後始末
~防衛省・情報庁~
「今回の事態に対して海上自衛隊は、特別警備隊を投入、邦人の救出作戦を行った」
田路情報官が、報道機関対応班に対しブリーフィングを行っている。
「で、その結果がこの通りだ」
配られた資料には、回航された不審船内の写真が十枚ほど添付してあった。
「で、救助されたのは皆知っているだろうがあの毎朝のスタッフだ」
その場の空気が微妙に質量を帯びる。
「今回の事態に関する全ての情報は※情報保全管理収集法第3条に基づく保全管理対象に先程指定された」
※情報保全管理収集法第三条 イ).政令で定めた保全管理対象の情報等について、国は、適時適切に保全管理措置等を実施し、情報の確実な保全管理に万全を期さねばならない。又、全ての団体又は個人等は、国が実施する保全管理措置に協力し、又、これを妨害してはならない。保全管理措置に協力せず、又は妨害等をした場合、国は、その団体又は個人等を解散させ、又は必要な措置等を講じる義務を有する。
ロ).国は、前項に定める保全管理措置等を実行する際は、可能な限り国民の生命、財産、身体、及び基本的人権等に対する影響を最小限に抑えなければならない。
その場の空気にヘリウムが混じる。
「よって、現時刻を以て情報保全管理措置を実施する…皆、頑張ってくれ」
ブリーフィングが終了し、田路情報官が退出する。
その他の情報官も、その後に続いて退出する。
そもそも情報庁とは、2021年に情報保全管理法に基づいて設立された比較的新たな、防衛省隷下の組織である。
それまでバラバラだった国内の情報機関を統合運用するとともに、ある程度の権限と実力を与えて柔軟に動けるようにした、日本版CIA&FBIみたいなものである。
その任務は多岐に渡り、国内の情報収集から広報、国外の情報収集、違法/合法活動、衛星映像による偵察、情報保全、そして現在行おうとしている報道管制である。
そして先程の条文を読んだ方は分かるだろうが、情報庁は、やろうと思ったら何でも出来るのである。
***
~護衛艦「ほうしょう」・集中治療室~
「早くこの船から降ろさせろ!早く!早く!」
ディレクターが医官に向けて叫ぶ。
「そうは言ってもね、古田さん、防疫措置が終わるまで上陸できませんよ」
「何故だ!あの虐殺を国民に知ってほしくないんだろ!?え!?」
興奮する古田ディレクターに医官が諭す。
「貴方方は未知の感染症に罹っている可能性があるんです。国民を危険にさらす事は出来ません」
「クソっ!」
古田ディレクターがベットに身を投げる。
そこに、真っ黒なスーツに身を包んだ情報官が入室してきた。
「毎朝放送の古田ディレクター様でしょうか?」
「誰だ!」
「情報庁の郷田と申します。これより情報保全管理法第3条に基づく情報保全補措置を実施致します。ご協力の程、どうぞよろしくお願いいたします」
途端、顔が青ざめるが、何とか虚勢を張って誤魔化す。
「いくらお前たちといえど、我々の記憶は消せない!そして私を殺したら、救出失敗の烙印を押される、それでいいなら好きにしろ!」
それを聞いた郷田情報官は、ニッコリと笑ってこう言った。
「ご協力、誠に有難うございます、では」
そう言うと、郷田情報官は退室した。
「ふん!」
古田が鼻を鳴らすが、段々と意識が遠のく。
呂律も回らない、身体が浮遊感に包まれる。
(あれ…どうしたんだ?)
