周辺調査
~航空機搭載型護衛艦・「あかぎ」艦橋~
「出港よーい」
「出港よーい」
艦橋内で号令が復唱されていく
しばらくして、艦長の今井一等海佐がマイクを取り上げた。
「さて諸君、先程地震があったがどうやら日本は異世界へと来てしまったらしい」
誰も口を開かずシーンとしている。
「この世界がどうなっているのか、知っている日本人はまだだれ一人いない」
相変わらず艦内は機械音と電子音で充満している。
「そして我々がその最初の日本人となるらしい、それは即ち、我々の双肩に日本国民全ての命が懸かっているという訳だ」
驚愕、そして静寂……それが艦内を再び満たす
「何があるかわからない、だから調べるんだ。そして我々の誇りは、戦後からずっと国民に被害を出さなかった事にある。我々は二度と帰ってこれないかもしれない、しかし我々は海上自衛官であり、我が国を守る砦で在り続けなければならない。我が国がこの世界で生きてゆけるかは我々の双肩にかかっている。では最後に、艦首方向方位南西、各員の故郷に対し敬礼。以上を以て第一次外地特別調査艦隊第四艦隊の出動の辞とする」
刹那、艦内が興奮で満たされた。未知の領域への探索、その第一歩が我々であり、歴史に名を遺す興奮、そして海上自衛官としての誇り、そして故郷への思い。それらが複雑に絡み合った静かな興奮であった。
「集合時刻まで30分、現在各部異常なし」
「了解、各警戒厳となせ、あとこれを流せ」
CDを手渡す
「何ですかコレ?」
「聞けば分かるさ」
艦長が手渡したソレは、宇宙戦艦ヤマトの主題歌であった。
艦長席でコーヒー片手に外を見つめていると、何故かため息が出てきた
「何でこの艦ってこんなに使い回されるんだろう……」
他の航空機搭載型護衛艦も出動している事は把握しているが、「あかぎ」は特に使い回されている気がした。
すると、合流予定の艦の艦影が見えてきた
「しかし、測量船に護衛艦、巡視艇挙句の果てには潜水艦まで一緒に行動するとは……遅れないようにしろ」
第一次外地特別調査艦隊第四艦隊の任務は、南西海域の調査であった
「さて、何が在るかな……」
「面舵30、速力20ノット」
「了解、面舵30、速力20ノット」
「面舵30、速力20、ヨーソロー」
コーヒーを一気に飲み干す。
「一寸外の空気でも吸うか……」
艦橋を副長に任せ、艦橋の外に出る、磯の香りは転移前とは変わらなかった。
上空にはSH-60Kが待機していた。
「しかし、これから荒れそうだな……」
西の空を睨みながら、無事に帰宅できることを願う艦長であった
****
~ムサシ王国・アリバン島~
外輪船から質素な服に身を包んだこの国の国王、フォルイが降りてきた。
「ようこそアリバン島へ、フォルイ国王陛下」
アリバン島の行政官、ホルガーと握手する
「ご苦労」
しばらく進むと、冷媒を使用した巨大な冷凍倉庫が見えてきた。
「おお、やっと完成したのか……」
中に入ると、まつ毛がパリパリに凍り付く寒さ(-30℃)が一行を襲った。
「寒いですぅ……、国王陛下ぁ……」
振り返ると獣人の秘書官、キャリローが震えていた。
「そりゃあんな大きなマグロがカチカチになる程だからなぁ……」
棚には100キロは優に超えるであろう巨体を持ったマグロが冷凍されていた。
「で、調子はどう?」
「絶好調でございます」
「我が国において農林水産業は工業に並んで重要だから、何かあったら遠慮せず言ってね」
「では、一つだけ気になることが……」
「なんだ?」
「最近、クラーケンを見たと言う者が増えております」
「クラーケンかぁ……」
そろそろ捕鯨銛射出機か魚雷でも考案しないと不味いかと考える。
「分かった、対応策を考えるよ」
すると、キャリローが驚愕の視線を送ってくる
「どうした?」
「クラーケンって……あんなの倒せるんですか?」
クラーケンとは、まぁ馬鹿でかいイカの事であるが、何故か極めて凶暴であり、見つけたらさっさと逃げなければ船を簡単に沈められてしまう。
「壁があれば壊すか穴を掘る、それが技術だ、そうだろう?」
