表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/51

危険な海


~ライタル帝国海軍・南部方面艦隊・コルファー軍港~


「司令、上からです。」


 部下が差し出した真っ赤な封筒を、エンゲイト提督は一瞬の驚きと共に受け取った。


「上って……作指からじゃ無くて御前経由なのか……」


 作指……つまり方面艦隊の直接の指揮監督組織である海軍作戦指揮本部では無く、御前、つまり「皇帝陛下の意志」が直接降りてきた事に驚きを隠せないエンゲイトは、それでも自分を落ち着かせながら二個ある内一個目の封筒を開いた。


――ニホンは小国の分際でありながら我が国を侮辱し……


 いつも内覧版で回ってくるほぼ定型文と化した文章の様な調子で書かれたニホンを罵る部分を読み流し、本題を探す。


……ニホンは島国であり、その食料や資源などは輸入に頼っている。よってこの海上交通路の遮断に成功すれば、既に神の御業によって打撃を受けたニホンは今でこそ強がっているが、忽ちの内に我に屈服するだろう――


 つまり海上封鎖命令である。


 そして二個目の封筒を開くと、具体的な作戦計画等の情報がギッシリと詰まっていた。


 ――まず、内太平洋沿岸に存在する敵艦隊を撃滅し、その後海上封鎖を実施。ニホンとムサシ間の海上交通路を遮断した上でライタル大陸に存在する敵沿岸拠点を攻撃、無力化。

 然る後、陸軍がムサシとニホンへの着上陸侵攻作戦を発動する……。


 大雑把な流れはこの様なものであった。


 敵側の捕虜であったが開放され、軍務に復帰しているドチューゲン陸軍大佐が収集した情報によれば、敵は北ポコロジア軍並かそれ以上の技術力を持ち、かなり有力な兵器を保有しているという。

 水平線の向こうから撃ち込まれる誘導爆槍、百発百中の大爆筒、同時に多数の目標に対処可能な攻撃体系システム……。


 誇張である可能性は、先の戦争を鑑みるに残念ながら小さい。

 しかし海軍は陸軍の二の轍を踏まない。

 様々な対策が施された新型艦が多数就役し、戦事に最前線基地となるここ、コルファーに集中配備されていた。


 元より北ポコロジアとの戦争に備え、各種の改修が行われてはいたが、それよりも更に性能が高い彼女らの就役と配備は、エンゲイトに慢心を抱かせるには十分であった。


 聞く所に依ると、彼らの艦は鋼鉄で出来ているにも関わらず燃えやすく、そして巨大でありながらその防御性能は我々と比べうるも無いという。

 その上敵の艦に搭載されている爆槍は、多くてもたった八本だけだという。

 例え全ての爆槍が一発でこちらの艦を一隻沈めたとしても、それでも数的優位を持つ事が出来る。


 地形や陣地など、多数の要素によって左右される陸戦とは違い、海戦ではその様な要素が少ない。

 最後にものを言うのは指揮官の能力とその場に投入できる戦力、そして士気である。


 その様な事を考えながら、書類を副官に手渡す。


「この作戦計画書を精査して詰めた上で詳細を報告しろ」


「分かりました」


 副官に作戦計画を手渡した提督は、少しの頭痛を感じた為に、外で海風に当たろうと考え、バルコニーに出た。


 バルコニーからは、哨戒に向かう魔導障壁防護巡視艦「ダミア」が出港していくのが見えた。


 静かな海を望み、ふと何故戦争などするのか等と感傷的になっていると、突如爆音が響き、「ダミア」が一瞬持ち上がったと思ったら水柱が上がり、その水柱がダミアを貫いていた。


