国体
「番組の途中ですが、今入って参りました新しい情報をお伝えします」
臨時ニュースを伝えるチャイムの後、字幕が流れる。
【自衛隊、ライタル領内での地上作戦を開始】
「えー……、先程、防衛省は、本日早朝から、ライタル領内での地上作戦を開始したと発表しました。繰り返しお伝えします。」
午後の天気を伝えた後、30秒もすれば終わるハズだったその番組は、報道特番という形で半ば強制的に延長された。
暫くして、カメラは疲れの色を見せ始めたアナウンサーからその照準を外し、防衛省の会見場に立つ広報官を映し出す。
砲口の注目の中、広報官が声を上げた。
「統合幕僚監部発表。
一、防衛省自衛隊は本日0530より、ライタル国内に於ける地上作戦を敢行。所在の敵を蹂躙し、15時までに、その目標を達成した。
二、それに先立ち、航空自衛隊は、ライタル国内の複数戦略目標を打撃し、これを無力化した。
三、海上自衛隊は、敵海上交通路を寸断、日本海沿岸の敵港湾施設を封鎖し、これを無力化した。
以上」
大本営発表。
後にそう呼ばれる事となる統合幕僚監部広報の発表は、この時期の日本が如何に狂怒に満ちていたかを如実に示すモノであった。
しかし、まだ地震の傷跡が深く残る東京に、遠洋で石油を掘り続けるオイルリグに、レアアースを収集する海底掘削支援船に、家族や友人を失った人々の間に、笑顔と歓声が一時的であれ満ちたのは事実であった。
これを狂気と断じることは容易ではあるが、しかしながらこれもまた人の一面であった。
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「稲葉さん、こちらどう思われますか?」
「そうですねぇ、自衛隊は飽くまで軍事目標とその付随施設を打撃しただけですからねぇ……」
アナウンサーの問いに、『自衛隊の侵略行為を許すな』やら『憲法改悪反対』やらを掲げていたコメンテーターが、唇を蒼く、たった今、陸自部隊の背後にAN/APY-9を背負って飛ぶ空自の早期警戒機が浮かぶ空の色の如くにして答える。
高学歴と俗に言われる彼は、民主主義国家が大戦を生き残ったのは、それが正しいからとか正義とかいう曖昧なモノに担保された理由では無いと知っていた。
国民が同じ方向を向き、怒った時、人類史上存在した如何なる政治形態の中でも最強の粘り強さを見せ、断固として敵に立ち向かう。
例え敵に首都を焼かれようとも、人口ピラミッドが歪もうとも、世界の覇権を打ち捨てる事になったとしても、敵を倒し、後世に国を継ぐ。
それこそが民主主義が生き残ってきた真の理由だと、知って――つまり今まで舐め腐っていた国民が一致団結して突進するのを邪魔したら容赦なく踏み潰されると理解して――いたのだ。
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「師団長、前進陣地占領、完了しました」
「はい了解」
国境線を突破して前進した地上部隊の先端。
恐ろしい程に作戦通り計画を遂行したこの部隊では、次なる跳躍に向けた準備を着々と進めていた。
「物資集積及び部隊補給は予定通り進行中です。現在スキャンイーグル及び前進偵察班が逆襲警戒中」
「了解」
自衛隊は、飽くまでも盾である。
限定的な敵策源地打撃能力はあれど、その地上戦力の敵国領内に於ける活動はほぼ想定されていない。
つまり現在彼らが行っている活動は、盾を以て相手をぶん殴るような滅茶苦茶な活動なのだ。
しかし相手たるライタル帝国陸軍は矛であった。
火力を旨とし、航空戦力と、この世界で想定されるあらゆる攻撃を跳ね除ける障壁を以て敵を正面から押し潰すというドクトリンは、日本が転移するまではあらゆる敵を、そう、海を越えて存在する北ポコロジア陸軍であっても正面から粉砕する事が出来た。
唯一無比の魔術があった。兵站さえあれば、海軍が負けなければ北ポコロジアにだって勝てた。
しかし、日本には科学があった。
ライタルに科学が無かった訳では無い。
ムサシから盗んだ、いや献上された思想による魔術の進歩だって着々と進んでいたし、当然の事だが先祖から脈々と受け継がれた魔術には収斂的に科学的な哲学が芽吹いていた。
