第15話 少女に捧げる一つの誓い
アングリフは、棺に収まっている少女を見て再度言う。
「この者は、俺の部下の身内で……影武者として陛下に成りすましていた者だ」
「ど、どういうことなんだ?」
あまりの言葉に秋貴は問い質すようにアングリフを見る。
この亡くなっている少女がヒオウだと先程まで思っていたのに、それが違うと言われて混乱していた。
それは、言ったアングリフ自身でさえも同じようだった。
「俺と一緒にいた者たちは、ヒオウ陛下から敵を引き離すために囮となって逃げていたのです」
「囮?」
「ヒオウ陛下のお召し物を背丈が同じ者に着させていたのです。煌びやかな衣装である陛下を示す衣服を見せれば、敵はこちらを目指してくるはずと考え、行なったのです」
それを聞いて秋貴は、自身もそれによって騙されていたのに気づく。
無意識に、王というものは仕立ての良い服を着ているものだと思っていたことが原因だろう。
だが、それでも一つ疑問に思うことがあった。
「それでも、普通は貴方が王の側にいるはずじゃ無いのか? グランディア帝国でアングリフ軍団長よりも強い者はいないのだから」
「それは……」
そう、囮にするにしてもアングリフはヒオウと一緒に行動する方が良いというのは、戦力を考えれば当然のことだ。
だが、アングリフは首を横に振った。
「王は、ヒオウ陛下は錯乱しておられるのです。人種族なら問題ありませんでしたが、俺のような獣人種や異形種の者などが近づくと……」
(目の前に急に人とはかけ離れた生き物がいたら、そうなるのも無理はないのか)
実際、最初の時に秋貴も混乱した。
それでも、まだ人種族としての形があまり変わっていないエリスと、全身鎧で覆われて顔も分からないウォーレスが最初だったために錯乱するまではいかなかった。
どうも話を聞くと、ヒオウが混乱している中でつい手を伸ばしてしまったのがいけなかったらしい。
きっと、彼女はそれが自分を襲うために伸ばされた手だと勘違いしたのだろう。
恐怖に捕われてしまうと、助けようとした手が自分を陥れようとする手に見えてしまうこともある。
「ヒオウ陛下の御心を鎮めようとは思ったのだが、そこにレニエアルド皇国と名乗る者たちが襲い掛かってきたことでそれも叶わず、逃げる際に俺などの人種族とは異なった者たちが一緒では恐怖を感じて騒いでしまうために、後のことを人種族である部下に任せて俺たちはここまできたのです」
そう話す白獅子は、不甲斐ないように唇を噛んでいる。
それは、一緒に居た部下を全て失ってしまったことや自らの王の側に居られないことが彼の心を責めているからだろう。
だが、そうしてても何も解決しないことを彼は分かっている。
アングリフは秋貴を見た。
その目は、最早何があっても覚悟が出来ていると思わせるほどの力を秘めていた。
「ウルスラグナ王、再度お願いしたい」
「……」
「俺の、俺たちのヒオウ陛下をどうか救っていただきたい。その為ならば、この命をウルスラグナ王に差し出そう」
この場で差し出せるのはもう自らの身体のみだというようにアングリフは秋貴に膝をつく。
それは、ある意味で重要なことを示している。
だからこそなのか、今まで黙っていたゴットハルトが、それについて口を開いた。
「その言葉がどういう意味を持つのか、軍団長殿は理解しておられるのか? それは同盟ではなく属国としての扱いになるという事にも繋がるぞ?」
「当然、理解している」
「では、なぜ?」
そうゴットハルトは言うが、魔法騎士はその答えをどこか分かっている節が秋貴には感じた。
いや、分かっているのだろう。
それは、自らの王を敬い、慕っているからこその共通しているものだった。
「ヒオウ陛下無くしてグランディア帝国はありはしない。ヒオウ陛下がいないとなれば、俺たちにとってそれはもう世界が終わったも同然だからだ」
そう言ってから、アングリフは秋貴に顔を向ける。
最初に助けを求めてた時の、どこか焦っていたような雰囲気はもうどこにもなかった。
そこにあるのは決意だ。
たとえここで断られたとしても、一人でヒオウを助けに行こうとしているのがアングリフの表情を見てわかった。
そしてどこまでも彼はヒオウの後を追うのだろう。
