第12話 包囲戦
おかしい、ベラクールは時間が経つにつれてそう思うようになっていた。
何故か中央が突破できていない。普通ならこの攻勢で敵を分断できている筈だった。
それが、ベラクールが目の前の金髪の女と戦っている間全く戦況に変化がなかったのだ。
左右翼も押し込むどころか抑えられており、相手を包囲することもできていない。
「一体何をしているっ! さっさと敵を分断しろ!」
苛立ちにベラクールはエリスから距離を置くと部下に怒鳴る。
だが、その怒鳴られた部下は戸惑うばかりだ。
今まではベラクールの指示に従うだけで上手くいっていたのだ。
そのせいか、この兵数の差で負ける筈が無いという思いもあってか、何が起きているのかさえ分かっていない者が多かった。
「どうした? 私達を皆殺しにするんじゃなかったのか?」
エリスは面倒臭そうに息を吐いてベラクールを見る。
その姿がいかにも挑発じみた行為に思えてしまったのか、ベラクールは怒りで震え、槍を繰り出し続ける。
「くそがっ!! 先にお前をぶっ殺してやる!」
「それはいいが、そんな攻撃では私には当てられないぞ?」
「うるせえっ!!」
繰り出される槍と白い炎を避け続けながらエリスは忠告した。
最初に避けていた時よりも紙一重でありながら、その攻撃全てを躱している。
怒りによって支配されていたベラクールはそんな忠告は聞くに値しないとでもいうように、尚も攻撃の手を緩めない。
だが、あまりの手応えの無さにジワジワと得体の知れないものが這い上がってくるのを感じていた。
(何故だ! 何故当たらんっ!?)
これだけ槍を、白炎を巧みに繰り出しているにもかかわらず目の前にいる女一人殺すことができない。
しかも、相手はベラクールの敢えて作った隙をついてくるどころか、ハルバードを振ることが一切無くなっていた。
それを、反撃できないと取るか、しないと取るかが分からないという程ベラクールは若くない。彼は悔しさに歯ぎしりする。
「獣風情が! さっさと串刺しになりやがれ!」
「いまさら言うが、私は獣ではなく竜人だ」
どこかズレた発言をするエリス。
それでもその動作はベラクールには捉えきれない。
それが男には我慢ができなかった。
(こうなったら、周りの奴ら諸共燃やし尽くしてやる!)
そうすると決めたベラクールは、自分から一旦エリスから離れた。
そして詠唱するところで攻撃されないように、細心の注意を払いながら槍を構えてその好機を待つ。
魔法さえ発動させてしまえば目の前に立つ女はもちろん、後ろで戦うウルスラグナ軍をも蹴散らすことができる。
その際、味方であるレニエアルド軍も巻き添えを食らってしまうが、男は必要な犠牲として考えるだけで特に気にしなかった。
ベラクールは激しく動いた身体から汗が流れているのにも気にせず不敵に笑う。
「お前は中々強かった。だが、それももう終わりだ」
「…………」
「なるべく使いたくはなかったが、そうも言ってられんからな。お前諸共全て消し炭に変えてやる」
最初からそうすればよかったとでもいうような発言をする男に、エリスは特に反応も示さない。
ただベラクールの目の前で立っているだけだ。
(……なんだ?)
