第13話 エリスVSベラクール 決着
ウルスラグナ軍の包囲が完成し、レニエアルド軍は混乱の渦となっていた。
ベラクールの指示を忠実に守ろうとしたものと、死の恐怖から逃れようとしたものが押し合い、それらの間に挟まれた者が圧死するということが起きてしまうほどだ。
それでも、ウルスラグナ軍は止まらない。
秋貴の命令を実行する為に、彼らはただただ敵を倒していく。
それを、秋貴は冷静になった頭で眺めていた。
もはや、秋貴のところに敵が押し寄せてくるという事態は起きない。
ウォーレスが中央正面で指揮を取りながら抑え、両翼にいるゴットハルトとルイ、ロイの巧みな用兵、背後からのウズメの奇襲。
流れるような戦術に、秋貴はまるで映画を見ているような錯覚さえしていた。
そんな気持ちを抱いてしまうほどに、その戦術からなる兵の運用が見事だったのだ。
そして、もう一つ。
ウォーレスの後ろ姿を見ていた秋貴の目は、その強さに圧倒されてもいた。
実際に自分の所有していたキャラが戦うのを見るのは初めてだった。
それがいざ目の前で戦っているのを見ると、戦いにおける個人の強さというのはどういうものなのかを見せられた気分だ。
「これが、ウルスラグナの将軍の強さ」
刀を繰り出し続けるウォーレスを見ながら、秋貴はただジッとそれを見続けていた。
「くそっ! くそっ! くそっ!」
ベラクールは激情に駆られるままに悪態を吐く。
目は血走り、身体は怒りに震えている。
最初から敵の戦術に嵌められていたのが、彼にはどうしても許せなかった。
それも、完全に包囲されてしまった今となってはどうすることも出来ない。
「さて、最後の仕上げと行こう」
ベラクールの目の前にいるエリスはハルバードを構えた状態でそう言う。
彼女は、この包囲が完成するまでの間ベラクールの攻撃を回避や防御に徹して、決して反撃はしてこなかった。
その意味がどういうものかを考えられなかった時点で、ベラクールの敗北は決定していたのだ。
「おのれ! 獣風情に俺が! この俺がやられるものかっ!!」
男は叫ぶ。
『アラドヴァル』を構え、今ここで起きていることを否定するかのようにベラクールは技を繰り出した。
その怒りに任せた攻撃の尽くを躱し、反撃しながらエリスは口を開く。
「貴様がどう思っていようとどうでも良い」
『アラドヴァル』とハルバードによる激しくなる攻防の中で放たれたその言葉は、彼女の本心だろう。
面倒で、詰まらなくて、相手にするには役不足。
そして何より、今でもその瞳は本当の意味で男を映していない。
それが、本気で相手にする価値もないとでもいう態度が、ベラクールを切れさせた。
「殺す! お前は絶対に殺す!」
ベラクールは、先ほどまでこの軍同士での戦いで負けることを否定していた。
だが、もう良い。
目の前にいるこの金髪の女さえ殺せれば例え軍が負けようが知ったことではない。
そんな思いが殺気となって表れていた。
「塵も残さず消してやる!!」
そういって、ベラクールの持つ槍『アラドヴァル』から白い炎が激しく燃え盛り蛇の形をとったかと思うと、白い蛇は口を開けて男を飲み込んだ。
それはまるで蛇に身体を差し出したかのように見えただろう。
「『白蛇演舞』」
そう、ベラクールは呟いた。
白い炎はいつのまにかベラクールの鎧のように纏わりついており、槍も全体が白い炎に包まれている。
また炎で作られた白い蛇も、4つに増えていた。
「魔法を纏うことができるのか」
それを見て、エリスは驚いた。
身体強化を施す魔法はあるが、魔法を身に纏うというのは聞いたことがなかったのだ。
「死ね」
そんな男は、白い蛇の頭を4つ揺らめかせながら、なんの予備動作もなく槍を突き出したきた。
その攻撃は、今までのよりも断然速い。
咄嗟にエリスは回避するが、若干遅れたのか左腕を掠める。
(予備動作がなかった分、回避が遅れたか)
そう思ったのもつかの間、さらにベラクールは白蛇の頭を4つ動かしてエリスの四肢を巻き取ろうとする。
それをハルバードを回して断ち切るが、直ぐに再生して襲ってきた。
そして白い炎と化している『アラドヴァル』も、その間を縫うようにして突いて、突いて、突いてくる。
だが、段々と速くなるその攻撃は、守りを一切考えていないというほどに隙があった。
それを見て、エリスは隙をついてハルバードをベラクールへと横薙ぎに振るう。
完璧に胴体を捉えたであろうその一撃が、男を二つに両断するかと思われた。
「無駄だ!」
だが、捉えたであろう胴体は二つにならず、纏う白い炎の鎧に阻まれ、切るどころか逆にエリスの持つハルバードの刃が溶けてしまった。
切ったと思っていただけにエリスの反応が若干遅れる。
それを逃さずに、ベラクールは急所目掛けて槍を繰り出した。
「……危ないな」
しかしそれもエリスは身体を掠める程度で避けてしまう。
「ちっ!」
上手くいかなかったことに舌打ちするベラクール。
また、それ以外にも何か気になることがあるのか、エリスに新たにできた傷を見ている。
だが自分が優勢になった事で、些細な事など無視して愉悦に浸るように顔を歪めた。
「もうお前の武器は使い物にならないぞ。形成逆転だな」
