黒い暗殺者
短編小説を書こう!そう意気込んでも結局「前編」「後編」に分かれてしまうことが多いんですが、
その意味で、この作品は今まで書いた短編小説の中でも、珍しく一編にまとまったと思います。
第1章
無駄な捜査
街角の小さな一杯飲み屋はまだ営業時間前なのに、入口が開いたままになっている。
暗い店内に一人の男の背中が見える、ねこ背のその男は船村という。
年齢は50過ぎ、職業は刑事だった。
「さあ、恨みを買う人じゃないし、奥さんに嫌味を言われてるって愚痴はこぼしてたけどねえ。でも、自殺をするような人じゃ・・・」
小料理の仕込みをしながら、女将は口調を強める。
「ありがとうさん」
船村は店を出て一礼すると、扉を閉めた。
事件は半月前のGWの最中、細い道と広い道の出会い頭で起きた。
内村光一54歳、電気工事士が自転車で道路に飛び出し、トラックにはねられ即死。
その前日、足を捻挫しておりスピードが出せる、飛び出せる状態じゃない。
なのに、内村は、スピードを出し道路に飛び出しはねられた。
道は平坦だったのに・・・だ。
遺品のPCから、日頃妻になじられノイローゼ気味になった日記が出てきた。
膨大な記録は、目を背けたくなるような馬耳雑言ネグレクトが克明に書き込まれていた。
当局はこれを根拠に自殺と判断して捜査を終了した。
現在捜査課は、気温が上昇すると毎年出てくる通り魔の捜査に躍起になっていた。
通り魔といっても夜道、薄着の女性の胸を触って逃げる性犯罪であり、街頭のカメラから割り出しも時間の問題だった。
船村は、この捜査から外されており、というか意図的に、職場のパワハラで外されていた。
現在の課長は大沼といい、船村の後輩で、船村は新人時代の後輩を厳しく育てたつもりだったが、それが後輩の恨みを買ってしまったようだ。
今、その報復を受けてる。
普段は聞き込みと称して、宛のない街をさまよい、たまに店員と話をして、その日を終える。
そんな悶々とした日々だった。
しかし、内村光一の死後、妻である喜代美から捜査課に、再捜査を懇願される。
それはクレーマーのような懇願が毎日続いた。
困り果てた大沼は無駄な捜査のお役を閑職の船村に押し付けた。
久々に刑事の仕事だ。
だが一向に、自殺ではなかった証拠がつかめないでいた。
「あそこの奥さんね、昔子供を虐待してて、その娘が今キャバで働いてるって話なんだけど・・・奥さんもホスト狂いで・・・」
(近所の主婦)
「最近もしょっちゅう、言い争いみたいなのがあって、旦那さんが涙浮かべて家を飛び出してくのを見ました」
(近所の主婦)
・・・随分と評判の悪い夫婦仲、いや、奥さんだな。
船村はその評判の悪い、未亡人の家を訪ねる前に、自宅近くの現場に立ち寄った。
車一台やっと通れる狭い道で、左右は住宅の塀に囲まれ見通しは悪い。その先に大きな道路に出る。
誰が見ても一旦停止をしなければ、危ない道だった。
この道路に一旦停止せずに飛び出し、はねられた。足を怪我した人が自転車で飛び出してはねられた。
狭い道の上を見上げるとカラスが気が狂ったように鳴いていた。
禍々しい鳴き声だった。
未亡人の家に着く頃は、夕焼けが照りつける時間だった。
呼び鈴を鳴らすと、腰にタオルを巻いたホスト風の若い男が出てきた。
「あれ、夕焼けで表札を間違えたかな?」
慌てた船村は表札を見直そうとすると、男は
「ああ、喜代美、お客さん」と引っ込んだ。
しばらくして、慌てて着替えたような喜代美が現れた。
「刑事さん、どうでした?何かわかりました?」
・・・もう新しい男ができたのか
呆れながら船村は答えた
「奥さんそれがですね、何も」
聞き込みをして、出てくることは喜代美の悪い評判ばかりだった。
そんなことを言えるわけもない
「じゃあ何しに来たんだよ!この忙しいさなか!」
喜代美は噛み付いた
船村は戸惑った。ただ、捜査の中間報告をしに来ただけだった。
