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スタンドオフ

~ライタル帝国陸軍・第856補給支援隊~


「ふぁ~あ」


 今日も一日、補給所から補給所へ物資を運搬する業務に就く退屈さに身を任せ、思わず特大の欠伸をかいてしまう。


 前線から遠く、遠く離れた内地。


 一般に思われる軍の任務とは正反対な、比較的のんびりとした任務。


 安全で、精神的な緊迫も無く、あるのは焦った上司と大量の荷物だけ。


 そんな状況なのだから、欠伸をかくのも仕方が無いだろう。


「ニホンの連中、今頃大慌てだろうな」


 同僚が話しかけてきた。


 この男は、こんな業務でもキッチリとこなし、「我々が居ないと軍隊は行動できない」とか言っているような奴だ。根は良い奴で、模範的な軍人ではあるが、一緒に居ると如何せん疲れる。


「どうだか、ウチの方が大慌てだったりしてな」


 軍部に対しほぼ無断で行われた宣戦布告と『神の御業』の使用。

 その結果発生した急激な戦時体制への転換。


 その最前線がこの補給線なのである。


「確かに」


 普段の四倍以上の長さの車列を見ながらぼやく。


「よーし、もうすぐ峠だ」


 長い長い上りを終えたらやっと下り道だ。そしてその先に目的地がある。


 目的地に付いたら……飯だ。


「腹減ったなぁ」

「そうだなぁ」


 この真面目な男も、流石に生物としての根源欲求には逆らえないらしい。



 初めに感じたのは、光だった。

 次に感じたのは、爆音と衝撃だった。


 恐る恐る頭を持ち上げると、目的地が消えていた。


 そこにあったのは山。


 炎と黒煙と破壊の痕。それが山を造っていたのだ。



****



~防衛省・統合任務部隊司令部~

「TGT8-11,completed!」

「よっしゃあ!」


 攻撃統制官がガッツポーズしたその先には、大型モニターがあった。


 日本海からライタル帝国内部に幾つも伸びた水色の線。


 その先に記されたバツ印。


 その横のモニターに表示されている黒煙が上がる映像。


「全弾命中。やりました」


 MC-2Kから大量に放たれたAASGM-LR(スピア)


 その目標は、敵兵站網及び連絡線。そして交通要衝と敵戦略兵器、拠点である。


 日本国内のAASGM-LR(スピア)の即応弾在庫のほぼ全てを消費して行われた縦深攻撃。


 その戦果は絶大であった。


 急速な戦時体制への転換の為行われていた大量の物流を完全に麻痺させ、敵海上戦力の内、脅威と見積もられていた内の6割、それも日本海付近のモノを行動不能に陥れ、滑走路をボコボコにした。


 但し、一つだけケチがついた。


「やはり戦略兵器は硬いな……」

「はい、バンカーハンターを三発撃ち込みましたが衛星では戦果が認められませんでした」

「ん゛~……」


 AASGM-LR(スピア)には、二種類の弾頭がある。


 EFP《自己鍛造弾》弾頭と、地中貫通型弾頭バンカーハンターである。


 EFPとは、弾体を、炸薬の爆轟によって発生したエネルギーが侵徹体を形成するように加工した、形成炸薬弾の一種である。

 しかし、モンロー/ノイマン効果を用いる一般的な形成炸薬弾とは異なり、ミスナイ・シャルディン効果を用いている。

 重量あたりの威力に優れている為、小惑星探査機『はやぶさ2』に、小惑星の表面を破壊し、小惑星内部のサンプルを採取する為に装備されたものと原理的には完全に同一だ。

 原理の細かい説明は省くが、炸薬の爆発によって発生した圧力が一部に集中する事で、通常よりも凶悪で、かつ設計者の意図を持った大きな破片《EFP》が出来上がるモノであると解釈して頂ければそれで差し支え無い。


 この弾頭は、主に広範囲に分布する敵や、軟目標に対して用いられる。

 目標上空で爆発し、EFPを大量に撒き散らす事で、これらに対して大きな効果を発揮させようという寸法だ。


 一方で、地中貫通型弾頭バンカーハンターは、その名の通り、弾頭が地中に貫通してその効果を発揮する弾頭である。

 その原理は単純明快、運動エネルギーで地面をぶん殴り、その力で地中に潜り、抱えた大量の炸薬で地下に潜む目標を破壊するというモノだ。


 この弾頭は、主に地下に隠匿されている敵施設の破壊に用いられる。


 特徴として、地中に潜り込む為の十分な運動エネルギーを得るために目標付近で再度加速するというものがある。

 その為に搭載したブースター等の為に、弾体が大型化してしまったという欠点もあった。

 一方で、その欠点に目を瞑るに十分な能力――末端速度マッハ3、音速の約3倍で目標に突っ込むというモノは、非常に魅力的なモノだったのだ。


 前の世界では、確実に某国のバンカー《掩蔽壕》を撃破出来ると自信を以って断言出来たこれを、自衛隊は3発、敵戦略兵器に使用した。


 しかし、光学偵察衛星を用いた観測では、一切の被害が認められなかったのだ。



****



~ライタル帝国・中央魔導学園~


 さて、ライタル帝国が魔導大国であることは周知の事実である。


 ライタル帝国が魔導大国たる所以には膨大な魔帯鉱物埋蔵量や魔帯金属の生産技術等の幾つかの理由が存在するが、人材の育成という面ではここ、中央魔導学園がその大きな役割を担っていた。


