転換点
~海上自衛隊・舞鶴基地~
「なんだこれは……たまげたなぁ……」
ヘリコプターで舞鶴航空基地まで移送され、その後車で舞鶴基地まで移送され、その後係留されている海賊船に乗り込んだ防衛装備庁の人間が発した第一声がこれである。
「こりゃ情報保全管理対象になるのも道理だわ」
甲板上に、一応は掃除してあるもののまだべったりと血の川が流れた痕跡が残っていたのである。
「じゃあ、これから情報収集するとしますか」
チームリーダーの橋本が艦首方向に据えられている対空火器に歩み寄ったと共に、日本は本格的な空間力研究の第一歩を踏み出した。
これによって旧来のエネルギーの常識が一変するのだが、それは少し先の話である。
****
~ライタル帝国・皇城~
さて、日本が空間力研究の第一歩を歩み出したころ、魔導技術の最高峰を自負するライタル帝国の中枢では、その帝国を統治する皇帝が、陸軍大臣の報告を受けていた。
「なんだ?もう一回言ってみろ?」
「で……ですから、ムサシ王国に派遣された我が軍は、奴らの卑劣な攻撃に耐えて防波堤としての役割を果たし、華々しく散ったと……」
言葉の意味を理解するにつれ、皇帝の眉間の皺は益々深くなってゆく。
「要するに、負けたのだな?」
「い、いえ……ですから」
相手の返答を待たずに続ける。
「報告では、敵に魔導士は居ないとの事であったが?」
「は、はい……わが軍はそんな野蛮人どもの卑劣な攻撃に耐え……」
「何故だ」
「え?」
「何故魔導士の居ない敵軍に、わが軍三十万の精鋭が何故負けるのだぁ!?」
静かな執政室の中に、皇帝の叫びが木霊した。
暫くして、従者から手渡された水を飲んで落ち着いた皇帝は、更に陸軍大臣を問い詰める。
「で、どうするんだ?」
「現在三軍の合同参謀本部により侵攻作戦を立案中であり……」
「お待ちください」
そこに、魔導大臣のヴェローザがその長い髪をたなびかせて皇帝の前に参上する。
僅か三十余にして魔導大臣になった彼女は、男社会と言われるライタル帝国内でのし上がって来た過程で身に着けた堂々とした態度と、凛々しい佇まいを以て皇帝の注意を惹いた。
「なんだ、申してみよ」
「今回の敗因を分析した結果、敵軍の本体はムサシ王国ではなく、ニホンと言うムサシ王国の同盟国で在ることが判明いたしました」
隣で陸軍大臣がギッと彼女を睨みつける。
彼女がさも大発見であるかのように報告した内容は、既に帝国軍内では常識となっていたからである。
「そうか……そういえばそんな国もあったな、で?」
「彼らは野蛮にも魔導を一切使わずにして鋼鉄の天馬を駆り、煉獄の炎を操り、爆裂を自在に制御して我が軍に戦いを挑み、我々に一時的に勝利しました」
『一時的』に強調アクセントを置いて彼女は言葉を紡ぐ。
「一時的……とな?何か策があるのか?」
皇帝の問いかけに、彼女は笑顔で答えた。
「はい、とっておきの物を……」
その笑顔は見る者の背筋を凍らせるに十分な程冷たかったが、興奮した様子で皇帝は身を乗り出した。
「なんだ?申してみよ」
「我が国の魔導研究の集大成、この世界の何処であろうと強力な鉄槌を無慈悲に下す神の力……としか言いようがありませんが、敵は恐れ、おののく事は確実です」
「結構、今すぐ実行に移れ、必要なものがあれば何でも申せ」
「畏まりました、では……」
その要求に一瞬は目を丸くしたものの、皇帝はそれを了承し、計画は実行に移された。
****
~海上自衛隊・舞鶴基地~
「どうしよう、予想以上に何がどうなってるのかさっぱり分からん」
「仕方ない、砲座ごとサルベージして持って帰ろう」
ライタル帝国が彼らの魔導技術の集大成に向けての一歩を踏み出したころ、日本は空間力研究の第一歩から顔面に地面を打ち付け、のたうち回っていた。
