王国空軍
~航空自衛隊・ロウガー基地~
「HATOSABURE1,cleared for take off」
「copy,HATOSABURE1,cleared for take off」
管制塔と短いやり取りを交わした後、F-35AJが爆音と共に滑走路を駆け抜けその勢いのまま離陸し、高度をグングンと上げて一瞬で点になる。
その後滑走路に侵入してきたF-35AJよりほんの少し大きく見える機体……F-35AMに、先ほどと同じ様に離陸許可が降りる。
「BLUETHUNDER1,cleared for take off」
「こ……コピー、ブルーサンダー、クリアードフォーテークオフ」
「Ah……You can use japanese when you under my control」
「……く……Could you say again that?」
「……ブルーサンダー1に本管制下に於ける日本語での交信を許可する」
「了解、感謝します、ロウガー管制」
「ブルーサンダー1、離陸を許可する」
「了解、ブルーサンダー1、離陸許可確認」
その後は先程と同じ様な爆音と共に滑走路をほんの少しだけ長く滑走し、大空へと駆け上がった。
その後には薄く爆音の名残が残るだけで、長閑な平原が何処までも続いていた。
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さて、ムサシ王国空軍は、三軍の中でも一番新しく設立された軍である。元々は十数騎のワイバーンと有翼獣人兵で国境警備を行っていたが、武来戦争を経て航空戦力の有効性を痛感した統合作戦本部によってテコ入れが行われ、日本より輸入したF-35AMを始めとする航空戦力を保有し、今や三軍の中で一兵士あたりの予算が最も多い軍となっていた。
その戦力の主軸を担うF-35AMは、高い汎用性と戦闘力、そして量産効果と日本国からの支援にってもたらされたある程度の安さ、そして獣人でも使用可能なように改造された各種装備品やコンソール、航空自衛隊の保有するF-35AJよりも長い航続距離をステルス性を「ある程度」犠牲にすることによって手に入れており、未だ機数は少ないながらもその能力を存分に発揮していた。
知っての通り、ジェット戦闘機というのは精密機器の塊である。そのため輸出が決定した当初から日本国内では「幾ら何でも無茶がある」「ゼロ戦で十二分だ」「ゼロ戦さえ手に余るぞ」等の懸念の声が上がっており、その対応に防衛装備庁は苦慮することになった。
しかし、ならば何故F-35AMなどというどう考えても過剰性能なブツを輸出することになったのだろか?
それは簡単、「ムサシ王国に大陸の防衛を肩代わりしてもらいたかったから」である。
元々航空自衛隊は、その名が示すとおり飽くまで防空組織である。幾ら海外に派遣して運用できたとしても、その能力は日本の防空戦力の犠牲と血税の上に成り立っている。
かなりの規模の部隊を戦争でもないのに展開している現在の事態は、防衛省としてはあまり好ましくは無かったのである。
そこで、ムサシ王国に大陸の防衛を平時は担ってもらい、いざ有事となった際には日本から航空戦力が大挙して応援に行く体勢を構築する事で、何とか予算を削減する事にしたのである。
そこで問題になったのが、初動で対応に当たるムサシ王国軍の航空戦力である。現状では仮想敵国に捻り潰されるのは目に見えているので、何らかの支援をしなければいけない。
そこで防空用に航空機を提供することにしたのだが、それに要求された性能は以下の通りである。
イ)敵に対して数的劣勢下にあっても、圧倒的制空能力を以て領空内の航空優勢を確保出来ること。
ロ)陸軍の作戦を支援する為、対地攻撃能力を持つこと。
ハ)海軍の作戦を支援する為、対水上戦闘能力を持つこと。
ニ)少数で広大な領空を支配する為、十分な巡航距離、速度を持つこと。
ホ)イ、ロ、ハの各要求を満たす為、十分な兵器搭載能力を持つこと。
へ)各軍、及び同盟国と共同して戦闘を実施する為、J-CEC等の各種データリンクに容易に接続出来ること。
ト)将来的な数的優位確保のため、ある程度の経済性を持つこと。
チ)整備上の利便性を図るため、航空自衛隊が使用する航空機と部品の共用性を持つこと。
