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前準備(後編)

「さて、もうすぐ転移する予想日時だが……」


 保野総理は閣議前の雑談でこう切り出し、こう続けた。


「びっくりするほど何にも起こらないな」


 発生すると思われていた国境紛争や経済危機は、想定外が日常茶飯事のこの国では極めて珍しく想定内に収まっていた。


「防衛省としては何にも起こらないと言われるのは心外ですね」


 予想以上に外国への移民を要望する日本人が少なかったとはいえ、それでも輸送すべき在日外国人や、在外邦人が山のように居た。

 民間航空会社や他国政府の協力があったとはいえ、その山を完全に切り崩すには至らなかった。

 この状況に対応できる組織は自衛隊しか居なかったのである。


「C-2Kの配備が間に合って良かったですよ、全く」


 財務大臣の方を睨みながらため息を吐く。


 C-2K、傑作輸送機C-2を改造した多目的輸送機であるそれは、この世界に衝撃をもたらした。

 輸送機本来の任務である輸送は勿論、機体の格納部分と主翼の一部を変え、地上支援機AC-2K、空中誘導弾発射母機MC-2K、電子戦機EC-2K、早期警戒機AEWC-2KE、空中給油機KC-2K、集中治療室並みの高度医療機器を備えた病院機HC-2Kにもなれる恐ろしい飛行機なのである。そんな多任務に対応させられるそのパイロットは、AIとHMDを使用した先進型のコンソールに支援され任務を行う。要するに「空飛ぶ超なんでも屋さん」なのである。


 時計の鐘が鳴り、閣議の開始時刻の到来を告げる。


「時間ですので、閣議を開始します」


「では初めに……




****




~ムサシ王国・ケテル城・執務室~


「はぁ……」


 椅子に深く座り、背もたれに体重を預けながら、情報省から上がってきたレポートを読み、頭を抱える人物は、この国を統べる役割を生まれながらにして負わされた者、国王フォルイである。


 フォルイが読んでいたレポートは、万が一ライタル帝国がムサシ王国に侵攻した際に発生する被害、戦闘経過の予測、その他の種々予測が羅列されたものであった。


 その結果は悲惨であった。


「しかし、彼の国も滅茶苦茶な事言いやがるからなぁ……」


 この世界の外交は、大国は脅迫と恫喝が基本戦術である。


 ライタル帝国のソレも、豊富な国力と軍事力を背景に恫喝を中心としたものであった。


「軍備を後回しにしたツケがここで来るか……」


 前世世界では『良いこと』とされていた軍縮であったが、この世界では悪手であることは程なくして分かった。

 しかし、軍拡をしなければ国が滅ぶとまでは残念ながら考えていなかったのである。


「独立を放棄する訳にもいかんしなぁ……」


 さて、ハーバー・ボッシュ法をご存知だろうか。

 ドイツのフリッツ・ハーバーとカール・ボッシュが第一次世界大戦前に開発した窒素と水素を混ぜてアンモニアにする技術である。

 これだけだと何とも思わないかもしれないが、これは凄い事である。

 気体の窒素は三重結合を持つ。

 この三重結合は極めて強固である為、窒素は極めて安定した気体である。

 人類はこれをこねくり回し、どうにかして窒素化合物に出来ないかと試行錯誤してきた。

 この手法が開発されるまで、生物でこれが出来るのは根粒菌と呼ばれる細菌のみであり、人は自らの力で窒素を固定できなかったのである。

 そしてそれはチリ硝石等を用いる事を除いて人為的に肥料を供給できないという事に直結する。

 これは、限られた作付面積に於いて極めて非効率な方法でしか作物を栽培出来ないという事である。

 しかし、この手法の開発により、人類の人口は爆発的な増加を許されたのだ。


 そして二度の世界大戦を経て現在に至り、今でもこちらの世界中のあちこちで元気に窒素を固定しているこのハーバー・ボッシュ法であるが、このハーバー・ボッシュ法をあちら世界に持ち込んだ者が居た。


 フォルイである。


 これにより、大陸屈指の食料的豊かさを実現したムサシ王国は、大陸中から移民、難民を受け入れ、工業力を増進した。


 ここまでは良かったのだが、こんな旨味がある技術を中堅国が持っている事を不快に感じない大国が居ない訳が無い。


 頭を下げてお願いするというごく一般的な行為が出来ない彼等は、初手から軍事的脅迫を以てこの技術を得ようとした。


 当然ながらムサシ王国側はこれを断固拒否。その後もどんどん要求はエスカレートしていき、最終的に「貴国は皇帝陛下の命により滅ぼされる」旨の通告をしてきたのである。


 初めに頭を下げて「教えて下さい」と言えば済む話だったのだが、それが出来なかったばっかりにかつて無い大戦争に巻き込まれる事は未だどちらも知らないが、その結果を見ればきっと両国共に建設的な話し合いが出来ただろう。


 逆に言えば、国家を滅ぼして手に入れる価値がある位の技術なのである。


 先に肥料の原料を大量生産できるという観点でこの手法を解説したが、この手法にはもう一つ、重要な活用法がある。


 オストワルト法による硝酸の大量生産の実現。つまり火薬の大量生産の実現である。


 魔導兵器を主軸とするライタル帝国は、このことについて大きな興味を持った訳ではないが、ムサシ王国としてはずっと遅れてきた軍隊の近代化に取り組む絶好の機会であった。


 ご存知の通り、火薬は軍事的用途にも使えるが、もう一つ重要な用途がある。


 鉱業的用途である。


 人の手でツルハシを用いてせっせと岩を砕くより、ダイナマイトでドカンとやった方が早いのは直感的にご理解頂けると思う。


 魔導技術も魔法技術も大して進歩していないムサシ王国では、この手法がなければ経済が崩壊するレベルで依存していた。


 その技術の放棄と譲渡を迫られれば、これを拒否するしか無いのは明白であろう。


 実はこのとき、ライタル帝国ではチリ硝石が枯渇し、隣の大陸から高値で輸入していた事をムサシ王国は把握していたのだが、何の支援もせずに、『ざまあ』程度にしか考えていなかったムサシ王国の上層部も悪いと言えば悪い。


 しかし、ソレによって発生した飢饉がムサシ王国への人口流入を引き起こしたと考えると、国家の判断としては正しい事が分かるのだが、ライタル帝国としては面白くないことこの上ないだろう。


 しかも、この人口流入は、獣人の脱走奴隷が主であり、労働人口の減少に直結する。


 逆に言えばムサシ王国側では労働人口の増加に直結するので、放置が一番正しい戦略だったのである。


 ともあれ、一度破綻した国家関係は、その後は衝突へ向けて突き進んでいくこととなる。


 その結末は、未だ誰も知らない。

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