消えた敵軍
~ムサシ王国空軍・アウガー航空基地~
上級士官やアラート待機に入って居なかった者が隊舎でブリーフィングを受ける中、アラート待機に入って居た者たちは次々と滑走路を滑っていった。
先に空へ駆け上がったF-2を見送りながら、順番待ちの末やっと離陸の順番が回ってきた第十一制空隊所属の機体が誘導路から誘導員の指示に従って滑走路へと侵入し、管制塔からの指示を待つ。
「METEOR and EPSILON ,taxi to holding point 18 via R-5 L-8,report when ready」
F-35AMの二個小隊八機が一列に滑走路上に並び、一斉に離陸指示を受ける。
普段は滅多にやらないが、一刻を争うこの状況下では可能な限り早く航空機を空へと上げることが優先された。
「copy,METEOR1,ready for departure」
「copy,METEOR2,ready for departure」
さて、読者諸君はユッタ飛行士を覚えているだろうか?
そう、「王国空軍」で登場した大空の夢を諦めなかった片翼の翼人である。
彼女はあの後無事に教育課程を終え、F-35AMの操縦士として第十一制空飛行隊に配属となり、その後久々に休みを貰って実家に帰省し、その後この基地に戻ってきた。
それが約二週間前である。
そして運悪く彼女はたまたまこの日アラート任務に当たってしまい、今滑走路に並ぶF-35AMの内一機に乗っている。
彼女の登場機体は「EPSILON4」、第二小隊の四番機である。
そして……2、3と応答が続き、彼女の番が回ってきた。
「コピー、イプシロンフォー、レディーフォーデパーチャー」
二十二週間の研修も飛行技能の上達には役に立ったが、航空英語の発音ばかりはどうにもならなかったらしい。
本人曰く「聞けるし話せるようになった」との事であるが、どんなに酷い電子戦環境下での無線交信でも彼女の声だけはその独特の発音と翼人故の無駄によく通る声から何故か聞こえるという「ECCM機能付き声帯」と呼ばれ呆れられる始末である。
「EPSILON4へ、アウガーコントロール、貴官に良いニュースだ、緊急行動命令発令に伴い、これより交信は日本語にて行う」
「イプシロンフォー了解」
「滑走路待機中の全機へ、アウガーコントロール、離陸を許可、離陸後の右旋回を許可する」
「メテオリーダー了解」
「イプシロンリーダー了解」
ターボファンエンジンの爆音と共に、それぞれの機体がほぼ一緒に滑走路を滑り、離陸する。
あっという間にグングンと飛行場から離れ、轟音を残して点となる。
それを確認した管制塔から、最後の指示が下る。
「メテオ、イプシロン周波数変更を許可する。周波数変更後はヤタガラスの指示に従え。幸運を」
指示に従って交信周波数を変更し、各機がヤタガラスの指揮下に入る。
そんな中、当のヤタガラスでは混乱が生じていた。
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~航空自衛隊・警戒航空隊・E-767「ヤタガラス」~
「あっ」
レーダー操作員がそう小さく呟いたその言葉は、極度の緊張状態にある人が何かミスをしたときに思わず発してしまうソレであったために、その次に彼の口から紡がれる言葉に機内の全員が注意を向けた。
「目標群レーダーロスト、コンタクトできるのは友軍機のみです」
空中管制指揮官が見つめる眼の前の統合情報処理装置には、失探を示す大量の灰色のシンボルが国境線から向こう側に置かれていた。
「どうなってやがる……」
「しかし、確かに100以上の不明機とコンタクトしていました。レーダー故障では?」
要撃管制官が後ろを向いて原因を指摘する。
「否、友軍機はDLとレーダーで補足しています。それありません」
レーダー操作員が少し強めに「自分のせいではない」と主張する。
「ECM切って再走査してみてくれ」
敵に指向しているECMによるレーダー故障の可能性があった為、ECMを中止し、再度空域を走査する。
「対象空域に国籍不明機、敵機共に確認できず」
「……仕方ない。F-35に光学センサで向こう見させようか」
暫く彼らのやり取りを聞いていた指揮官が決断を下す。
「了解……えー……イプシロン、こちらヤタガラス、高度そのままで方位を012に転針、敵情を偵察してほしい」
暫くして、MADLによって僚機からの情報を統合した編隊長がデータと共に上げた報告が、更に彼らを混乱させる。
「対象領域に報告すべき事象は陸空共に確認できず、繰り返す。対象領域に敵影なし、送れ」
「……了解、監視を継続せよ」
空中管制指揮官たる者、管制すべき航空機を困惑させてしまっては面目が立たない為、取り敢えず無難な指示を下し、考える時間を稼ぐ。
「……どうなっとんねん」
埼玉県出身の空中管制指揮官は、何故か関西弁でそう漏らした。
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~ライタル帝国陸軍・南部方面軍・第一師団・魔導認知阻害実体大隊~
「あっ」
認識阻害実体を集中管理していた魔導力調整装置の複雑なダイヤルを操作していた彼が漏らしたその声は、小さなミスに起因する物であった。
