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命令

~首相官邸・危機管理センター~


 ――以上の攻撃より、我々は日本海の海上航空優勢及びライタル上空の制空権を確保し、また交通、物流インフラを破壊した事によって敵部隊の活動を抑制させる事に成功しました」


 分かりにくくゴチャゴチャとした資料をプロジェクターで提示しつつ、防衛省の担当官が保野総理に状況を説明する。


「……で、肝心の戦略兵器とやらはどうなった?潰したのか?」


 首都を壊滅させ、この戦争のキッカケを作ったソレを潰す。

 これはこの国がこの戦争でなんとしてでも達成しなければならない事だった。


「偵察衛星から撮影を実施しましたが、被害は認められませんでした」


 偵察衛星から撮影した国家機密の写真がスクリーンに投影され、未だそこに存在する『敵戦略兵器』を映し出す。


「そうか……」


 苦虫を噛み潰した様な顔と声で呟く。

 航空攻撃によって目標が撃破出来なかった時、やらなければならない事がある。

 地上戦である。


「陸自を投入する以外に何か方法は無いか?」

「――ありますが、推奨はしません」


 今度は担当官の顔が曇った。


「この世界には我々しか近代国家はありません。特殊装備の使用も有力なオプションの一つです。当該目標に通常航空兵器最強のアセットを投入しても効果はありませんでしたが――特にNかCであれば有効打を期待できます」


「……ソレに私が同意するとでも?」


「……飽くまでオプションの一つです。しかし即座に使用可能です」


 転移前から、膨張する某国への切り札として検討が進められてきたソレ。

 本来なら保有を宣言し、そして相互確証破壊の名の下危うい均衡を保つ道具として用いるべきソレを、日本は保有していながらそれを国家機密にしてきた。

 ご存知の通り、大量破壊兵器は日本人の心に深い、深い傷を残している。

 そして国際条約や今まで平和国家として築き上げてきた信頼。

 特殊装備保有の宣言は、ソレを崩壊させてかつ国民の間に大論争を引き起こす。

 幸いな事に、今までマスコミやジャーナリストの手によって白日の下に晒されようとしたその事実は情報庁が握りつぶしてきたし、何らかの形で漏れることがあっても国民の『常識』によって一蹴されてきた。


