第10話 エリスVSベラクール
ウルスラグナ皇国軍は、一気呵成に雄叫びと土煙を上げてレニエアルド皇国軍へと迫っていった。
その突撃陣形は、中央が突出したことで三日月のような形になる。
その中央で先頭を切っていたのはエリスだ。
金髪の竜人である彼女は、ハルバードを持って駆け抜けていく。
軍馬に乗っておらず、また重い武器を持っている筈なのにその足は誰よりも速い。
それだけを見ても人種族より高い身体能力を持っていることが伺えるだろう。
だが、それを見たベラクールは嘲笑う。
「恰好の的だな」
明らかに一人が前に出過ぎてしまい、それは相手からしたら狙ってくれと言っているようなものだ。
まずはエリスを片付けようとベラクールは左手を掲げ、魔法を唱えた。
「『我が放つは灼熱の白炎』」
それはアングリフたちを追い詰めた魔法と同じものだった。
しかし、今回は逃亡を阻止するためではなく、エリスとその背後のウルスラグナ軍を殲滅することが目的だ。
ベラクールはそれこそ遠慮なくエリスたちへと魔法を放った。
突き出した腕から白い炎が蛇のように舞い上がり、エリスたちへと襲う。
そして、その白い炎によって彼女らは飲み込まれて跡形もなく消滅する、はずだった。
「私を甘く見るなよ?」
「なにっ!?」
目の前に迫るそれを、エリスはハルバードを振り下ろし正面から叩き斬った。
真っ二つに切られた白い炎は左右に分かれたかと思うと、残滓が舞うように消えて無くなる。
まるで何事もなかったかのように消えてしまった自分の魔法に、ベラクールは動揺した。
魔法には魔法によってでしか打ち消すことができない。
それが分かっているベラクールだからこそ驚きを隠せなかった。
「くそっ! どういうことだっ!」
「それをお前に教える義理はないな」
そう言いつつもエリスは後ろの仲間を導くように引き連れて、レニエアルド軍へと激突した。
ウルスラグナの兵たちは、エリスに続けとばかりに各々眼前の敵へ猛然と近づき剣などを振るい始める。
そんな敵味方入り乱れての混戦が始まる中、エリスが武器を手にベラクールへと迫る。
これを見てベラクールも舌打ちしながらも受けて立つようにエリスへと駆ける。
そしてお互いが接触するところまで来た時、竜人である彼女は駆けながら手に持ったハルバードを上段に構えたかと思うと、軍馬に乗っているベラクールへと振り下ろす。
「ちっ! その程度で俺がやられるとでも……っ!?」
ベラクールはそう言って放たれた一撃を槍で受け止めようとしたが、寸前でそれをせずに軍馬から飛び降りて回避を選んだ。
すると、いつのまにかエリスの持っていたハルバードは巨大で重厚な直刃刀へと変化しており、振り下ろしたそれで逃げ遅れた軍馬を真っ二つに叩き切っていた。
勢いが余って地面をも叩き割っていることからもその威力がわかる。
「逃げられたか」
「……その武器、もしかして魔導武器か?」
少し残念そうに言うエリスに、ベラクールは冷や汗とともに呟く。だが、エリスは首を傾げた。
「魔導武器?」
「しらを切るか」
「いや、本当にしらないのだが……」
ベラクールはエリスの持つものを魔導武器と言っているが、エリス自身はそんなものは知らないので首をひねるだけ。
エリスの武器は、以前城の中で秋貴の前でも消えるところを見せたように魔法で創られた武器である。
その魔法で創られた武器はエリスの得意魔法であり、色々と制限はあるが彼女の任意の武器に変化させる事ができるというもの。
特に詠唱を必要としないことから、初見では中々対処するのが難しい。
だが、ベラクールはそれを回避した。
性格は気に入らないが戦場で経験を積んでいるのは確かなようだとエリスは内心思いつつ、直刃刀をハルバードへと戻す。
「便利な魔導武器だな。形状を変化させるというのは俺は見たことが無い」
その様子をみてベラクールが槍を構えながら言う。
「だが、俺の魔導武器である『アラドヴァル』も中々だぞ?」
その瞬間、構えたベラクールの槍の先端が熱を持ったように赤く染まり、更に変化して白く揺らめく炎を宿す。
「ほう、炎を宿すか。だが、それだけではなさそうだな」