リ)人、獣人に関わらずその能力を発揮できるよう、コンソール等を適合させられること。
この要件を満たす航空機(F-15EJ、F-2改、F-35)の内、日本の防衛産業が即時製造可能であると回答した唯一の航空機がF-35だったのだ。
なのでF-35を導入したのは良いが、その整備は日本頼りなのが現状である。その対策のためムサシ王国は国営兵廠を設立、日本国からの技術/教育支援のもと各種軍需品の生産を二年後を目処に独立して行う予定である。
さて、小話はこの辺にして、先程点になったF-35AMに話を戻す。
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~ムサシ王国空軍・第十一戦闘飛行隊・「ブルーサンダー」~
少々狭いが入れない訳ではないコックピットに身を収め、座席の腰辺りの左側にある穴から群青の翼を垂らすパイロット、ユッタは、自分が未だかつて到達したことの無い空を飛んでいるという事実に興奮していた自分を感じつつ、飽くまで冷静に操縦桿を握っていた。
「こちらハトサブレ、ようこそ成層圏へ、ブルーサンダー」
「あ、有難うございます」
唐突に日本語で話しかけてきた教官に困惑しつつ、周囲を見渡す。
「楽しいか?」
「ええ……とても……」
近代化に伴い、王国空軍の『古くなった』正面戦闘戦力に与えられた選択肢は二つあった。
一つ、解散すること。
二つ、適応すること。
例えばワイバーン部隊等は、その役割を制空では無く式典で儀じょう兵の役割を担う事で細々と生き永らえる事を選んだ。
それに対し翼人兵は、その「飛行して敵の背面に進出し隠密行動が可能であり、又高い機動力を持つ」事から、装備を魔導弓やら何やらからガラリと変え、特殊部隊としての地位を確立することに成功した。
しかし、その選択肢すら与えられなかった者が居た。
元々正面戦闘戦力としてカウントされていなかった者である。
今F-35AMのコックピットに座るユッタもそういう者だ。
彼女には生まれつき片方の翼が無い。しかし不幸にもそれ以外の部位は健全な状態で生まれてきた。
翼人にとっての最高の喜びは、一般に空を飛ぶ時だと言われている。しかし、彼女は空を飛ぶことが出来なかった。
彼女が十五歳の時、前国王が逝去し、新しい国王であるフォルイが即位した。
彼は国民の技術レベル向上のため、大学を設立し、様々な専門教育を集中して受けさせる事により、この国の屋台骨を作ろうとした。
暫くすると、こんな噂が聞こえてきた。
「大学が機械の飛龍を作るらしい」
実は翼人は、ワイバーンに乗る事が出来ない。何故だかは不明だが、ワイバーンが本能的に翼人を背に乗せることを拒否するのである。
当時空を諦めかけていた彼女は、そこから四年間猛勉強し、見事大学への進学を果たした。
しかし、当時のエンジンの出力では飛行機を飛ばすのに十分な出力が出せず、又そのエンジンの研究も船舶や大型施設向けの蒸気機関や魔導機関が中心となっていた。
一度は失意のどん底に突き落とされたが、大学を卒業後、少しでも空に近づきたいと空軍へ入隊。
大学で培った技能を生かし、航空部隊の装備の維持、調達を行う整備群に配属になったその時、日本とムサシ王国との国交が始まった。
当初は何も感じていなかったが、ロウガー基地に降り立った数々の航空機を見た時、諦めていた空への欲望が再び彼女を突き動かした。
武来戦争が停戦し、ムサシ王国が本格的な近代化を始めた時、彼女の意志は固まっていた。
今までの不運が無かったように順調に教育課程を修了し、今、初めて憧れのF-35AMを駆って空を飛んでいるのだ。
技術力は彼女に翼を与えたのである。
「まぁ、今回の飛行は『はじめておつかい』みたいなもんだから、肩の力を抜け」
興奮が生命監視装置を通して教官に伝わり、緊張と勘違いした教官が諭す。
「は……はい!」
「これからの二十二週間、覚悟しておけよ~」
これから彼女は、二十二週間に渡ってF-35AMを自らの一部であるように駆り、敵を駆逐し、祖国を守るための訓練をほぼ休みなしで受けることになる。
「了解しました」
しかし彼女がその二十二週間をとても楽しく過ごしたのは言うまでもない。
現在、活発な梅雨前線の影響により西日本、東日本の各地で大雨による土砂災害が発生しています。
皆様お気をつけ下さい。