「確かに、これでは使い物にはならないな」
エリスも持っている刃の潰れたハルバードを見て頷く。
できることとしたら形状を大太刀に変えるくらいだが、制限が多い中の一つとして、エリスが武器を破壊されたと認識してしまっている場合、暫くはどの形状でも壊れた状態となってしまうものがある。
つまり、刃の潰れたハルバードを変えたとしても、まだ時間が経っていない中では同じように刃の潰れた大太刀に変わるだけなのだ。
「さんざん馬鹿にしてくれたお礼をしてやろう。受け取れ」
エリスの攻撃手段が自分に通じないと確信したことで、ベラクールは自信を取り戻したかのように笑った。
もうこいつが俺を殺すことなどできない。
これから行われるのは一方的な戦いだ。
そうして歪んだ笑みを浮かべたまま男は、叫ぶように魔法を唱えた。
持ちうる最大の魔法を。
「『解き放つ白炎の暴風』!!」
そう唱えた直後、4つの白蛇が捻れて一つになりながらエリスに向かって口を開く。
「っ!!」
そして、それは狙い違わずエリスを飲み込んだ。
その飲み込んだ蛇の中は、荒れ狂う白い炎の渦でできている。
その中に入ってしまえば、人間がどうなるかなど誰にでも分かるだろう。
「はははははっ!! これで跡形もなく死んだな! やはり獣如きが俺に勝てるはずも…………!?」
そう、人間だったなら。
「残念だったな」
「な、に?」
そこには、何一つ燃えていないエリスが立っていた。
人を灰どころか跡形もなく消してしまう魔法が当たったにも関わらず、彼女は平然と男と向き合っている。
「そ、そんなはずはない…………あ、あり得ない!!」
信じられないように首を振ってベラクールは後退る。
今までこの魔法で死ななかった奴はいなかった。
いたとしても瀕死の状態か、どこかしらに大怪我を負っているはずだ。
だが男の目の前にいるエリスは、槍による傷はあっても炎による火傷が一切なかった。
一体どういう事なのか、混乱しているベラクールに、エリスはまるで出来の悪い者に教えるかのようにこう告げた。
「私は自分が竜人だと伝えた筈だが?」
「な、なんだと……?」
その言葉の意味を図りかねてベラクールは汗を流しつつ訝しげにエリスを見る。
竜人だという事がなんだというのだと、その時男は思っていた。
「私に炎は通用しない」
だが、その一言で全てを察した。
理解してしまった。
「つまり、初めからお前と私の相性は最悪だった、という事だ」
「く、くそがぁぁっ!!!」
そう叫びながらベラクールは形振り構わずエリスへと突っ込んだ。
最早、男の持つ槍『アラドヴァル』の特性である炎は意味をなさない。
そして、そうなればエリスにとってベラクールの持つ槍は、もうただの槍と変わらない。
魔法と織り交ぜての槍術を行ってきていたベラクールにとって、それは致命的。
つまり、ベラクールの最後は既に決まっていたのだ。
「終わりにしよう」
エリスはベラクールの繰り出す渾身の突きを躱すと同時に懐に入った。
怒りに我を忘れた攻撃など躱すのは造作もない。
相手の内側に入った事で、相手は避ける事もできない。
だが、エリス自身もハルバードという武器のため至近距離で振るうのは無理だろう。
(馬鹿め、懐に入って何もできないのはお前もだ!)
だからベラクールは怒りに我を忘れていても懐に入られて焦りはしなかった。
壊れた武器で振ろうとも、近すぎては彼を傷つけることはできはしない。
そのため、再度仕切り直しになるだろう、そう思っていた。
エリスが自分の武器を手放すまでは。
「なっ!?」
「いいか、槍使い。私は自分が竜人だと言った筈だぞ?」
手放した武器はすぐに光の粒子となって消えていく。
それだけでも驚愕するのに、ベラクールはそれよりも自身に迫る危機を感じ取って硬直していた。
ベラクールの下に入り込んでいるエリスが、右手を握り込む。
普通の人間ならば、今の炎を纏ったベラクールに触れてしまえば、たちまち燃えてしまっていただろう。
だが、竜人である彼女にとっては炎など関係ない。
また彼が身に付けている鎧も、人間より卓越した能力を持っているエリスにとっては障害になるはずもない。
彼女の前に、妨げるものはなかった。
「お別れだ、槍使い」
「俺が! 俺が負けるものかぁ!!」
握り込んだ拳を放つエリス。
ただの拳で放つその速さは、その場にいる者の目には映らない。
その拳がベラクールの身体の中心を突き、背中側へと貫通している。
あまりの速度と威力に、背中側はまるで破裂したかのようになっており、押し出された内臓が辺りに飛び散った。
そして、ベラクールはエリスの貫通した腕を驚愕しながら見つめている。
皮肉にもその姿は、彼がアングリフたちに行った串刺しと似た光景でもあった。
「ば、かな……こんな、ことが……?」
エリスの腕に串刺しにされた状態でベラクールは血を吐きながら喋る。
その腕には力も入らなくなってきたのか、彼の槍である『アラドヴァル』が手を離れて地面に落ちた。
それと同時にベラクールの魔法も解けたのか、白い炎が霧散する。
それが、この戦いの決着の瞬間だった。
「私の勝ちだ」




