒れてそう」というのが本音だった。
崖の横に、無理やりくり抜いたような横穴が開いていただけだったからだ。
しかし、中に入って唖然とした。
ーーとにかく広かったのだ。
それどころではない。家の中のハズだったが、地面はふかふかの芝生、大小様々な花が至る所に自生しており、部屋の中央部には大きな木が生えた綺麗な泉があった。
天井を見れば遥か彼方、どこにあるのか見当がつかない割に、自然光が部屋中を照らしている。
そんな中、テーブルを挟んで会話しているものだから、清々《すがすが》しい昼下がりに自然公園でピクニックでもしている気分だった。
「ーーそんで、神が俺を管理人としてダンジョンに送り込んだんだ」
俺が話し終わると、ノイルはしばらくの間黙っていたが、やがて口を開いた。
「……そっか、そんなことがあったんだね」
それっきりノイルは少々目を伏せ、沈黙してしまった。
チロチロと、この部屋のどこかに生息しているであろう鳥の声が聞こえる。
少々の時間が経って、今度は俺が質問することにした。
「……俺は先輩のことをほとんど知らないが、良かったら教えてくれないか?」
そんな俺の問いに、ノイルは俺の真横で隣で微動だにしないスイをチラッと見て、すぐに頷いた。
「うん、いいよ」
それからノイルは、コバヤシ先輩のことについて色々教えてくれた。
〜 〜 〜
ーーノイルがコバヤシ先輩と初めて会ったのは、その時も今日と同じように、コバヤシ先輩とメリルがレッド・ドラゴン達に襲われていたのを、助けたのがきっかけだった。
初めノイルは、人間の姉妹が間違ってこの渓谷に迷い込んできたものだと思っていたが、コバヤシ先輩がダンジョンの管理人だと名乗ったこと、さらにメリルが邪神だと名乗ったことで、事態は一変した。
ーーノイルは、即座にゴッド・ドラゴン達にテレパスで状況を伝え、魔王軍が来たときのために備えようと手配した。
「君たち、ささ、わたしの家に来てねっ!」
ノイルは気さくな感じを精一杯演じつつ、頭の中では焦りと戸惑いが渦巻いていた。
ーーなぜ、ダンジョン管理人と邪神が……? 魔王軍が来たらどうする。我々は勝てるのだろうか。それとも今ここでこの2人を人質にするべきかーー。
大きな木製のテーブルを挟んだ目の前に、コバヤシと名乗る管理人と、メリルという邪神がいる。
どうにかして、時間を稼がないといけないと思ったノイルが口を開く。
「……あっ、あのっ」
「君、緊張してるね?」
「ひゃいっ?」
「あっはっは! ごめんね? いきなりこんな奴らが来たらそりゃあ怖いよね〜! いけないよね、日本人ってやっぱ平和ボケしちゃっててさ、どうもね!」
そうやって、悪意を全く持って見せない純粋な笑顔に、ノイルはさらに困惑した。
「えっ、は、日本人って? ってそうじゃなくて、あああ、あなた方はっ」
「あはは、そんな焦らなくっていいのよ? それから、コバヤシちゃんって呼んでいいよっ!」
「……貴方たちは、わたしたちの渓谷を占領しに来たのではないのですか?」
「えっ?」
「えっ?」
「んぬ?」
3人の拍子抜けした声が同時に上がった。ちなみにその時メリルは、コバヤシが作った苺タルトを一生懸命に頬張っていた。
少しの間が開き、コバヤシが吹き出した。
「……ぷっ、あはははっ! そんなわけないじゃない! ごめんね、ほんと、私ってば勘違いさせちゃってたみたいで!」
ノイルはすぐに、目の前の人間が言っていることが真実だとわかった。
こんなにも悪意が見えない人間はそうそう居ない。
「……な、な……なんだーー!! よかった、よかったよぉぉぉ!」
ノイルはほっとしたと同時に、全身が脱力するのを感じた。
すると、コバヤシがスッと立ち上がり、何やらゴソゴソしだした。
「ほら、この苺タルト、私が作ったんだ。ドラゴンの口に合うかわかんないけど、食べてみてよ」
そうして、コバヤシはアイテムボックスから苺タルトを取り出して、ノイルの目の前に置いた。
「…………」
精神的ストレスによって一時的に言葉が出せなかったノイルは、目の前の苺タルトをジッと見つめたのち、恐る恐るパクッと、ひと口頬張った。
「……う」
「う?」
コバヤシはワクワクとノイルの顔を見ている。
「……うんまいっ! なにこれっ! なにこれっ!? うますぎるんだけどっ!? あ、あなた何者なの!?」
コバヤシが作った苺タルトは、この世のものとは思えないほど美味しかった。普段、鉱物しか口にしないドラゴンにとって、それはまさしく、神の天啓を得たかのような衝撃であった。
ーー味覚が、こんなにも素晴らしいものだなんて。
「ああっ、嬉しいわっ! そんな喜んでくれるなんて思ってなかった!」
コバヤシは手を合わせて目をキラキラと輝かせた。