しかし、日本には技術があった。
音速の何倍もの速さで飛来する爆槍に航空隊は壊滅し、離陸すらままならない状況となった上、圧倒的な火力の前に押し潰され、その機動力は情報よりも早かった。
国境警備に増強配備されていた部隊が壊滅していたと軍集団司令部が気付いた時には、司令部遥か上空を活発にF-35AJとF-35AM、そして巡航ミサイルが往来し、仮復旧した脆弱な交通インフラと物資集積所、その他後方支援系統を徹底的にズタボロにして回っていた。
つまり、盾で矛をぶん殴っていた訳である。
ライタルだって腐っても軍事大国だ。
守勢に回らざるを得ない事も、圧倒的航空兵力の劣勢も、敵と対面している者は理解していたし、少なくとも参謀本部はドチューゲン始めとする捕虜帰還組高級将校が日本が如何に帝国にとり脅威であるか、そしてどうすべきかという最善に近い理解を浸透させていた。
しかし間に合わなかった。
参謀組織や大学まであるような近代国家であり、この世界では帝国主義なんて珍しくも何とも無かった。
しかし、中央集権国家には重大な欠点があった。
いや、硬直した中央集権国家の欠点とも言うべきであろうか。
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「で、今の状況は?」
赤い顔、紅い耳、怒鳴り声。
「陸軍は現在、敵の航空攻撃に目下対処中であり、その被害は軽微であるとの事です」
物理的に首が飛んだ前任の陸軍大臣の後釜は、飽くまで冷静を保って報告を行っていた。
「そうか、後どれぐらいで勝てる?」
「は、二ヶ月で――「二週間で何とかせんか!」
先人たちが見出した暦が往々にして無駄遣いされるのはここに限った話では無いが、史上屈指の無駄遣いと後世から歴史書にボロクソ書かれても無理は無いだろう。
巨大な中央集権国家には、それを統治すべく巨大な行政組織が組織されている。
官僚組織とも言われるソレは、巨大な国家が十全に動く事が出来るよう、中枢神経系として機能するが、そのあまりの巨大さと複雑さ、そして見栄は、往々にして様々な弊害をもたらす。
軍隊もその例外では無かった。
現場からの報告はある程度正確であった。
戦場の霧を考慮し、通信妨害や破壊工作、その他を乗り越え、蜘蛛の巣の糸を紡ぐような繊細さを以て再構築された通信網には、現場からの報告が続々と押し寄せ、それを優秀な参謀たちは再構築し、殆ど正確な敵の前進位置を、戦闘哨戒部隊に至るまで把握して――何なら行方不明になった彼らの部隊よりも正確な――位置が予想され、同定されていた。
その悲鳴だって、犠牲を、殆どが『偵察隊が帰ってこない』という情報を総合したモノを以て造られたものだった。
飽くまで現場は、黙々と最善を尽くしていたのだ。
しかし、その中枢は残念ながら不誠実であった。
その不誠実は愛国心と彼らが呼ぶ見栄に由来する事は今更言うまでも無いが、悲しいかな、自衛隊幹部だって舌を巻く程に正確な戦略状況図は『霧と恐怖』という一言で都合よく書き換えられて全くの意味を為さなくなった。
『敵部隊が進撃を停止したのは再補給の為である可能性が高い、防御線を河川以北へ引き上げるべき』という軍集団参謀部からのコメントはどこかに埋もれ『敵は被害を受け停止している、再度の攻撃を以て敵主力を撃破し主導権を掌握する』という机上の空論に立脚した目標が高らかと掲げられた。
これを机上の空論ですら無くしたのが、将兵らが忠誠を誓った皇帝であったのは皮肉だろうか、いいや必然だ。
国が転けそうになった時、中枢神経系たる官僚組織は手足を十全に機能させてそれを未然に防ぐ必要があり、転倒したとしてもすぐに立ち上がらねばならないという認識は、皇帝以外にはあった。
だが、硬直した中枢神経は、自らが転倒しつつ――否、転倒したという理解を否定した。
無防備に寝転がった国家を、狂怒と報復に燃える国家が、その凶暴性を隠さずに襲いかかるのは、自然であった。
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