「古田さん…聞こえますか~?」
気付くと枕元に見知らぬ男性が立っている。
「誰ですか?」
「情報庁の郷田と申します。情報保全管理法第3条に基づく情報保全補措置を実施致しました。ご協力の程、有難うございました」
「何の話ですか?と言うかここは?」
「ここは海上自衛隊、護衛艦『ほうしょう』の集中治療室です」
「何故私はココに?」
「貴方は国籍不明の不審船に拉致された所を海上自衛隊に救助されました」
「そうなんですか?いやぁ…どうも節々が痛む…」
「かなりひどい扱いを不審船の乗組員から受けられたようでして…そのショックで記憶が飛んでしまっているようです。ですので、あまり無理をされないでください」
「そうですか…」
どうも腑に落ちない気持ちを抱えながら、睡魔に再び身を任せる古田だった。
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~防衛省・情報庁~
「民間人への、記憶処理、完了しました」
「了解、ご苦労さん」
投与してから丸々七十二時間前迄の記憶が消し飛ぶ言わば『魔法のオクスリ』の実戦投入はこれが初めてであったが、無事成功したとの知らせを受けて田路は安堵する。
「しかし…こんな便利なクスリがあるとはなぁ…」
「もし効かなかったら生命、或いは身体への損害の発生も覚悟しなければなりませんでしたからね…」
「そうだな…」
ペットボトルのお茶を飲み、一つため息を吐くと机上の紙を取り上げて眉を少し顰める。
「さて、じゃあ、マスコミの皆様には別の話題を提供してやらんとな」
ここ数日、テレビはムサシ王国に派遣された自衛隊の状況と不審船にヘリコプターが撃墜された話で放送時間の殆どを費やしていた。
『伝説』を持つ某地方放送局の一つを除いて、だが。
田路は、資料上の情報を吟味し、目の前にある受話器を取り上げ、ピアノを弾くかの如くボタンを操作する。
「もしもし?週刊新報さん?情報庁の田路と申します。ええ、いつも世話になっております…、はい、はい、今回電話したのはですね、貴社がストックしているネタの一部を次号辺りで放出してくれないかな~と思いまして、あ、そうですか、有難うございます、では、失礼します」
受話器を置くと、笑みを浮かべて椅子に身体を預けた。
「某人気タレントのW不倫…ハハハ、下らん」
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~毎朝放送・『毎朝おはよう!』~
『タレントで歌手の、メッキーさんは、昨日、週刊新報に掲載された記事について謝罪を…』
~AJB・『ピピット』~
『メッキ―さんね~そんなことする人に見えませんけどね~!?』
中年の女性コメンテーターが多少オーバーなリアクションと共に意見を述べる。
~JRB・『Mニュース・7』
『政府は、ムサシ王国北部に展開している自衛隊部隊が、アデン川周辺において侵攻した武装勢力と戦闘状態に入って…』
~某地方放送局・『あにまるフレンズ!』
『welcom to ようこそフレンドシップ!…』
当初過熱していた不審船に纏わる報道合戦は、民衆の関心が薄れていくと共に冷却され、更に舞い込んできた一大スキャンダルによって完全に収束した。
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~防衛省・情報庁~
「記憶喪失の原因、PTSDによるものということでカバーストーリー作ったんで、その旨、各所に調整お願いします」
「了解しました~」
「ああ、やっと一休みできる…」
テレビに目を向けると、退院し、インタビューに答える古田の姿があった。
「不審船内の状況は?どうやって助けられたんですか?」
詰めかけるアナウンサーを前に、古田はこう言った。
「忘れた」
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~防衛省・防衛装備庁~
薄暗い部屋の中で、何人もの男がモニターを注目している。
「しかし…このレーザーは凄いな…一瞬で胴体を切断してやがる…」
「現状の我々の技術でこの威力を出そうと思ったら、目茶目茶苦労するぞ、電源とか」
「そもそもレーザーなのか?コレ?」
「今言えるのは高出力エネルギー兵器って事だけだな…」
渋い顔をして議論する彼らの出した結論は、このままでは日本の技術的優位が保てなくなるという危機感を煽らせるのに十分であった。
「で、該船の方はどうなった?」
新たに設立された、『空間力技術の防衛装備品への転用検討チーム』のリーダ、橋本は手元の資料を覗き込んで部下に尋ねる。
「現在、民間の重量物運搬船に乗せて横須賀に輸送中です、明日には到着するかと」
「解った、じゃあ皆、解散、明日に備えて早く寝てくれ」
もう九時を回った時計を見て、橋本が宣言する。
このチームが今後の防衛装備品、ひいては日本の行方を左右することを、彼等本人も知らなかった。