しかし、彼の犯したミスの結果は、彼一人が負うには余りに大きすぎた。
それまで非常に順調に展開されていた認識阻害実体が、そのミスが原因で綺麗さっぱり消え去ってしまったのである。
「認知阻害実体、消滅……」
操作員がそう力なくつぶやいた時には、認知阻害実体は既に消え去っていた。
認知阻害実体とは、魔導障壁の応用技術であり、魔像或いはワイバーン等の形に障壁を成形し、空間中に投射する事により、戦闘は不可能ではあるが敵の目を欺く事が期待できるモノである。
これに騙されて日武側は方面隊規模の大規模侵攻が来ると勘違いしてしまったのである。
「なんてこった……」
そう司令官も呟き、そして大空を仰ぎ見た。
「なんてこった……」
そしてそう再び呟き、司令部へ報告を入れるためにテントへ向けてトボトボと歩きだした。
「通信妨害の方はどうだ?方面軍司令部に繋がるか?」
テントに入り、通信士に声を掛ける。
「ええ、認知阻害実体とほぼ同時に通信妨害も消えました」
通信士が皮肉交じりにそう答える。
「あー……干渉していたのかな……」
そう頭を掻きながら答えると、ダイヤルで司令部を呼び出し、送話器を手にとって状況を説明する。
そのやり取りを森の中から聞いているものが居た。
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~ムサシ王国陸軍・特殊作戦実行隊・第7情報収集大隊・第4小隊~
「上からです。敵失探に伴い、敵情偵察の為通信妨害を10分解除との事」
「はい了解、あ~DM(指向性マイク)入った」
森の中で音響や通信関連の色々な機械を弄くり回し、「音」を拾うのに必死な彼らは、テレビ局の音響クルーでは無い。
彼らはムサシ王国陸軍が誇る情報網の末端の一つであり、人間で言うなら耳であった。
「探知継続……翻訳どう?」
指向性マイクから繋がる機械を介してヘッドフォンを耳にあてがっている隊員に指向性マイクを持つフクロウをルーツに持つ隊員が問う。
「あー……『 が消えた、敵の は だ、増援 未だか?』……『了解、我々だけで戦線 ない、どうしたらいい?』……『ふざけるな』」
暫くして、指向性マイクでテントを狙っていた隊員が顔をしかめる。
「衝撃音……以降会話ありません」
暫くして、上に通報する為に受話器を取り上げて司令部を呼び出そうとしたが、ふとあることに気付き手を止める。
「敵の失探って認知阻害実体の消失が原因かな?」
通常、認知阻害実体は一般の部隊と混合して囮として使用するか、或いは敵を威圧する為に運用される。
なので、認知阻害実体が消えたとはいえ、本物の部隊が居る筈である。
「そうだとすればこの辺の敵戦力ってAA(対空陣地)しか居なくなるぞ、流石にそれは無いだろ」
情報統合表示装置で現在までに判明している敵の配置を見ながら呟く。
「報告書けました。一次DLに上げますか?」
翻訳していた隊員が監視所の奥に設置された端末に情報を入力し、後はエンターキーを押すだけで送信できる状態を整える。
「うん、送っといて」
「はい」
エンターキーを押し、一次集約データリンクに情報を送信し、天盤を閉じる。
他にも森林中に大量に存在する監視所が通常業務を続ける中、司令部ではお通夜が行われていた。
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~日武合同指揮本部~
「これはやられたな……」
情報集約担当者が頭を抱え、思わずそう呟く。
「敵の心理戦にまんまと引っかかったって事か……」
「しかも此方がほぼリアルタイムでかなり上まで監視しているのも織り込み済みの動きだぞコレ」
情報省からの調整担当者が呟く。
「敵さんの上からは確実に『侵攻開始せよ』言われているのに、南の方には機動戦力無いからてっきり中央近衛か何か隠し玉が一気に湧いて来たと思ったらコレだよ……」
「そうだよなぁ……初期に潰したから航空戦力出てくる訳ないよなぁ……」
特殊戦担当がこう呟き、その後に続けた言葉はこの場にいる全員の勘違いの原因を端的に示していた。
「でも彼奴等魔法か魔導か知らんが使うからやりかねないんだよなぁ……」
此方が予期しないまま東京で地震を起こし、数万人を殺傷した奴等なら、得体の知れない動物を手懐ける奴等なら、伝説上の存在だが諜報の結果実在が明らかになった漫画じみた能力を持つ『魔法使い』を多数保有する奴等なら……一個方面軍程度を事前に遮蔽する事位簡単に出来そうな気がしたのである。
しかし実際にはそれが出来なかった。要するに敵を信用しすぎたのである。
その判断に「用意周到、動脈硬化」と呼ばれる陸上自衛隊と、それを受け継いだムサシ王国陸軍の気質が影響し、「勇猛果敢、支離滅裂」と呼ばれる航空自衛隊とムサシ王国空軍の気質が素早い行動に影響したのも言うまでも無い。
現在全面改稿作業中です。
かなりの時間がかかるとは思いますが、かなり良くなる(主観)と思いますので、ご理解ご協力のほど、宜しくお願い申し上げます。
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