機甲の拳
~陸上自衛隊・第七総合近代化即応展開師団・師団司令部~
「0530……時間です」
天幕の中、オペレーター達がタフブックに向かい、全ての部隊の準備が完了した旨を告げた約5分後、デジタル時計が全て0を指した。
「了解、『アームド・フィスト』作戦フェーズ1を発動する。特科、射撃開始」
師団長が、指揮棒を汗ばんだ手で握りながら命令を発した。
「了解、特科射撃開始」
「FDCより小隊、攻撃準備射撃、A号」
攻撃開始に先立って、火力の優越を獲得し、敵の防御組織を破壊する事を目的として行われる射撃。それが攻撃準備射撃である。
「A号用意、ヨシ」
「射撃用意……」
無線から聞こえる無機質な声に従って、自走りゅう弾砲の乗員達は訓練通り、弾薬、火砲を操作する。
「撃て!」
3分で18発の155mm弾を放つ99式自走りゅう弾砲。
その計画射撃が攻撃正面からその背後に至るまで、幅広く行われる。
「効果あり」
FOが見つめる弾着地域、そこでは焼けた鉄の暴風、いや爆風が吹き荒れ、ほぼ全てを尽く破壊していったのだが、これはまだ序章に過ぎない。
「作戦フェーズ2を開始する。空自部隊に連絡」
「Ready……Fire Away」
「Fire Fire Fire!」
陸自部隊の遥か上空を悠々と飛ぶMC-2K。
その腹から大量のAASGM-LRが産み落とされ、亜音速で設定された目標へと突っ走る。
途中、警戒飛行中であった多くのライタル帝国軍のワイバーンがそれを捉えたが、そのあまりの数と速度にどうする事も出来なかった。
攻撃正面からその背後、更にその後方に至るまで、同時多発的に火力打撃を行う。
無論、これで終わりではない。
「フェーズ2終了」
灰色をベースとした迷彩服に身を包んだ空自担当官が、テーブルマイクのPTTボタンを押し込んで報告する。
「了解、作戦をフェーズ3へ移行。前進開始、繰り返す。前進開始」
****
〈ボックス2、コースよし、コースよし、コースよし、用意、用意、用意、降下ぁ!降下ぁ!降下ぁ!〉
地上管制員からの号令を受けて、輸送機内のランプが緑色に輝く。
「一番ぁん!」
全身に40kgを超える重い装備を付けた空挺隊員が、自らの番号を叫びつつ、文字通り空中に挺身する。
彼らの目的は、攻撃正面の後方の緊要地形を占領する事で、進撃してくる味方部隊から逃げ出してくる敵部隊を拘束し、包囲撃破する事である。
近年特殊部隊的運用が多い彼らではあったが、空挺部隊の本分とは、機動戦に伴う敵部隊の強制的拘束である。
下手をこくと敵中に孤立してしまうが、空挺隊員達は味方部隊と近接航空支援を信じて、空中に挺身した。
〈前進開始、繰り返す。前進開始〉
「師団長、張り切ってんなぁ」
ある10式戦車の車内、共通無線を聞いていた車長がそんな事を呟く。
「そりゃ北大演の訓練でもこの規模の作戦はやってませんからね、張り切りますよ」
砲手がインカム越しに応じる。
「小本より全車、ポイント71への前進を開始、武器使用自由、速度最大」
「2号了解」
「前進開始、方位330、速度最大」
車長の号令を受けて、操縦手が目一杯にアクセルを踏み、1200馬力の出力を誇る水冷4サイクルV型8気筒ディーゼルエンジンが唸りと黒煙を上げ、44トンの巨体をブン回す。
平原を爆走し、最大速度で進撃する彼ら、その前を先行する偵察部隊からの通報。
〈三小隊4偵ポイント71付近、敵装甲目標4、装甲目標4、及び少数の敵散兵〉
155mmりゅう弾の暴風を生き残った装甲目標が、彼らの行く手を阻まんとして、目標付近に立っていた。
「えーと……アレだな」
車長用潜望鏡のサーマルカメラの倍率を上げ、目標地点付近を注意深く観察すると、偵察部隊の通報対象のゴーレムと少しの敵歩兵が見えた。
〈班全体、右へ!〉
丁度上空を、空挺部隊の要求に基づいて近接航空支援に急行する二機のF-35AJが航過する中、一糸乱れぬ動きで、4両の戦車が針路を右へと変え、一斉に目標に対して火力を発揮する為に隊形を整える。