 状況を理解出来ない内に、眼下に停泊している艦が次々と炎上していく。


「敵襲……!?」


 やっとの事で状況を理解し、大急ぎで執務室に戻る。


 ここの港に停泊する戦力が全滅したら、件の作戦の発動もほぼ不可能になる。


 今が一番の踏ん張り時と考えたエンゲイトは、副官からの報告を受けながら防空作戦の指揮を執らんと執務室の机上に置いていた書類を抱えて防空指揮所へ向かった。



****



「損害は?」


「哨戒のため出港していた『ダミア』が轟沈。停泊中の『ラマニー』、『グレ』、『ヤンクール』、『バイヨンヌ』、『タカダ』が損傷を受けました」


「そうか……施設への被害は?」


「現在までに確認されていません」


「良かった……所であの攻撃……爆槍か……?」


 この攻撃があってからというもの、エンゲイトの脳内にはファイルに書かれていた『ハープーン』なる爆槍の存在がこびり付いていた。


「現在魔導省の機動観測隊が調査中です。直に分かるでしょう」


 記憶が正しければ彼らは魔導魔法技術を用いないハズだから魔導省が出てきても何も分からないとは思ったが、自分の仕事に集中する。


「緊急出港後の進捗状況は?」


 今回の攻撃で敵がこの港に攻撃を仕掛けうる事が判明した為、無傷だった艦船を沖合に出す緊急出港の指示を出していた事を思い出し、副官に問い合わせる。


「現在までに補助艦の内特に小型のものは出港済み、先程主力艦が離岸作業に入りました」


「よし、今日の昼までにはやってくれ」


 さて、後は施設の詳細被害の確認だ……。

 と思い立ったその一瞬後、「ラミア」が沈んだ時と同じ様な爆音が響いた。



****



 日本海上空を海上自衛隊の哨戒機、P-1が滑る。


「レーダーコンタクト、ポジション左約30°、海面上、距離94nm」


「了解、左へ旋回」


 TACCOからの指示を受けたパイロットが、機体を左へ滑らせる。


「現在コンタクト正面――」

「光学系見える?」


目標の情報をより詳細に得る為、 TACCO(戦術航空士)が光学系の使用を指示する。


「光学系は……まだですね」


「はい了解」


「あー見えました……えー大型艦4、中型艦――えー7……8隻、Sへ進行中……」


「これ艦種分かる?」


「えーライタルの……ブラボーが2とアルファが2……フォックストロットが4でキロが4……かなぁ……」


「了解。その旨SATで一報しておく」


「はい了解――TACCO2はSAT HOTね」


「はい」



****



~海上自衛隊・自衛艦隊司令部~


 制服姿の自衛官がズラリと並び、険しい表情で手元の端末や資料を見る中、スクリーンの右側に座っていた情報集約担当者がマイクを取る。


「状況確認します。1329に哨戒中の第21飛行隊が日本海を南下するライタル帝国軍の艦船を確認。1522現在まで監視を継続中――」

 紙を捲って更に続ける。

「――尚当該艦隊は情報庁からの情報によれば北方艦隊をこちらに転用した可能性が大であるとの事」


 発言者の着席を確認した潜水艦隊司令官が、組んだ腕を解き、端末に置いてから質問する。


「という事は敵泊地に対する攻撃は成功したという事で宜しいか?」


 ここで3日程日時を遡りたい。



****



~海上自衛隊・潜水艦「けんりゅう」~


「ソーナーパッシブコンタクト……アルファと推定、目標をシエラ4と呼称」


「了解」


 赤い照明と情報表示版の液晶だけが照らす指令所に、敵艦発見との報が入り、一気に緊張が高まる。


「迂回しますか?」


 航海長が艦長に『逃げるか』を聞いたが、この潜水艦の静音性と性能を信用する艦長は『立ち向かう』事を選んだ。


「……いや、このまま行こう」


「了解、進路このまま」


「ヨーソロー」


「――シエラ4、進路速力変わらず……ピンガーも無し、気付かれて無いみたいです」


 一瞬、指令所内に安堵が広がる。


「ここは敵の海だ、油断するな」


 水雷長が喝を入れ、一瞬の内に緊張が戻る。


「例のデカクジラを狩れる艦だからな……」


 航海長が呟いた一言は、何故この艦が厳戒態勢でこの海を泳いでいるかを端的に表していた。

 さて、グレートホエールを覚えているだろうか?

 そう、『有害海獣駆除』で登場したオオマッコウクジラの事である。

あの時海上自衛隊は、駆除に音響測定艦「ひびき」を投入した。

「ひびき」は極めて高性能のソーナー(SURTASS)を持ち、数百キロ先の潜水艦さえ感知出来る。

何故そんな大層な艦を投入したかと言えば、そんな艦を投入する必要があった程にグレートホエールが静かだからである。

水中では電波が遮られる為電波が使えない。

その為、水中の目標を探知するには音を拾うしか無いのだが、音を拾えない場合、自ら音を発してその反射音を聞くアクティブソーナーを使う必要が出てくる。

「ひびき」が搭載するSURTASSは、そのアクティブソーナーである。


 海上自衛隊はグレートホエールを発見し、狩る為にアクティブソーナーを使った。

 ではライタル帝国はどうか?


 賢明なる読者諸君ならもうお分かりだろう。

 情報庁も同じ結論に達し、その情報は海幕を通じてこの艦にも伝達されていた。


 だからこんなにもピリピリしているのである。


 さて、そんな危険な海を泳ぐ「けんりゅう」に課せられた任務であるが、それは次回。

新作、『理想郷の警官』も宜しくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