「海自の一部SSは既にNが搭載済みですし、航空攻撃による投射も可能です。総理」


 そして、その常識はずれのモノの使用の是非は、この男――保野内閣総理大臣が判断するのだ。


 コレほどまでに『シビリアンコントロール』を恨めしく思った事は無いと、彼は後に語っている。

 シビリアンコントロール――文民統制とは、読んで字の如く単に軍隊を文民が統制する事だと解釈されているが、細部が異なっている。

 これは、主権者たる国民が、国民の意思と責任の下、軍隊を統制するという意味である。

 自衛隊は軍隊では無いというのは最早詭弁である事は周知の通りだが、ここで今一度思い出して頂きたい。


 自衛隊最高指揮官は誰か。


 そう、総理大臣である。


 つまり、自衛隊は総理大臣の責任と命令の下行動する。


 陸自部隊を侵攻させれば、必ず被害が出る。つまり自衛官が死ぬ。

 しかし、『N』を使うという決断は出来ない。


 保野総理は、この狭間で苦しんでいた。



****



~防衛省・統合幕僚監部~


「武器使用はNを除いて無制限、投入戦力に関しては陸自は現在派遣が確定済みの戦力、空自は本土防空に最低限必要なモノを除いた侵攻計画を策定して貰いたい」


 上から降りてきた命令の下、自衛官達は各々の使命を果たすべく動き始めていた。


「結局Nによる戦略目標の攻撃は流れましたか」


 空自担当官の発言を受けて、陸自担当官がゆっくりと口を開いた。


「まだ我が国がNを使う局面で無いのは確かです」


「しかし、Nはその威力を明示しない限りはその威力を十分に発揮しているとは言えません」


「果たして彼らにそれが理解出来ますかね?」


 ヒートアップしつつある彼らに割って入るように情報庁担当官が首を突っ込んだ。


「まぁまぁ、その辺の塩梅は我々が何とかしますよ」


「何とかとは?」


「向こう側に敢えて特殊装備の情報を流出させ、然る時が来た時にそれを以て講話を呼びかける――ウチはその想定で動いてます」


「成程」


 何事にも出口戦略が必要である。

 特に戦争のように多くのヒト・モノ・カネが動く事象の場合、コレが無いと大変な事になるのは数々の戦訓と歴史が雄弁に語っている。

 防衛省は、特殊装備を出口戦略の切り札として使おうとしていた。


「なので……敵国中枢に対する攻撃は最小限に控えて下さい。詳細は手元資料を、│ウチ《情報庁》からは以上です」


 中枢をふっとばした場合、何が予測されるかという手元資料を見た幹部自衛官達は思わず唸ってしまった。


「そうかあの国軍閥があるのか」

「その上領地軍事力付きの貴族まで居るぞ」


 この様な国で国家中枢が消滅した場合、何が起こるか。


 そう、内戦である。


 そして内戦に他国が首を突っ込むとろくな目に遭わないという事実は、これもまた数々の戦訓と歴史が雄弁に語っている。


「既に我々が実施したインフラ攻撃によってライタル国内の流通は麻痺状態、一部地域では食料等生活必需品が確保出来ず……」


 自衛隊は、先に行われた攻撃で民間を標的にはしていなかった。

 専制国家であるので、戦略爆撃によって国民に厭戦気分が蔓延したとしても尚抵抗が続けられるという合理的判断の下であったし、そもそも軍事目標以外に長射程誘導弾を用いる事が出来るほどの能力を保持していなかったのである。


 しかし、軍民共用の物流拠点や橋等の交通/流通インフラとなれば話は別だ。

 彼の軍隊はこの戦争に対して殆ど準備が出来ていなかった為、これに対応する為に大量の物資輸送が行われていた。

 自衛隊は、これを支える交通/物流インフラを破壊する事で、ライタル帝国軍の行動を麻痺させようとしたのである。

 ライタルの民間物流は、これの巻き添えを食ったのだ。


「都市部を越えて侵攻する場合は民間への食料物資その他の支援を行わなければ戦闘部隊の背後が脅かさる事態が考えられます」


 士気を保ち、個人の能力のムラを小さくする為に魔導魔法を大規模な戦列を以て運用しているライタル帝国軍は気付いていない様だが、個人の能力を大幅に引き上げる魔導魔法とゲリラ戦の相性は極めて良い。

 近代軍が近代軍たる所以は、現地での略奪に頼らず、豊富な輜重能力を以てその行動を安定的に支えられる所が大きい。

 もし占領地域の民間人(徴兵経験アリ)が魔導魔法をゲリラ戦に用いて補給物資を奪取した場合、今度は自衛隊とムサシ王国軍が困窮し、戦闘行動が不可能になる可能性が高い。


「敵戦略兵器の所在位置を考えると、何れのルートを用いても都市部を突っ切ります」

「輸送路側面の護衛は何とかなりますが、大規模ゲリコマを発動された場合の被害は未知数です。それにこの規模の部隊です。武器弾薬は航空輸送じゃどうにもなりません」

「街に対する特殊装備の使用は論外だし、やはり抱き込むしか無さそうだな」

「心理戦はムサシと情報庁(ウチ)と陸自、民間に厚労省の協力を得て何とかします」

「捕虜収容所でウケが良かったのってサブカルだろ?そっちの方はどうなってる?」

「既に翻訳原稿を手配済みです。一週間でメディア類は前線に派遣出来ます」


 莫大なリソースを注ぎ込んで運用していた捕虜収容所には、人道的な目的の他、実はこの様な――ライタル人の嗜好を把握し、彼らの文化への理解を深めるという目的もあった。

 情報庁の心理戦部門が主導して行われた作戦であったが、その真価が今、発揮されようとしていた。


「……いけるか」

「後二週間で六個戦略単位の戦闘準備が整います。それまでには何とか」

「国内の動員も予定通り、警察による反戦派検挙も順調です」


 国家総力戦。

 日本国内の力を全て戦争に投入しようとしているる現状は、そう呼ぶに相応しい状況であるが、先の大戦とは違い、こちらは質的優位、そして航空海上優勢という最重要要素を確保している。


 どうにかなるだろう。


 その様な思いを、ここに居る担当者達は抱いていたが、思いもよらぬ方向からそれが打ち砕かれるのはまた後の話である。

 ここまでお読み頂き、誠にありがとうございます。

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 ご意見、ご指摘、ご質問、ご感想、何でも結構ですのでどうぞ宜しくおねがいします。


~新作のご案内~


 現在『理想郷の警官』という近未来の日本でお巡りさんが頑張る作品も並行して執筆しています。


 SF、法執行機関、ボーイミーツガール、不幸娘と、作者の「これ好き」を某国と変わらず煮詰めておりますので、そちらも併せて宜しくお願い致します。

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