例え助けるのが間に合わなかったとしても。
そのアングリフの覚悟した気持ちを、しかし秋貴は理解できなかった。
誰かをそこまで敬愛もしなければ、自分の命を差し出してまで助けようなんて思ったこともないからだ。
もしかしたら、そんな気持ちを持つことなんてこの先ずっとないかもしれない。
だがそれでも、今の自分たちなら助けられると分かっているのに、手を伸ばさないことはしたくなかった。
出陣する前に決めた自分の判断は間違っていない。
この助けたいという思いが間違っているなんて、思いたくもなかった。
「ゴットハルト」
「はっ」
「すぐに出るって事をウォーレス達と話し合ってほしい。戦いが終わったばかりで悪いけど、お願いできる?」
「お任せください」
秋貴のその言葉にゴットハルトは応じて、外に控えているウォーレスとエリスに話しをしに出ていった。
そして、その間に秋貴は聞くべきことをアングリフに聞く。
「アングリフ軍団長、貴方の王がどこに向かったのか、少しでも分かっていることを教えて欲しい」
質問されたアングリフは、それに頷く。
秋貴のその問いこそが、助けて欲しいと懇願したアングリフの望んでいたものだと分かったのだ。
喜ぶ暇もなく、白獅子は答えた。
「ヒオウ陛下を連れた部下たちは、北へと向かいました。ただ、時間が経っているので俺のような状況に陥っていることも考えられます」
「分かった」
秋貴は頷き、外にいるであろうゴットハルトたちのところへと向かう。
アングリフは残念ながら怪我のため連れて行くことができないが、それは彼自身足手纏いになるという事がよく理解できているのかその場から動くことはなかった。
「ゴットハルト、ウォーレス、エリス。彼らの王は北へと逃れているらしい。出来る限り早く行くために足の速い部隊を編成して先行しよう。後続もなるべく追いつけるように来るようにしてほしい」
「帝、その言葉からすると帝は……」
「うん、俺も先行部隊と一緒に行く」
天幕から出てからゴットハルトたちが話し合っている場へと来た秋貴は、ゴットハルトたちが彼に目を向けるのに合わせてそう告げた。
その言葉に、それぞれ意味が違うが三人が驚く。
「さすがは陛下。先陣を切ろうとするとは、まさに私達の王と言える」
「危険です帝、先行する部隊にはそれ相応の危険が伴います」
「先ほどまでよりも危険な状況に飛び込もうとは、感心する」
そんな彼らに秋貴は再度口を開く。
時間が惜しいのに余計な話をしている暇なんてない。
「もう一度言う。俺も先行する部隊と一緒に行く。ウォーレス、相乗りを頼んだよ」
もはや決定事項のように伝えた秋貴にウォーレスは暫く無言でいたが、最終的には了承の言葉を口にした。
それ以降はもう誰も何も言わない。
ウルスラグナの王がそう命じたのだからそれに従うまでというように、先行する部隊を集めて出陣する準備を行うためにそれぞれ離れていった。
先行する部隊はそこまで人数が多くないが、精鋭でそれを補う事になる。
何しろウルスラグナの王である秋貴がいるのだ。
後続を統率するために残るウズメ以外の将軍全員が一緒に行動するだろう。
そう考えると先ほどの戦闘を見た限り、戦力に関しては不安を感じたりはしなかった。
後は最初の時と同じように、間に合うかどうか。
離れていった彼らを見送った秋貴は、それからふと、ヒオウの身代わりとなった少女の最後を思い出した。
土の棘に貫かれ、血が流れて次第に鼓動が弱くなっていくその姿を。
そして、ただ手を虚空に伸ばすその姿を彼は胸の痛みと共に刻み込んでいる。
それと同時に、少女の言葉も思い出した。
『……か……たす……て……』
その言葉は、死にたくないという思いで自分を助けてと言っていると思っていた。
誰かに縋るようにして言葉を発する彼女の姿が、そう思い起こさせた。
(……でも、違った)
きっと、あの少女はこう言いたかったのだ。
『陛下を助けて』と。
なら、その言葉を受け取った自分がそうするべきだ。
その少女の最後の願いを聞いた自分自身が、成し遂げなければいけない事だ。
だからこそ秋貴は今は亡き少女に誓う。
「今度は……必ず助ける」
固く拳を握りしめ、秋貴は空に向かってそう言った。




