不審船
~日本海・能登半島沖~
『こちらは、日本国、海上自衛隊、護衛艦『ゆきかぜ』である、これより貴船に対し、立ち入り検査を行う、直ちに停船せよ、さもなくば、貴船に対し、実力規制を行う』
けたたましいサイレンと共に、第六護衛艦隊群所属の護衛艦「ゆきかぜ」が海上警備行動を行っている。マストにはL旗(『停船せよ』の意)が掲げられ、艦橋内はピリピリした空気が充満していた。
何故この様な事になったかと言うと、時計の針を六時間ほど戻す必要がある。
****
~首相官邸~
「不審船?」
国会から帰って来た保野総理に、国家安全保障担当の補佐官が悪い知らせを告げる。
「はい、海自の哨戒機が一時間前に日本海を北上する不審船の一群を発見しました」
「それは…厄介な話だな」
お茶を啜りながら書類を捲る。
「しかも、所属について周辺各国に問い合わせたところ、海賊船であると判明しました」
「例の魔法海賊とかいう奴らか?」
「その様です」
「…海保で対処できるか?」
「取り敢えず海保に対処させ、無理なら海自ですね」
「そうか…」
目を瞑り、暫く沈黙した後、総理は顔を上げた。
「解った、国家安全保障会議を開催する」
~国家安全保障会議~
「現在不審船群は、能登半島沖百ニ十キロの我が国の排他的経済水域を航行中であり、海上保安庁の能力を超えていた場合、即応可能な部隊が第六護衛艦隊群が位置的に最も近く、又不審船の能力も不明であることから、海上警備行動をを発令し第六護衛艦隊群による不審船群の制圧を行うべきと考えます」
防衛大臣がこれまでの経過を纏めて述べる。
「まぁ、監視だけして、怪しかったら措置でもいいんじゃないのか?」
財務大臣がこぼす。
「いえ、旗を照会したところ、海賊船であるとの回答を各国の海軍から得られまして…」
「そりゃ不味いな!」
「で、我々はどうすればいい?」
「取り敢えず会見を行って、海上警備行動の発令の可能性を国民に周知する必要があると考えます」
「現在防衛出動中だろ?それで対処できないか?」
「飽くまでも防衛出動はライタル帝国に対する物なので…」
深くため息をつくと、保野総理が口を開いた。
「私がやろう」
****
~首相官邸・会見場~
「現在、能登半島沖約百キロの沖合を、国籍不明の不審船群が航行しています。よって政府としましては、自衛隊、海上保安庁等の緊密な連携のもと、付近を航行中の民間船、及び航空機に対して注意を呼び掛けるとともに…」
そこに、首相補佐官が駆け寄って耳打ちする。
「総理、会見中に失礼いたします」
「何だ?」
すると顔を青ざめた保野総理が一瞬ふらつく。
「えー…ですので報道関係者の皆様につきましては、絶対に報道ヘリ等を接近させることの無いようにお願い致します…」
壇上から降りた保野総理は、頭を抱えながら地下に戻った。
****
~首相官邸・地下・危機管理センター~
「第一報確認します、不審船に接近した毎朝放送の報道ヘリコプターが、中継中に不審船からの高エネルギー兵器と思わしきレーザー照射を受け墜落、生存者については不審船に収容されたものと思われます」
危機管理要員が第一報を読み上げる。
「何てこった」
「こいつは大ごとになるぞ…」
前面に映されている毎朝放送の放送では、会見の映像とヘリからの情報が交互に放送されている。
「第一、何処から情報が漏れたんだ!」
総務大臣が机を叩く。
「恐らく漁業関係者から漏れたと思われますが…現在情報庁による調査を行わせており…」
「そんなことはどうでもいい!さっさと片付けないともっと大変な事になる!」
机の上に書類を放り投げる。
「そうだな…」
そこにやって来た陸自の関係者が、少し躊躇いながらも防衛大臣に報告する。
「捕虜収容所?現地で何とかできない?一応用意はしてあったでしょ?」
「失礼しました、しかし規模が…」
汗を垂らしながら必死に訴える。
「解った、必要なものは送れるだけ送ってくれ、今は忙しいんだ」
「了解しました」
陸自の関係者が退室すると同時に、海自から報告が上がる。