船体をチェーンソーで破壊し、砲座をクレーンで無理矢理持ち上げて民間の輸送船に積み込むのを見て、橋本は思わず呟いた。
「これ、ホントに大丈夫かなぁ……?」
****
~陸上自衛隊/ムサシ王国陸軍・ロウガー駐屯地・捕虜収容所~
さて、『仮設』が取れて晴れて正式な捕虜収容所となった捕虜収容所では、ドチューゲンが幹部自衛官に魔導のデモンストレーションを行っていた。
「先ず基本の攻撃、熱線を実演します」
そう言って杖を持ち、魔帯鉱石を杖に装填すると、250m先に設置された的に杖を向け、レバーを押し込む。
すると熱線が射出され、的が炎上する。
おお~と自衛隊から歓声が上がる。
「次に基本の防御、障壁を実演します」
杖を次は地面に垂直に突き立て、レバーを回して押し込むと、前面に少し発行する膜の様な物が形成される。
しかし、その膜も暫くすると消えてしまう。
「本来ならば魔帯鉱石を二個装填するのですが、持ち合わせが一個しかないので……」
申し訳なさそうにドチューゲンが言う。
「有難うございました」
「それで……例のアレは頂けますよね……?」
「ええ、コレですね」
幹部自衛官が紙袋から漫画雑誌を引き出す。
「日本語は分かるんですか?」
「ええ、辞書があるので……それに素晴らしい絵が付いてますし」
外務省が突貫で作成した辞書をドチューゲンは掲げる。
「そりゃよかった」
収容した捕虜の反乱/脱走を防ぐため、自衛隊は映画、アニメ、漫画等々の娯楽を文化交流事業として投入し、一定の成果を挙げていた。
こうすることで彼らが解放されて本国に戻った時、日本に大敗したと同時に、日本の技術について理解を深めてもらい、今後友好関係を築く上での土台とする……。
というのが建前で、実際にその効果は少しづつだが出ていたが、本音は彼らの管理の簡便化が目的であった。
というのも、これらの娯楽と彼らの自由を引き換えにすることによって、監視、警備に投入する人員をお幅に削減することが出来たのである。
当初暴動等が懸念されていたが、彼らは戦列歩兵らしく、規律をよく守り、命令に忠実であった為、ほとんど問題は発生しなかった。
「まぁ、期待していた効果が出てよかったよ」
嬉しそうに収容所の方に歩いていくドチューゲンを見ながら、幹部自衛官は呟いた。
****
~ムサシ王国・王城・執政室~
「只今戻りました~」
キャリローが、観戦武官としての役割を終えて久々にフォルイの元に帰って来た。
「お疲れさん、ケガしなかったか?」
「ええ、やっぱり自衛隊は凄かったです……」
「うん、知ってた」
「それとそれと、あの統合指揮システムって言うんでしたっけ?アレ凄いですよ!それにあの榴弾砲の砲身!どうやったらあんな鋳造できるんだか!それにそれに……」
暫くして興奮したキャリローが落ち着いた頃合を見計らって、フォルイが声を掛ける。
「楽しかった?」
「ええ、凄く!」
キャリローは満面の笑みでその問いかけに返す。
「そうか……そりゃ良かった……」
「わが軍もいつかああなるんでしょうか……」
「なるよ」
と言ってフォルイは紙を手渡した。
「これは……?」
「日本から私宛に、今回の戦争と、今後の関係について話したいから来いって」
途端にキャリローの目が輝きだす。
「私もお供します!」
「当然だ、君は私の秘書だろ」
「そうでした」
そう言うと、キャリローは国王の隣の自分の席に戻った。
「いやぁ……でもここはやっぱり安心しますね」
「そう?」
「私が陛下に拾われたとき、私は陛下とこの国に一生を捧げると決めたんです。その決意通りの仕事ができる安心感……と言いますか」
「君は国の為によくやってくれているよ、いつもありがとう」
「ありがとうございます」
そう一言言うと、二人は書類と格闘を始めた。




