二日目の昼(日本)
~防衛省・情報庁~
「で、防衛装備庁の皆さんと防衛産業の皆さんは武器輸出のお話……と」
情報庁・戦略情報収集課の本田課長が緑茶を煽りつつ忌々しそうに呟く。
「こちとら情報収集で天手古舞だってのにねぇ…」
この度ムサシ王国に防衛装備品を移転するにあたって、戦略情報収集課は激務に追われていた。
そもそもこの部署は対外情報収集や、衛星映像の分析を行い、国家戦略判断の元になる情報を収集、整理して上に報告するのが仕事の部署である。
なので、映像のプロや地政学のプロ、人心掌握のプロなどを日本全国から集めた情報庁の中のエリート集団なのだが、急増した業務に追われて映像のプロや地政学のプロ等の技術系の専門家達を書類整理に駆り出す始末である。
因みに現在彼らが全力を挙げて行っているのはムサシ王国内の情報収集と、ライタル帝国内の諜報網の整備である。
「ムサシ王国……人口約八千万、国土面積は約150万㎢、先代の王が王位に就いたのち急激に発展、その死後王位に就いた現国王フォルイが前の王教育/技術革新を引き継いで人口を急増させた結果ライタル帝国に目を付けられ、そこに我が国が武力介入、今に至ると……」
報告書を読み上げて誤字脱字が無いか確認する。
「政体は国王の下に政府が存在し、国王が国家元首と首長を兼任、議会により法律を制定して王はこれに従う……で、政治状況は安定、治安も良好、クーデター、内戦等の機運も無し……まぁ、民主的ではないがこれが向こうじゃ当たり前の政体なんだよな……」
民主主義国の人間からすると異常だが、これが当たり前の世界である。
「防衛力は陸軍32万、海軍艦艇16隻、空軍はワイバーンが二個飛行隊の24騎、それに湾岸警備隊、国境警備隊ねぇ……」
「技術レベルは……近代的な構造の車が普及しており、漁業用大型冷凍庫を建設。ハーバー・ボッシュ法による大量の窒素肥料によって国民は飢えに苦しんではいないが……軍隊が旧態依然とした剣と魔法とダイナマイトが中心、唯一陸軍の特別作戦実行隊……ここ特殊作戦実行隊だな……っと、が近代的な装備、作戦を実行できると……」
誤字を発見して訂正するとともに、この国の近代化について頭を痛める。
「民間と軍事で余りにも技術レベルに差があるんだよなぁ……」
民間がこちらの元の世界で言う20世紀前半並みの技術レベルを有しているのに対し、軍事は一部を除いて18世紀レベルである。余りに酷い、酷すぎる。
「ったく、上もこの軍隊を五年以内に近代化しろだの、無茶言いやがる」
そう呟くと、向かいのデスクに座った戦略情報整理担当が返す。
「そもそもあの国にF-35AMが48機とか、明らかに過剰戦力だろ」
しかもそれだけでない、陸海軍の近代化も合わせて行うのである。
「まぁ見ろ、この資源埋蔵量とその種類の豊富さ」
更にその隣の資源調査担当が資料を見せる。
「タングステン、チタン、鉄鉱石、マンガン、リン、石炭、天然ガス、オスミウム……」
「分かった分かった、止まれ止まれ」
何とか彼を宥めつつ、書類の確認に戻る。
「で、我が国がこの世界に転移して以降、食料や資源でかなりの部分を依存しており、戦略的に最も重要なパートナーである……と」
そこまで読み終え、ふと疑問を抱いた彼は、戦略情報収集担当に話しかけた。
「なぁ、この国の情報組織ってどうなってんだ?」
「ああ、中々かえげつない事になってるぞ」
戦略情報収集担当がモニタを裏返してこちらに示す。
「その『えげつない』とはどういう……?」
「聞いて驚け、その規模約3万、先代の王が整備し始めて、その慣性でここまで大きくなったみたいだ」
「一寸待て、この国の陸軍が32万だろ……?」
「ああ、お蔭で反政府勢力の『は』の字も無い状況だ」
「うわぁ……」
国力ではこちらが圧倒的に上なのに、情報組織ではほぼ互角である。
「まさかとは思うが、先代の王も前世が日本人とか言うなよ?」
