情報収集
~ムサシ―ライタル国境・帝国陸軍第544監視哨~
「……」
その男は、腹痛に悩んでいた。
敵の侵攻をいち早く通報する役割を負ったその男は、今日も魔導鏡を用いて敵情を監視する。
「センシャとキドセンが増えてますね……」
部下がそんな事を呟きながら、手元の紙片に前日からの戦力変化を書き殴る。
「ちゃんと味方は後方に予備陣地を築いているんでしょうか……」
消え入りそうな声で、部下が尋ねる。
「勿論だ。任務に集中しろ」
「了解」
違う。
噂では開戦初期に行われた交通打撃、そのおかげで本土の部隊は殆どが塩漬け状態で、滑走路もようやく復旧して戦力蓄積を行っているに過ぎないと言われているし、実際そうであろう。
だが、上からは『我に有利な防御線を構築しつつあり、貴官は任務に邁進されたい』との言葉しか降りてこない。
我々はしっかりと任務を遂行しているのだから、今日も敵が着々と戦力を増強しつつあるという事実は上も認識している筈だ。
それに、最近は車輪とリタイが付いた大きなシャリョウ――つまり機動戦力だろう――も増えてきた。
つまり、近い内に此方側に彼らはやって来るのだ。
その時我々は――
****
~ムサシ王国陸軍第101戦略情報隊・長距離空中偵察小隊~
「ポイント368――機能復旧してますね、民間車両多数」
「了解」
黒光りする翼を大きく広げた偵察兵が二人、越境偵察を行っている。
翼人である彼らは、対空戦闘任務から降り、斥候となる事に活路を見出していた。
戦闘機の登場により職にあぶれた彼らは、ドローンより正確で、ドローンより見つかりにくく、そしてドローンより素早いというその天賦の才を自衛隊に買われたのだ。
空を飛ぶ人間大の目標を補足する事は極めて困難であるし、ドローンには不可能な地面スレスレの低空匍匐飛行により迅速な進出を行う事も出来る彼らは、今やムサシ王国陸軍の長距離斥候の主力にまでなっていた。
それを支えたのが、日本製の高度な装備の数々である事は言うまでも無い。
夜間飛行や長距離飛行を可能にする現実拡張装置に、高吸収率の戦闘糧食、そして正確な現在地を示すGPSにより、彼らは敵国の奥深くまで侵入して情報収集を行えるようになったのだ。
「次、588番、変針右へ15°」
「了解」
そんな空中偵察部隊の中でも、彼らは高高度を飛行する航空機から飛び出し、長長距離を進出して偵察活動を行う精鋭部隊であった。
「戦略目標は特に変化無し?」
「無しですね」
「了解」
大きな無線機を背負ったナビゲーターと、大きな光学機器を抱えたロングアイの二人組で構成されるこのチームは、戦略目標の監視や民間の状況を監視して廻り、逐一情報を伝える。
「――警報!」
そんな彼らの天敵は、迎撃騎である。
良く訓練され、精鋭の騎手が乗る迎撃騎は、翼人である彼らを人間やレーダーより簡単に捕捉する。
特に高高度を飛行する長距離空中斥候は、低高度を飛行する斥候よりも発見されやすい。
戦闘機や、それが放つミサイルには全く歯が立たないが、翼人相手なら追い縋り、対抗する事が出来る。
しかし、これも想定内の事態であり、これに対処出来るからこそ彼らは精鋭なのである。
「了解、マニューバ!マニューバ!マニューバ!」
翼を目一杯広げると22mにもなる迎撃騎は速度では翼人に勝るが、小回りが効かない。
偵察兵は彼らを引きつけた後、急速に地面へ向けて降下する。
追いすがる迎撃騎から、様々な魔導が飛んでくるが、人間大相手の翼人には中々当たらない。
もし当たったとしても、使い捨て式の対魔導防護装置が身代わりとなり、墜落するといった事には滅多にならない。
炎やら氷やらが掠める中、右へ左へと飛び回り降下を続ける。
そして地面スレスレで、彼らは運動エネルギーを再び位置エネルギーに変換した。
慌てて相手も引き上げ、間一髪地面への衝突を避けたが、弱点の背中と騎手が偵察兵の前に差し出される。
5.56mmの完全被甲弾が彼らを叩き、騎手の命と迎撃騎の平衡感覚を強制的に奪った。
派手に地面に衝突した彼らを尻目に、偵察兵達は任務に戻った。
****
~ライタル帝国軍・皇城・地下戦略調整本部~