それを見てエリスは感心したようにつぶやく。
ただ炎を纏うだけの槍ならば、エリスにとっては特に問題はない。
だが、甚振るのが楽しみだとでもいうような笑みを浮かべるベラクールの表情を見るにそれだけではないと分かる。
「受けてみればわかるぞ?」
そう言って今度はベラクールがエリスに向かって近づくと『アラドヴァル』を繰り出した。
槍の先端に生じる白い炎の熱気と共に鋭い攻撃がエリスを襲う。
それをエリスはハルバードを振り下ろして迎撃しようと試み、ふと視界の隅で何かが迫るのを感じて瞬時に後ろへ跳んだ。
「良い判断だ。獣だからこその勘の良さが働いたか?」
「……それがその槍の本性、という訳か」
ニヤリと笑うベラクールにエリスは鋭い目つきでそれを見た。
『アラドヴァル』から蛇を象った白い炎が現れてベラクールに纏わりついている。
それはあたかもベラクールを守るようにエリスを見ていた。
「この『アラドヴァル』はな、敵と定めた獲物を逃さない。お前も今までの奴らみたいにこいつの餌食になるしかないぞ?」
既にこの時点で、ベラクールは勝利を確信したような表情で語りだす。
その自信は、今までこうして『アラドヴァル』を出して負けたことが無いからこそ得たものだった。
「……そうか、それは中々近づくのが容易ではなさそうだな。では、少し距離を取らせてもらおう」
それを聞くや否や、エリスは周りの兵たちに叫ぶ。
「他の者は後退だ! 後退しろ!」
すると、それを聞いたエリスの周りにいる兵たちは相手の攻撃を凌ぎつつじりじりと下がり始める。
隊列を乱さずに下がることは難しいのだが、それに耐えつつも言われた通りにウルスラグナ軍は実行していく。
「はははははっ! なんだそれは?! まさかもう勝てないと思って逃げようとしてるのか?」
ベラクールはまさかすぐに相手が後退するとは考えていなかったのか、予想外の事に思わず笑う。
だがそれで攻勢を緩めることなどしない。
ベラクールはエリスと対峙したままでレニエアルド軍へと発破をかけた。
「敵は弱兵だ! このまま押し切って中央から食い破ってしまえ!」
「「オオオオォォォオォオオォォオォォッッ!!」」
それに呼応するようにレニエアルド軍は中央を押し込んでいく。
最初は、ウルスラグナ軍の中央が突出した三日月の形となっていたのだが、今では逆に中央だけ押し戻されてお椀のような形となってしまった。
後はその中央を抜けて行けば陣を二つに分断することができる。
その先の予想を確信してベラクールはエリスへと迫って『アラドヴァル』を振り、または蛇を象った白い炎を操りながら追い詰めようとする。
「おらおらっ! どうした!? 威勢のいいことを言っても所詮は獣だなっ! 弱すぎて話にならんぞ!」
「…………」
幾度も繰り返される相手の槍と白い炎による変則的な攻撃をエリスは無言でハルバードでいなし、避け続ける。
まるで反撃もできず、ただただ繰り出される槍にエリスは所々に傷を負っていく。
「弱い弱いお前たちがどれだけ群れようとも結局は弱いままなんだよっ! 人擬きと獣が人間様に楯突いたらどうなるか、しっかりと目に焼き付けさせてから殺してやる!」
ベラクールは想像でもしたのか、勝利に酔っているかのような残虐な表情をしている。
ここでウルスラグナ軍が敗北してしまえば、ベラクールの言うように残虐な行為が行われるのは間違いない。
面白半分に嬲られ、拷問され、殺されるのだろう。
エリス達の王である秋貴は、それ以上の生き地獄を味わうかもしれない。
だが、それは彼らの思う通りの展開になればの話。
エリスは、避け続けながらベラクールに冷たい目を向けて言った。
「その慢心が、貴様の敗北だ」
「何?」
その瞬間、押し込んでいたレニエアルド軍中央付近から爆発するような音が聞こえた。
「な、なんだっ!?」
攻撃を一旦止めてエリスに注意しながらもベラクールはその場所を見る。
エリスも背後で敵を屠っているであろう人物を感じながらベラクールに言った。
「奴は主の盾の守護者、主の下へと続く道を奴が見逃すはずもない」
そこには西洋武士と言われるサムライが一人、刀を持って立っていた。