「P-1からの映像、回ります」
正面のスクリーンに映像が回る。
「凄いな…」
不審船は、帆船に旋回可能な砲座が前後に一つ搭載した聡明期の装甲艦の様な形をしていた。
「帆船の癖に随分と早いなぁ!」
「ええ、推定15ノットを発揮しています」
「総理、海上保安庁では対処できない事態も考えられます、大至急海上警備行動を発令しましょう」
「解った…やってくれ」
****
~第六護衛艦隊群・旗艦・「ほうしょう」~
「本省より緊急行動命令入りました」
第六護衛艦隊群司令、横代海将補は部下から書類を受け取ると眉を顰めた。
「どれ…『海上警備行動及び緊急配備命令』?」
表情を変えずに士官が報告を続ける。
「はい、現在能登半島沖百十キロを不審船群が航行中、報道ヘリが一機撃ち落とされています」
「そうか…」
「ええ、毎朝放送のヘリがその…中継中に…」
少し詰まりながらも資料に書いていない情報を補足する。
「中継中に墜ちたのか」
「ええ」
ビロードで包まれた椅子に身体を預け、目を瞑り暫く沈黙した後、身体を起こして立ち上がった。
「艦隊の全部に緊急配備を下命、対水上戦闘、及び臨検用意!」
「了解」
****
~魔法海賊団・団長船・ドホドロ号~
「団長、鉄トンボの乗組員がなんか言っていますぜ!」
「あ?なんだ?」
「言葉が分かんねんねぇんで、団長のご指示を仰ぎに来ました」
「うるせぇなら黙らせとけ!」
「アイ・サー」
さて、魔法海賊とは、皆様が考えてらっしゃる中世の海賊に、魔導利用兵器を載せて、且つ更に組織化された物と考えて頂ければそれで大体合っている。
しかし、この魔法海賊が恐ろしいのは、魔導学者や魔法学者を高給で雇い、それなりの待遇を与えて研究している上、その装備の質は列強でさえ舌を巻く程高い事である。
しかも上陸作戦能力を持ち合わせ、商船だけでなく沿岸部の都市に襲来して略奪し、本格的な対処部隊が来る前に撤収するだけの能力を持っているのである。
そのお蔭で今では領土を保有し、その領土は悪党であふれかえっているそうだ。
さて、そんな魔法海賊達は、新しく出現された陸地に見物と彼らが呼ぶ略奪を仕掛けようとしていた。
****
~第六護衛艦隊群・「ゆきかぜ」~
「左見張りより艦橋、不審船を発見!」
「了解、臨検用意!」
「L旗掲揚」
「L旗掲揚了解」
全艦に緊急配備が下命されて約三時間後、輪形陣の一番外側で警戒にあたっていた護衛艦「ゆきかぜ」が不審船群を発見した。
「意味通じてるかなぁ…?」
「通じて無いよなぁ…」
呑気に会話をしている見張り二人を尻目に、艦は機関出力を上げ、不審船と並走を始める。
ここで冒頭に戻る訳だが、その時の海賊船の様子はというと、獲物を見つけた野生動物の脳内のごとき状態だった。
まぁ要するに興奮に沸き立っていた訳である。
そんな中、囚われの身となった毎朝放送の面々が船室に転がされていた。
~魔法海賊団・団長船・ドホドロ号~
「水…水…」
ディレクターがかすれ声で助けを求めるが、床に転がされている物は皆、喉が枯れるか潰され、猿ぐつわを嵌められて、骨折した四肢を縛られていた。
毎朝放送のヘリコプターが何故墜落したかというと、高エネルギー兵器によってテイルローターがちょん切られた事に起因する。だから墜落の直前まで映像の送信が正常に可能だったのである。
そして、厳重に防護された特注品のキャビンは、その役割を果たし、全身の打撲と骨折を伴いながらも何とか乗員を保護することが出来た。
その安全性に慢心した毎朝放送が無理に不審船へと接近し、ホバリングをした事で、撃墜されてしまった訳である。
そして今こうして全員が仲良く床に転がされる事態を招いたのだ。
「よぉし、各船に下命!あの船を囲め!」
その一階層上に居る団長の指示の下、護衛艦を囲もうと船団が機動をする。
刹那、護衛艦「ゆきかぜ」からLRADによる警告が開始され、転がされて居る全員が顔を上げた。
そして同時に、生存への希望が芽生えたのである。