それに不審を抱いてエリスを警戒したが、それは無意味だ。
何故ならエリスは、ベラクールを見ていなかった。
その視線は男の背後に向けられている。
この戦闘中によそ見をしていることに憤りを感じて、ベラクールは頭が沸騰しそうになるほど感情を高ぶらせた。
「そうかっ! そんなに死にたいかっ!!」
そうして、ベラクールがこの怒りの原因である金髪の女へと向けて魔法を唱えようと手を掲げた。
その時、ベラクールの背後から咆哮が響いた。いや、これは鬨の声だ。
エリスが目の前にいるのにも関わらず、ベラクールは魔法を発動することを忘れて咄嗟に振り返ってしまった。
それほど彼にとって驚愕すべきことが起きていた。
「ば、ばかな……」
「やっと来たか。もう少し早く来ると思っていたが」
ベラクールの振り返った先であるレニエアルド軍の背後には、援軍が来ていた。
そう、秋貴のウルスラグナ軍である1500の援軍が。
「まさか、軍団を分けていたのかっ!?」
「事前の準備が大事だ、という事だな」
血の気が引くような表情をするベラクールにエリスは何度も首を縦に振りながらそう呟く。
そして、エリスはまるでここからやっと始められるとでもいうかのようにハルバードを構えなおした。
「さて、これで貴様らは中央を抜けず、両翼に押さえられ、背後から攻められる。完全に包囲の中だ」
「ぐっ!!」
怒りで顔が真っ赤になっているベラクールは、目で殺すとばかりにエリスを見ていた。
だが、このままでは包囲されてやられてしまう。
レニエアルド軍の隊長でもある赤騎士は、そういった判断ができるからこそ隊長にまで上り詰めたのだ。
だから屈辱で身が焦がれそうになりながらも全軍に伝えるように叫んだ。
「退却だ! 背後に迫る敵に向かって突撃し、そのまま退却しろ!!」
それを近くで聞いたレニエアルド軍は慌てて口々に退却を叫びだす。
攻勢だと思っていたところに退却だと言われてしまえば彼らが戸惑うのも無理はなかった。
その戸惑いがいかに致命的なのも、戦場ではよくあることでもある。
「ほう、直ぐに決める判断は大したものだ」
しかし、エリスはそれでもベラクールの指示に感心した。
やはり戦争を多く経験しているからこそ、退く時の判断が早いのだろう。
それでも、エリスはその判断を笑って、こう告げた。
「だが、それは悪手だったな」
「いっくよー!」
ウルスラグナ軍とレニエアルド軍が交戦している横の山脈から、彼女は現れた。
秋貴が事前に迂回してくるようにいった1500の軍。
アメノウズメの遊軍だ。
彼女らはこの時まで山脈をできる限り気づかれないように移動していた。
彼女の遊軍は途中で分かれていたために策を知らない。
とりあえず山脈を迂回し相手の背後に回るように命令されただけだ。
だが秋貴たちが敵と交戦したのを確認し、またその中で行った策を見て意味を理解するなり、彼女は最後の役割が来るのを待つことにした。
そしてついにそれが功をなし、相手の背後を突くことができたのだ。
そんな新たな援軍とあって、レニエアルド軍は背後からくるウズメの遊軍に混乱していた。
「て、敵の援軍だ!? 早く中央を突破しろ!!」
「退却だ! ベラクール様が反転して退却しろと言っている!」
一番にウズメの軍と接触するであろう最後尾と、ベラクールの近くにいた兵たちが味方の筈なのにお互いを押し合う事になっている。
そんな事になっている者たちが、勢いに乗って駆けてくるウズメの軍を止めることなどできる筈もなかった。
「さぁ! ボクを楽しませて! 沢山殺り合おう!」
そういうなり、ウズメは腰に差していた長巻を目にも止まらぬ速さで抜き放つ。
「霞の太刀!」
その抜き放った刀が敵を捉えた瞬間、レニエアルド兵の複数の身体はまるで霧のように上半身が無くなっていた。
「は?」
間近で見ていた他のレニエアルド兵は、間抜けな声を出した。
一瞬にして無くなってしまった仲間たちの上半身。理解が及ばずに固まってしまう。
それが、その男の最後だった。
「どんどんいくよー!」
「ぐあぁっ!?」
ウズメが抜き放った長巻を返す刀で敵を切っていた。
最初の一太刀は居合で、それ以降はまるで舞いを披露するかのように長巻を振るう。
それは水のように静かに、火のように過激に、風のように優雅に、地のように力強く。
それは見る者が見れば踊っている様にも見えるだろう。
その踊りが、敵にとって死をもたらす踊りだとしても。
「ほらほら! 一方的じゃつまらないよ!?」
ウズメは敵からどんな風に見られているのかも気づかず、ただひたすら舞い続ける。
この中に強敵を求めて。
そうして、秋貴率いるウルスラグナ軍は包囲を完成させた。
後は、包囲した敵を削っていくだけ。
この戦いの決着が、刻一刻と迫っていた。