その事実に妙な違和感を覚え、更に質問を重ねる。
「ところがどっこいこの絵を見てみろ」
マウスを操作し、写真を表示させる。
「寿司、天ぷら、銀シャリ、箸。和食だね」
「和食だね」
「そしてここ、よ~く見てみろ」
写真の右下を拡大して表示させる。
「うん?」
「PSIA……公安調査庁か!」
情報庁の前身組織とも言えるその名が、確かに記されていた。
「因みにこの国が今の名前になったのも先代からだそうだ」
「報告書に書くことが増えるな……」
即ち、今の国王だけでなく前の国王も日本からの転生者である事がほぼ確定したのである。
「にしても何で公安なんだ……」
そうぼやきつつ、報告書を書き続ける彼等であった。
****
~日本国・外務省~
さて、この世界に転移してからというもの、その規模に対して扱う業務量が極端に少なかった外務省は、ようやく回ってきた仕事に頭を痛ませていた。
「ライタル帝国との対話……ねぇ……」
つい数週間前に特命全権大使(ライタル帝国)に任命された太田がぼやく。
「あ~あ、ムサシの方がよっぽど質が良いよ、全く」
常識では考えられない様な乱暴な方法で国交、同盟を結んだ両国だが、外交官たちの調整によって何とか友好関係を発展させることができた。
しかし、今回の交渉の相手は敵国である。そもそも日本の外務省はこのような事態を想定していない。なので防衛省から人を派遣してもらったが、ハッキリ言って何を言っているのかチンプンカンプンだった。
「いきなり空間力利用式大量破壊兵器がどうたら言われても分からんよ、全く」
そう言いつつ、缶コーヒーをがぶ飲みしてカフェインを補給する。
「また今度魔剤買ってみるか……」
これからライタル帝国・第一外交部との交渉に赴く彼は、そう言って書類を鞄に放り込んだ。
****
~防衛省・捕虜等管理室~
「ああ~やっとこいつ等本国に帰せる……」
ライタル帝国の捕虜を一元的に管理しているこの部署は、前線部隊の要求を受けて急遽作られた部署である。
「何とかリスト作り終わった……おうちかえりたい……」
ここ一週間泊まり込みで情報整理をしていた彼らの部屋の中は、カップ麺やコンビニおにぎりの残骸、そしてエナジードリンクの空き瓶が大量に転がっていた。
定期的に掃除をしてもこれである。
しかし、これから彼らはライタル帝国・第三外交部との交渉に赴かねばならない。
「皆、死ぬなよ」
室長がエナジードリンクを一気飲みして言う。
「確約いたしかねます」
机に突っ伏したまま部下が返す。
戦争が始まってからというもの、防衛省はずっとこんな調子である。
最寄りのコンビニでは、エナジードリンクの売り上げが急増し、一日で一か月分の売り上げが出ることも珍しくなかった。
第五次長期防衛力整備大綱以降、大幅に増額された防衛費だが、自衛隊の予算規模が以前の10倍近くに増額された一方、自衛隊のバックアップ組織である防衛省は2倍程度で抑えられていた。
つまり背広組の職員一人当たりで扱う予算の量が五倍になった訳である。
予算の量は仕事の量に直結する。その結果、いざ有事となり業務量が増大すると自衛隊のバックアップのためにこうなってしまうのである。
「絶対に……絶対に次年度予算ではウチも増額させてやる……」
この教訓の結果、来年度からは防衛省も予算が増額され、やっと防衛省・自衛隊が『戦える』組織になったのは言うまでもない。
逆に今までは『戦えない』組織だったのだが、よく考えてみてほしい、日本とムサシ王国はライタル帝国に勝ったのである。にも拘らず、防衛省はこの様に壊滅寸前の被害を被っているのだ。
これを『戦えない』と言わずしてなんと言うのだろうか。
これまで世界有数の名刀を持ちながらも本格的には戦えなかった日本がそのリミッターを解除した時、何が起こるのか。
それはこの世界の神すら知らない。
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