救難救助
~航空機搭載型護衛艦 「あかぎ」艦橋~
「現在測量作業中、哨戒からも報告上がっていません」
「了解」
第一次外地特別調査艦隊第四艦隊旗艦、「あかぎ」では、予想外の平穏によって安堵に包まれていた。
「出港して二日日、漁業調査船はマグロを揚げるし、特に被害報告は上がっていないし、天候以外は基本的に順調だな」
「そうですね」
こちらの世界にも前の世界と同じ生態系が存在し、絶滅したはずの生物まで生き残っていた……その事実が学者達を大いに喜ばせ、一方で本マグロを「食品安全性被験者」としてありつけたことは海上自衛官や海上保安官達を喜ばせていた。
「あのマグロ……美味かったなぁ……」
「ええ、都内の高級寿司店でも食えませんよ」
「調理の腕も中々のモンだった……何だ」
副長と雑談していると、電信員から入電があった。
「こちら艦橋」
「ロクマルからです『漂流者と思わしき漂流物を発見』との事」
「えっ漂流者?」
「ええ、なんでも救命胴衣らしきものを着用していたと」
「……成程、分かった――司令呼び出してくれる?」
暫くの艦内電話越しのやり取りの後、結論が出る。
「どうします?」
「『さくら』のレスキューが出るらしい。我々はその援護だ」
****
~巡視艇「さくら」船内~
改「しきしま」型巡視船二番艦「さくら」は、第十一管区海上保安部に所属し、海難発生時の対応拠点として第一次外地特別調査艦隊第四艦隊にも参加していた。
「『あかぎ』から漂流者の救難要請!」
その報告に、船橋が一気に凍りついた。
未知の世界の未知の海。それに荒れたこの海で未知の人――もしかしたら人ですら無いかもしれないを救難するのかという困惑によるものか、それとも任務を請け負った責任感か――。
「ヘリを出すぞ、航空機即時待機。準備でき次第発船」
「了解――救難及びヘリ用意」
使命感に突き動かされ、彼らは迅速に……いつものように……ヘリコプターを後部甲板に引き摺り出し、その中に乗り込んだ。
「船長、『いぬわし』発船可能です」
「了解、発船を許可する」
「発船!」
海上保安庁が誇る精鋭が、漂流者の救助へと向かう。
一刻も早く。人命の為、正義の為に。
この海でも尚、彼らに課せられた任務は変わらない。
****
~フォルイ・キャリロー 漂流地点~
「おーぃ、無事かぁ?」
荒波に揉まれつつも、何とかしてキャリローの近くまで接近して安否を確認する。
「……はい」
取り敢えず返事が返って来たことに安堵しながらも、どんどんと小さくなる艦影に場所を教える手段は無かった。
「……チクショウ」
ここで前世……日本国民だった頃なら冷静に助けを待つが、王国に湾岸警備隊はあっても遠洋の漂流者を助けられる能力を持った組織は存在しない。近場を漁船が通り、こちらに気付いてくれるのを祈るしか方法は無かった……筈だった。
「……陛下!」
漂流して……三時間程経っただろうか、キャリローが急に騒ぎ出した。
「どうした……体力が減るぞ」
「何か……何か音が……!」
猫系の獣人である彼女は、耳がとても良い。それ故か、人間には聞こえない音を聴き取る事が良くあった。
「どうした!?おい!?」
目を見開いて固まった彼女、その視線の先に何があるのかと目を凝らす。
「あれは……ヘリコプター……?」
ヘリコプター……その飛行機械の名前を何故彼女が知っているかは割愛するとして、先ずそんなモノはこの世界……少なくともこの大陸の近くには存在しない筈である。
「……キャリロ―、世の中には付いていい嘘と付いてはいけない嘘があってだな」
幻覚を見た可能性があるかと言ってから気付いたが、何時もなら不満そうな顔をする……いやしてくれる……彼女の顔は、相変わらず硬直したままであった。
「でも、あれは……」
彼女が指し示す先には、白い点があった。
「ん?この辺りに野生のワイバーンはいない……?」
確かにそれはヘリコプターの羽音であった。そしてこちらに接近してくる。
「はぁ!?」
目を凝らして機体をよく見る。
「おいキャリロー、機体に文字が書いてあるだろう、読んでくれ」
ヘリコプターなら人工物である以上、何かしらの表記はあるだろう。
「はい、えーっと……かいじょう……ほあん……ちょう……?でしょうか、日本語です」
「あ~成程って一寸待ったぁあ!」
海上保安庁は日本の海上警察機関である、この世界に居る訳が無い。よって恐らくこれは我々の幻聴だろう。そう結論付けてもう一度耳を澄ますと、久しぶりに『生の』――魔法によって王国の公用語にしたコピーの日本語では無い――日本語が聞こえてきた。
「……こちらは、海上保安庁です、あなた方を、救助し……に……た、This is Japan ……」
「ぇ!?」
驚きのあまり声にならない声を上げる。
「幻覚だ、そうだきっとそうだ、うんそうだろう」