それは船村の誠意だった。
「あの、なぜ、自殺という捜査結果が腑に落ちないんでしょうか?捜査で重要なことなんで、そこだけ教えてもらえませんか?」
船村は取って付けた質問をした。
喜代美は軽く深呼吸をして答えた
「刑事さん、生命保険がおりないんですよ!自殺じゃ。どうしても事故にして欲しいんです」
船村は言葉を失った。
・・・なんて女だ
喜代美は船村の胸中を察したのか、それとも、こんな事を聞くためにわざわざ来たのか?といった表情で船村を睨みつける。困った船村はもうひとつ質問をした
「それと、旦那さんの足の怪我、原因は何だったんです?」
「あれはねえ、カラスに襲われて慌てて階段から落ちて、そんな話、何の関係があんのよ」
喜代美はタバコをくわえ火をつけた。
カラス・・・
船村は先ほど立ち寄った現場にいた、禍々しい鳴き声のカラスを思い出していた。
「ありがとうございまいした」
と船村が言うと、ドアは怒りを込めたように強く締められた。
捜査課に帰ると、課長の大沼が嫌味を言う
「船村さん、なにか展開はありましたか」
「いやあ・・・」
船村は険しい表情で首をかしげ、
「カラスが人を襲うことってあるんですかね?」ととぼけた
「何?船村さんカラスに襲われたの」
大沼は笑い出した。
第2章
事実は浮き上がった!
その晩、船村は高校時代の同級生を居酒屋に誘った。
その男は稲葉と言い、獣医だった。
旬のカツオをつつきつつ、冷酒の高清水をやってると、稲葉が来た。
「忙しいのにすまんな」
船村は謝った。獣医が忙しいのはよく知っていた。
「いいよ、珍しいなお前が呼ぶなんて、あ、同じのお願いします」
春はカツオ、叩きには酢醤油にゴマ。
家に帰った所でカラオケやパチンコ好きな妻は自宅にいない。
船村は2時間ほど、稲葉と飲んでいた。
翌朝、船村は内村の職場である電気工事会社に向かった。
現場責任者に船村は尋ねた。
「最近、内村さんはカラスに襲われたとか、そういうトラブルありませんでしたか。」
責任者は妙なことを聞くなという表情で
「ああ、ありました!カラスがね内村さんばかりを追っかけてくるんですよ」
船村は昨晩の稲葉との会話を思い出していた。
「なあ稲葉、カラスって人間を襲うのか?」
稲葉は笑った
「なんだ、いきなり会ってそれか?ああ、襲うよ。足で攻撃してくる。特にこの時期が危ない5月から7月な」
「そらまたどうして?」
船村が覗き込む
「カラスが巣作りする時期なんだよ、だから攻撃的になってるのさ。ビルの屋上とかに人がいると、カラスの巣の上に人がいると、巣を襲う気だと思って、カラスが襲ってくる場合があるんだ」
船村は昨晩稲葉から聞いた話を元に、現場責任者に尋ねる
「もしかして内村さんは電柱を登る仕事じゃないですか?」
そう船村が尋ねると、責任者は目を丸くした。
「よく分かりましたね、そうなんですよ。」
船村を名刑事ではないかと、責任者は思った。
「そうか・・・電柱に登った内村さんの下に木があり、カラスの巣があったんだ。それでカラスは内村さんを襲ったんだ」
独り言を言う船村に、責任者が尋ねた
「あの・・・それが内村さんの自殺とどう関」
「いや、後、内村さんってどんな方でした?」
船村は質問を遮った
「それは、他の刑事さんにも言いましたが、温厚で真面目な人でしたよ。奥さんが原因で自殺したんでしょ、飲むと色々聞きましたけど、ありゃ毒婦ですよ」
責任者は顔をしかめた。
会社を飛び出した船村は歩きながら、居酒屋での稲葉との会話を思い出してた。
「カラスってね、人間の顔を覚えるんだよ。巣を襲われたとなると、広範囲で追っかけてくるんだ」
稲葉が言う。
「やっぱ結構怖いものなのか、襲われたことないからさ分からないが」
船村が尋ねると
「そりゃ、羽を広げると1mの黒い物体が空から、2、3羽で襲ってくるんだよ、殺傷能力はないとわかってても充分怖い、心理的には相当なもんだよ」