「そうですけど……」
呆れて物が言えないキャリローを見ると、耳の毛の先がカチコチになっていた
「すげぇ、カチコチだ」
思わず耳を触ってしまう。
「やめてください!この変態!」
結構酷い事を言われたが、そこは彼の根っからの人柄で耐える。
「耳触っただけで変態か……悲しい世の中になったもんだ……」
「当然です!行きますよ!」
「ま、待ってくれぇ……」
何故か部下の後を追う国王であった。
その後様々な施設の視察を終え、船に乗り込むと船長がやって来た
「もう間もなく嵐に遭遇しますが、出港しますか?」
「俺がこっち来てる間に帝国に戦争吹っ掛けられたら堪らんからなぁ……」
「了解しました」
出港した船の中で、この国の将来を考える。
「どうなるか……」
しばらくすると、船が大きく揺れ始め、テーブルの上の書類がバサバサ落ちる。
「あーあ」
必要な書類以外を鞄に放り込み、書類仕事に取り掛かる。
「面倒だなぁ……」
万年筆を懐から出すと、早速仕事に取り掛かる。
今思うと、万年筆を作るのに物凄く苦労した事を思い出す。
「レアメタルか……活用できるぐらいにまで我が国が進歩すればいいけどなぁ……」
万年筆の筆先に使うモリブデンやイリジウムを躍起になって探した結果、レアメタルが大量に埋蔵されている鉱山を多数発見して他国に売ろうとするも、価値が理解されなかった日々を思い出す。
「あの国も帝国に占領されちゃったしなぁ……」
その後その国は帝国に侵略された。援軍を求められたものの、ムサシ王国陸軍に対外遠征能力など皆無に等しいことを理由にお断りした時は胸が引き裂かれる思いだったが、今はムサシ王国がその侵略の危機にさらされていた。
「同盟を結んでくれる国……無いなぁ……」
いつもと同じ結論に至った途端、上の方が急に騒がしくなった。
「どうした?」
船員に何があったか詳細を求める。
「右外輪停止!現在航行不能!」
「何だと!?原因は?」
「何かが挟まっています!詳細不明!」
体の奥底に流れる技術者の血が騒ぎ出す。
「救命胴衣を寄越せ!確認してくる!」
「危ないですよ!?」
「構わん」
ドアを開けると、秘書官キャリローが立っていた
「どこに行くんですか」
「右外輪の確認だ、安心しろ、救命胴衣は着る」
「止めてください!危ないですよ!」
「安心しろ、私が死んでもこの国の次のリーダーは平和的に直ぐ決まる、少なくともそういう政体だ」
「陛下が行くなら、私も行きます」
思わず自分の耳を疑った。
「私も救命胴衣を着ます。それならいいでしょう?」
「危険だ!止めたまえ!」
どうしても一緒に行くと言われ、右外輪の確認を中止するかと考える。
「では私が行って確認します」
考えている間にドアを開けて出て行かれた。
「待て!おーい」
荒波にかき消されて声は聞こえない様だ。
「チッ!おーい」
波に流されないようにロープを掴んで右外輪近くのキャリローに接近する。
「おい!私は君の上司なんだか……!?」
そこに挟まっていたのはクラーケンの巨大な腕だった。
「え?なんで?」
呆然と立ち尽くす二人の頭の中には、クラーケンに関する知識が散乱していた。そして先に状況を認識したキャリローが呟いた。
「グレートホエール……」
「あっ……」
グレートホエールとは、まぁ言ってしまえば馬鹿でかいクジラである。そしてクラーケンの天敵でもあり、クラーケンとの格闘で付いた頭部の非常に硬い皮膚が特徴的な生物だ。
で、外輪がクラーケンの腕を巻き込んで停止したということは即ち近くにグレートホエールがいるというわけである。因みに見たところこの腕は刺身にして食えそうなほど新鮮である。
「木造船なら沈むかもしれんが、この船は鋼鉄で大型船だ、揺れるかもしれんが、沈みはせ……」
ここまで言ったところで、下から何かが突き上げ、二人とも海へと投げ出された。
このとき投げ出されたことによってこの国の将来は大きく変わるのであるが、そんな事より彼らは早くこの海から引っ張り上げて欲しかった。
すぐ近くにSH-60Kが飛んでいるとは知らずに……。