〈目標正面の装甲目標対りゅう班集中行進射ぁ~ッ撃て!〉
訓練されていないとロクに聞き取ることが出来ない班長車からの早口の射撃号令。その後に腹に響くような爆音が轟き、四発の|120mm対戦車りゅう弾《High Explosive Anti Tank》がゴーレム目掛けて超音速で飛翔する。
〈命中、撃ち方待て!左へ!〉
高度なFCSと、行進間射撃を実現する安定した車体と駆動系、そして何よりも隊全体の高い練度のお陰で全弾が目標に命中し、均質圧延鋼装甲を960mm貫通するメタルジェットを受けて木っ端微塵に弾け飛ぶ。
〈次!正面の丘散兵、対人班集中行進射ぁ~撃て!〉
フレシェット弾とは、複数の矢状子弾を一気に射出する事で、歩兵を一挙に撃滅する事を意図して設計された弾薬である。
その起源は砲兵の散弾に求める事が出来るが、お察しの通りこれを受けて無事に生き延びられる訳は無い。
そして、彼らに対し再び正面を向いた10式戦車、しかし常に彼らを指向し続け、同軸機銃を射撃し続けていた砲口から、設計者の意図が忠実に再現されて飛び出す。
目立つ主砲に比べて軽視されがちな同軸機銃だが、厚い銃身に強制冷却装置、それにFCSで統制されるソレは、見た目にそぐわない程に残酷な威力を発揮する。
その上大量の予備弾薬もあり、文字通り歩兵を蹴散らしながら前進するのには持ってこいの装備であり、だからこそ廃れないのである。
運良く、否、運悪く生き残ってしまい、最早戦列魔導兵では無く散兵となってしまった彼らの間と《《彼ら》》を超音速で飛び抜ける矢と7.62mmの弾薬は、一瞬で彼らをペースト状にした。
〈班停止!前方への警戒を密にせよ!〉
目標地点を制圧した彼らは、後に続く普通科部隊を援護する為に、攻撃正面に向けて展開し、砲塔を左右に向けて脅威を検索する。
敗走する敵兵を見つければ、足元のペダルを踏み込んで同軸機銃で蜂の巣にする。
装軌装甲車から下車した普通科部隊から、目標地点制圧完了との知らせが入る。
状況を表示する指揮通信タブレット、それが表示する地図には、国境沿いの目標全てに、制圧した事を示す青い旗がオーバーレイされていた。
そして空挺部隊の援護に向かった部隊から、敗走中の敵部隊を殲滅したとの通信が入った。
フェーズ3、完遂。
****
〈駄目です、――防衛指揮――らの連絡――ません――
へっへっへ、と笑いながら、工作員がヘッドフォンから流れる|機密通信《絶対に漏れてはいけない筈の通話》を聞き取り、記録する。
火力打撃を開始した丁度その頃、各地の工作員達は一斉に立ち上がり、通信妨害を開始していた。
縦深打撃に加えて通信妨害を食らったライタル帝国軍は、状況把握に躍起になっていたが、その結果もあって、敵部隊が前進を開始し、国境地帯を完全に制圧されたという状況を把握したのはその日の夕方であったという。
「いい仕事だなぁ」
奴隷としてライタル帝国に支配されてきた前歴を持つ彼は、ムサシ王国に逃げ出した後、諜報員として再びライタル帝国に帰ってきた。
前は、貴族を楽しませる為、今は、仲間たちを解放する為。
彼は今の職に誇りを持ち、今いるこの街のメインストリートをムサシ王国軍と自衛隊が行進する日を心待ちにしていた。
****
~ライタル帝国・皇城~
沈痛な面持ちで幹部が集まるのは、これで何度目であろうか。
今まで散々、一向に侵攻してこない敵に甘えて誤魔化してきたが、いよいよ誤魔化せなくなってきた。
聞く話によると、皇帝が呑む酒の量が多くなっているらしい。
悪い兆候だ。
そして始まったのは責任の押し付け合いであった。
そしてその瞬間にも、敵部隊が侵攻しているとの連絡が入る。
会議は続いたが、何も結論が得られないまま終わった。
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