「で、交通の復旧はまだなんですか?」
兵站担当官が、内務省の担当者と通信を交わす。
彼の足は地震かと思うほどに揺れ、額は夕立が過ぎたかのように濡れていた。
《そうですねぇ、暫くかかりますねぇ》
間延びした声が魔導越しに聞こえる。
「ふざけるな!我々は戦争中なんだぞ!」
近くにあったゴミ箱を蹴っ飛ばし、彼は立ち上がる。
《直した傍から吹っ飛ばされるんでねぇ……》
「クッ……」
情報収集により、どうやら相手方が空高くからこちらの領土を逐一観察しているという事は分かっていた。
その為、極めて高度な擬装魔導により、直上やある程度の角度からは橋や主要道路等が破壊されたままであるかのように擬装するという対策を行っていた。
始めの数日は良かったが、車列までその擬装を行う事は困難であり、敵方は最近、翼人を進出させて偵察を行う事によりこの擬装を見破る様になった。
その結果、辛うじて復旧しつつあったインフラを再び吹っ飛ばされてしまったのだ。
《軍の方で何とかなりませんかねぇ?》
インフラの復旧と整備は内務省の仕事だが、武力攻撃に対するインフラ防護は軍の仕事である。
それが縦割り行政に於いて官僚達が忠実に守っている管轄だ。
《では失礼します。ご健闘をぉ》
そして、内務省は軍にブチギレていた。
****
~ムサシ王国・情報省・通信情報隊~
「よ~し、いい子だいい子だ」
帝都、ある家の中。
電子機器を男が愛撫しつつ、録音機器を回していた。
魔導通信はその性質上、出力を絞らなければ『漏れる』。
そのお漏らしを拾い集め、情報を統合して結果を出力する機械が、男が今可愛がっている機械なのだ。
戦略兵器の存在を察知しつつ、その発動まで感知出来なかった情報省は、こうした小さな情報収集拠点を新たに作っていた。
諜報員をありとあらゆる場所に忍び込ませ、通信情報を収集し、それを本国に送り付ける。
その情報網を更に細かく、そして正確なものとする為である。
「どう?奴さん」
「相変わらず縦割りで揉めてるよ」
「プライドだけは高いからなぁ……」
彼らは情報収集の一方で破壊工作も行っていた。
夜間に復旧した橋に忍び寄り、爆薬を仕掛けてトンズラするという単純なものではあったが、インフラを復旧した傍から破壊するとなれば、航空攻撃よりも破壊工作の方が安上がりかつ確実なのだ。
「ホントは内務省の仕事だけど、気付いて無いんだろうなぁ……」
しかし、今現在インフラを破壊しているのは空襲であると帝国は信じて疑わなかった。
というのも、起爆前に飛翔音を聞いたという者が大量に居るからだ。
「音鳴らすだけでこんなに効果的だとはなぁ……」
この爆弾には、大音量のスピーカーが隠し付けられている。
そして、スピーカーは起爆前に馬鹿でかい飛翔音を高らかに鳴らす。
AASGM-LRの自己鍛造弾弾頭は亜音速で飛翔するため、飛翔音の後に着弾する。
この特徴を活かし、疑似爆撃を演出したのである。
現代の軍事技術に慣れた読者諸君らは流石に分かるだろうと思われたかもしれないが、突如国中のインフラを空から破壊されたライタル帝国市民にとって、その音を象徴とする破壊は、疑いようも無く空からやってきたものなのである。
もし彼らが気付いたとしたら、それはそれで厄介な事になる。
国内にそんな事をする人間が居るという事は、隣人が破壊工作員なのかもしれないのだ。
実際そうなのだが、今まで連戦連勝していた帝国軍がボロボロになって負けた相手との戦争で、自分たちが危機に晒されていると市民たちは敢えて考えないようにしてきた。
そんな市民たちが破壊の源が空ではなく隣人だと知ったら、大きなパニックが起こりかねないだろう。
その上、国内に忍び込んだ破壊工作員の排除は内務省の仕事なのだが、内務省は飽くまで『被害者』で居たかった。
その為、ロクに調査を行わずにインフラ破壊の原因を空襲と断定していたのだ。
ライタル帝国に於ける行き過ぎた縦割り行政の弊害は、今後もこの戦争に影を落とし続ける事となる。
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