そこに、メリルの声も被さる。
「だろ!? だろ!? コバヤシのおかしはすっごくおいしんだぞっ!」
「あらやだメリルちゃん! かわいいんだからっ! もう、いくらでも食べさせちゃいたいわ! いや、食べちゃいたいわ!! ふんっ、ふんっ! (鼻息)」
「んぎゃぁぁぁ!! 抱きつくな! くわれるっ! 妾、コバヤシにくわれちゃうのだぁ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ2人を見つめ、ノイルは全てが杞憂であったと悟った。
「……良かったぁ」
自分でポツリと放った言葉はしかし、ノイルの心を確実に安心させていた。
〜 〜 〜
「……でね、コバヤシちゃんが、ただ単にダンジョンが壊れると自分が死んじゃうから、なるべく強いドラゴンを雇いに来たって言うからね、協力したんだよ」
静かで、広々とした空間。ノイルの声は直接俺の心に届いてくる。
尚も黙って話を聞く俺を見て、ノイルは続きを話す。
「本当に優しい人間……あんな人は初めて見たよ、メリルちゃんと本当に仲良しで。メリルちゃんがダンジョンのボスになるって言った時は、本気で怒って……っ」
だんだん、ノイルの声が湿り気を帯びてきた。
「それで、それで……わたしにも優しくしてくれた。事あるごとにお菓子を作って訪ねてきてくれたし、冒険者たちや、魔王軍の情報も持ってきてくれて。ほんと、優しい人っ……」
そのまま俯くノイル。影になって顔は見えなかったが、ポツリと水滴が落ちていくのがはっきりとわかった。
俺の隣にいたスイが、スッと立ち上がり、ノイルの隣に立つ。
「経緯はわかりました。しかし、涙を拭いてもらわねば話が進みません。これを。」
そう言って、スイが真っ白なハンカチをノイルに手渡す。
「…………ありがと。……まったく、ダメだね、わたしってば、ゴッド・ドラゴンの首領だってのに」
俺はスイを見た。
彼女の表情は依然読めなかったが、少々口元が強く結ばれていた。
ーーしばらくして、ノイルは完全に復活した。
「ありがとう、まってくれて」
「いや、たいしたことはしてない。俺は聞いてるだけだったしな。……それにしても、先輩はやっぱ良い人だったんだな」
「そうだよ! コバヤシちゃんはめっちゃ良い人だよ! そして、そんなコバヤシちゃんの意思を継いでるのが、君なんだよ?」
「おいおい、俺はそんな優しい人ってわけじゃないぜ?」
「あはっ、なに言ってるの、メリルちゃんが懐いてるってことは、そういうことじゃない」
「ぬっ」
思わぬ方向から論破された気がする。
「……そ、それはそうと、俺らにも目的があってだな」
「いいよ! 協力してあげる!」
「お、おお、そうか、そりゃありがたい」
かなりすんなり受け入れてくれたな。同族とはいえ、同じドラゴンの首を持ち帰ることを許可してくれるとは。
「わたしたち、ゴッド・ドラゴンは、タクトのダンジョンを全面的に支援するわ!」
…………は?
「えっ、ちょ、ちょっとまってくr」
「もう悲しい思いはしたくないの! コバヤシちゃんが持ってきてくれた数々の情報は、わたしたちドラゴンの安定した生活を保証してくれていたわ! だからこそ、わたしたちは君たちに協力を惜しまない!」
まままままってくれ、こりゃあ一体どういうこった? ドラゴンが、しかもゴッド・ドラゴンが全面的に協力だって?
い、いやぁ、まさかそんなことはーー。
「ーーさしあたって、我々、ゴッド・ドラゴンの精鋭をダンジョンに住まわせるわ!」
いやぁぁぁぁぁぁ!!
お、俺の平和なダンジョン生活が脅かされそうになっているぅぅぅぅ!!!
「遠慮はしないで、これは決定事項なんだからっ! 拒否権なんかないわ! わたしは君たちを助けた、君たちはわたしのお願いを聞く。ね、ウィンウィンじゃない!」
「え、いや、は、はい……そうっすね…………」
「タクト様、やりましたね、これはゴッド・ドラゴンを配下につけたと同義ですよ」
スイが淡々と褒めてくる。
…………いやぁ、どうかなぁ……?
……ダンジョンを集落化して安定を図る俺の計画が、ぶっ壊れちゃう気がするんだけども……!
ってこれ、ダンジョンのパワーバランスばちばちにぶっ壊れるよね!!!
しかし、目の前でぴょんぴょんと、鱗のついた尻尾を振り回してやる気になっているノイルを見ると、拒否するわけにもいかず、俺は彼女の案を呑まざるをえなかった。
「……っちきしょぉぉぉぉおおおお!! ありがとな! ったく、ありがてぇぇぇぇなぁぁぁぁ!!!」
「ふっふん、わたしが君たちを死なせはしないわ!」
ーー言葉とは裏腹に泣きそうになっている俺を差し置いて、ノイルはふんふんと嬉しそうに笑っていた。