そう考えていると、点はグングンと近づいて機影となり、上空でホバリングを始めた。
「降下地点ヨシ、ロープヨシ、要求者確認ヨシ!」
オレンジ色の救難服に身を包んだ救難員が縄伝いに降下しようと、機外に身を乗り出す。
「降下、降下、降下!」
救難員が降下し、こちらに向かって泳いできた。
「大丈夫ですか!?」
「あ、はい、ありがとうございます」
思ったよりスッと言葉が出たが、どうやら救難員はこちらの日本語に気付いてはいないみたいだ。
そうこうしているうちに、キャリローがハネースで固定されて上空に引き上げられる。
「陛下ぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!」
「次は貴方です。行きますよ!」
救難員がヘリコプターに向けたハンドサインで引き上げを要請する。
「うわぁぁぁ」
一瞬で冷たい海面から引きはがされ、空を舞う。
「『おおわし』より『あかぎ』、要救者のバイタル、血圧、心拍数共に異常なし、尚意識レベルについては低下が見られる、至急低体温症の対処を願う」
「『あかぎ』より『おおわし』、了解した、『あかぎ』に着艦せよ」
「了解」
布団にくるまれてストレッチャーに寝かされたまま、無線の交信を聞く。
「寒くないですか……って日本語通じないか……」
助けてくれた救難員が意識確認を兼ねた気遣いをしてくれる。
「はい、大丈夫です。有難うございました」
最大限の感謝を込めて返事をする。
「えぇぇぇぇぇぇぇにほんごぉ!?おいこの人達日本語通じるぞ!」
「あっ……」
彼らが何処から来ているのかは知らないが、兎に角この世界で人に出会うのは初めてだったみたいだ。
そんな事を考えながらふと外を見ると、窓から巨艦が見えた。
「空母……?保有していなかった筈では……?」
そんな疑問をよそに、「おおわし」は「あかぎ」に接近する。
「Akagi, this is Owashi, mission complete, approaching from west, request landing.」
「Owashi, deck is clear. Cleared to land, wind 280 at 35 knots.」
猛烈な風に機体を振られながらも、着艦拘束装置を掴んで何とか着艦する。
「こちらです、どうぞ」
四人がかりでストレッチャーを担がれ、医務室に運ばれる。
見ると医官やその他の隊員が防毒面を被っている、感染症の予防だろうか。
「低体温症だっけ?」
「はい」
医官と海上保安官がびっくりする位の早口で言葉を交わす。
「外傷は……特になさそうだね、念のためレントゲン撮ろう、よし、レントゲンかけるから、準備しといて」
「了解しました」
再びストレッチャーに乗せられ、レントゲンにかけられる。
そうこうしているうちに睡魔がフォルイを襲った。
「ありゃ、寝ちゃったか」
「無理もないですよ……」
「もう一人の……猫耳の子はどう?」
「大丈夫でしたけど、服を切ろうとしたら抵抗したらしいです」
「あ、そう、それだけ元気なら大丈夫だね、三番と四番電気毛布入ってるからそこ使って」
「了解しました」
「あと救難員だけど、こっちで預かって精密検査するから、診察室に入ってもらってて」
「了解です」
ここでフォルイの意識は完全に途切れてしまった。
~航空機搭載型護衛艦 「あかぎ」 医務室 三番病床~
「うーん……」
何故かフォルイ陛下と海上を漂流してヘリコプターに引き上げられる夢を見たが、暖かい布団にくるまっている以上、どうやら本当に夢らしかった。
そして目を開けると、白い天井が目に飛び込んできた。
「!?」
困惑のあまり体が硬直し、自分が正しい状況判断が出来ないのをハッキリと自覚する。
「おや、起きましたか」
気が付くと腕輪を付けられ、周りにはガスマスクを被った沢山の人が立っていた。
「助けてくれたの?」
「私たちは日本国海上自衛隊です、あなた方は海を漂流していたので海難救助を行いました、尚この船は護衛艦『あかぎ』です」
問いかけに対し、誰かがモゴモゴとした声で答える。
「あ、有難うございます」
「因みに私は医官の林二尉です、よろしくお願いします」
「あの……フォルイ陛下は……?」
悪い人では無さそうだ……という自分の勘を信じ、主人の安否を案じる。
「隣で聞き取り中です、貴方にも少し質問と検査を致しますが、よろしいですね?」
「はい……」
どうせ拒否権など無いのだろう。見れば分かる。
「お名前は……えー……キャリローさんで間違いありませんね?」
「はい」
ニッとマスク越しから笑った気配がして、何をされるのかと一瞬警戒する。
「ようこそ、護衛艦『あかぎ』へ」
~おわび~
ここまで改稿版となります。以下は現在改稿作業中です。
細かい設定等は齟齬や矛盾が存在しますが、ストーリーは変わっていないのでご安心下さい。