 貴族の子弟や各地から選抜された人間を教育し、研究者ないし軍人に仕立て上げる……といった場所であるが、一部の貴族からは魔導教育に力を入れ過ぎていて文化的で無いと批判されるような場所でもあり、お察しの通り『神の御業』の研究開発が行われ、そしてそれが存在する場所でもあった。


 これの存在場所は国家機密とされ、厳重な情報保全体制の下情報保安が行われていたが、ムサシ王国の優秀な諜報網と日本の偵察衛星によってその存在は建設が始まる前から察知されていた。

 『敵戦略兵器』そんなモノが所在する場所である以上、たとえ教育施設であろうと攻撃目標になる事は目に見えており、空襲を警戒して防空部隊が配備されていた。


 防空部隊といっても、野戦防空で展開されるような、飛んでくる対空目標を迎撃するような能動的防空では無く、魔導障壁を複雑に展開する事により、全ての飛翔体の接近を拒む受動的防空部隊であった。

 先の戦争の戦訓から、能動的防空部隊は接近する敵の対空目標にそもそも照準すら合わせられないどころか観測する前にボコボコやられていったのに対し、師団等が保有する魔導障壁部隊は敵の砲撃にある程度抗堪した事からその能力が認められ、能力の向上と配備が推められていた。



 ――突如、衝撃に叩かれた。


 私はユルゲン。魔導高等学校に推薦で入った地方出身の貧乏人である。


 安全で薄暗い(一応魔導灯はあるがやはり大地に降り注ぐ太陽には負ける)地下に籠もって延々と研究をしている大学生を尻目に、今日もパンに焼き固めた屑肉を挟んだタンガーアーでも食べて腹を満たそうと中庭で悪友共とベンチを占領していた所、突如衝撃に叩かれたのだ。


 レニの魔法かカタリナの魔導かを叩きつけたのかと周りを見ると、空が変色していた。


「受動防空魔導……?」


 誰かが呟いたその言葉を聞いて、軍事魔導の講義を思い出した。


 丁度、軍事魔導の教師であるパトリック先生が何か叫びながらこちらに向けて走ってくるのが見えた。


「先生!あれは何ですか!?」


「良いから中に入れ!さあ早く!」


 後からやって来た何人かの大学生が何やらメモを取りながら変色した空を見上げているのを傍目に、我々は地下の大食堂へと連行された。


「アレはかなり強力な魔導障壁よ、それも近衛が使うような一級品」


 レニが普段動かさない口をパクパクさせながら捲し立てる。


「何で分かるんだ?」


 冷めてしまったタンガ―アーに齧り付きながら、レニに問う。


「ここ最近、外で強力な魔力を感じてたの」


 レニが数少ない魔法使いであり、魔力を感じる天賦の才能を持っている事は知っていたが、強力な魔力を感じると彼女が語るのはこれが初めてでは無かった為、特に驚きはしなかった。


「そういやお前、『アレ』が動いた時も似たような事言ってたな」


 こくこくと頷くレニの横に座るカタリナが、目の前の飯を放置して何やら読み耽っていた。


「何だそれ?」


 周りをキョロキョロと見回し、近くに『面倒くさい』先生が居ない事を確認して、彼女はこちらにその中身を見せた。


「何だこれ?」


「マンガよ、ニホンのね」


「お前良く交戦国の本読めるな」


「正確に言うとニホンのマンガを帰還者が書き直した奴だけど……面白いのよ」


 そう言って、またマンガの世界に没頭した彼女を尻目に、辺りを見渡す。


 すると、鐘が鳴った。


「校長だ」


 全員起立し、前方の職員席の中心に注目する。


「よいよい、休め」


 その声で再び長椅子に腰掛ける。


「さて、諸君は先程の音を聞いたと思うが……


 確かに周りを見るといつも外で飯を食ってる者ばかりであった。


 ……決して、父兄にこの事を口外してはならぬ。勿論、『神の御業』の事もな」


「アレは近衛軍――諸君らの先輩方が諸君らを守る為に張っていた魔導障壁じゃ。この学校は守られておる。一切の心配は要らん。学業に専念し、皇帝陛下の御恩に応えるのじゃ。以上、食事を再開して構わん」


 そう言って大扉を潜って食堂の外に出た瞬間、喧騒に包まれた。


 つまりこの学校は攻撃されているという事だ。


 パニックに陥りかけている生徒を鎮めたのは、またしても衝撃だった。


「この学校の警備を担当する事になった近衛軍のローランドだ!」


 そう叫ぶと同時に、衝撃魔導をこの広い大食堂に均一に展開したのだ。


「先程先生からお話があった通り、この学校は攻撃下にある!諸君らに今求められているのは、我々の手を煩わせないように地上に出ず、先生のお話を良く聞く事だ!」


 静まり返った食堂に、彼の声が響く。


「今、我が国は戦時下にある!それはこの学校も例外では無い!」


 この時、僕達はその意味を、今回のような事が今後も起こり得るという意味だと解釈した。


 しかし、その解釈が間違っている事を、近い将来に知る事になる。



~新作のご案内~

 現在『理想郷の警官』という近未来の歪んだ日本でお巡りさんが頑張る作品も並行して執筆しています。

 SF、法執行機関、ボーイミーツガール、不幸娘と、作者の「これ好き」を某国と変わらず煮詰めておりますので、そちらも併せて宜しくお願い致します。

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