船村は足を止めた。
内村さんはカラスに襲われ、カラスを恐れるようになった。階段から落ちて捻挫するほどの慌てぶりから、よほど恐ろしかったことが見て取れる。
そしてあの現場で、自転車に乗ってた内村さんはカラスに襲われるのを恐れ逃げた。
パニックになったかもしれない、そして道を飛び出し、車に轢かれた。
内村さんは自殺じゃなかった、カラスに追われ慌てて逃げて道路に飛び出してしまったんだ。
それなら、捻挫してる足で自転車を必死こいて漕いだのも、視界の悪い道路に飛び出したのも説明がつく。
自殺と処理されたが、実はカラスが原因の事故だったんだ。
気がつくと船村は、その現場に立っていた。
その場の電線にカラスが2羽止まりケタタマシイ鳴き声を上げていた。
・・・こいつらが犯人だった。黒い暗殺者。
第3章
無能刑事
カラスを眺めていると、一人のホスト風男が電話片手に話しながら歩いてきた。
喜代美の新しい男だ。
咄嗟に船村は道に出て背を向けやり過ごしたら、会話が聞こえてきた。
「だからさ、保険金降りたらあんなババア捨てて、お前のもとに帰ってくるから、それまで待ってろよ、出稼ぎに行ってると思ってよ。シャネル?ああ買ってやるよ」
・・・なんてことだ、毒婦が悪いホストに騙されるのか、船村は内村光一を不憫に思った。
彼が命と引き換えに得られた保険金は、彼の線香一本にもならない。そして妻も騙される。それは彼が望んだことなのか。
人を守るはずの法が、時に人を不幸にしてしまう。
船村は男が歩いてきた逆方向、つまり喜代美の住む家に向かった。
呼び鈴を押すと、今回はインターホンから声がした。
「はい。」
「あ、船村です捜査が終了したので、報告に上がりました」
バタバタと音がしてドアが開いた、
「やっぱり事故だったんでしょ」
興奮気味に喜代美が言う
船村は息を飲み、静かに語り始めた
「再調査の結果、自殺と断定されました。」
喜代美は顔を紅潮させ、つばを飛ばす。
「普通自殺だったら、首くくるでしょ!」
船村は言う
「いや、奥さん、飛び降り自殺もあるし、入水自殺もあります。痛んだ足をおしてまで、自転車をこいでトラックにはねられたんです。これが自殺じゃなきゃ何ですか?トラックだって法定速度だったんですよ。」
喜代美は食い下がった
「じゃあ、保険金は!」
船村は呆れたものもちで
「知りませんよ、そんなもの。まあ今の男には自殺しても降りる生命保険でもかけておくんですな。では」
喜代美は言葉を失い、怒りに任せ船村の背中に怒鳴りつけた
「無能刑事!税金泥棒!」
捜査報告書
再捜査の結果、自殺と断定
報告書を書いてると、年下で上司の大沼が覗き込みながら笑った。
「ははは、無駄なことばっかやってるね、船村さん。やはり自殺だったでしょ」
船村はかつて新人だった大沼への言葉を思い出していた。
「警察は口コミ、タレコミ、張り込みだ」
「現場は100回だ100回足を運べ」
「ちり紙一つ見逃すな!ちり紙一つで大火事になる」
船村の一連の指導が、大沼のプライドに傷をつけてしまったようだ。
警察は、星の数、階級だったのに・・・。
・・・これでよかったのか?
船村は心の中でつぶやき、警察署を出た。
初夏の夕空は美しいはずだった。
しかし船村には、それが心を洗うことも、満たすこともなかった。
ンガア!ンガア!
電線に止まるカラスの群れが船村に向けてか、空に向けてか鳴いていた。
やがてカラスの群れは空へと、けたたましい声を上げて夕空へと飛び散っていった。
捜査課の刑事が飛び込んだ
「課長!変質者の身元がカメラの解析で割れました!田宮2ってケチなチンピラです」
大沼課長は言う
「よくやった!全く船村と違ってうちの若手は優秀だ!」
(完)
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