殿
~統合運用本部~
「次、8番」
「『UAV08』、座標5877-8966、高度8200、空中旋回半径580、映像回します」
C-2Kの手によって新たに空中に解き放たれたUAVの諸元をコントローラーが読み上げた後、気ボードを叩き映像を前面の大型スクリーンに回す。
「UAV8番機より映像回りました」
「了解」
それを見たオペレーターや司令官の殆どが、鼻腔を突くような血の匂いを錯覚し、思わず目を伏せた。
しかし、仕事であると言い聞かせ、その血の地獄を注意深く観察し、何とか言葉を絞り出した。
「…目標、渡河に成功した一群、及び渡河中、渡河に失敗した一群、渡河前の一群…重傷者、及び死体に大別されると見られます」
「…で、殿は?」
「座標5463-7488付近にて静止、円形陣を構成しております」
「了解、さて、どうするか…」
すると、FDC区画から声が上がる。
「特科射撃、何時でも行けます」
反対側に位置する航空戦区画からも声が上がる。
「C-2Kによる航空攻撃、指示あり次第一時間で準備完了します」
「ついでにF-15EJ、F-2、F-35AJによる航空攻撃も同じく一時間で完了します」
中央の陸戦区画からも負けじと声が上がる。
「普通科、機甲科による諸科連合による機動戦、十分でイケます」
そして、一段上の司令官が結論を述べた。
「降伏を勧告する」
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~ムサシ王国軍・観戦武官~
割り当てられた部屋の中でどう言い訳をしようかと話し合っていると、自衛官がドアをノックしてきた。
「どうぞ」
「皆様に少しご協力願いたいことがあるのですが…」
「な…何でしょう?」
「残存している敵の殿に降伏を勧告したいので、どなたか通訳をお願いします」
刹那、部屋が凍り付いた。
この世界における降伏勧告とは、敗残した数人の兵に対して勝利宣言の為に行うもので、一個師団相手にするものではない。
そして何より、彼等も、自衛隊さえも降伏勧告など行った事が無かったのである。
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~陸上自衛隊・ロウガー駐屯地・第三格納庫~
機械油の鼻を突くような匂いと、ボルトを締めるインパクトドライバーの音が響く中、第十一航空隊は端の方でブリーフィングを受けていた。
「今回の作戦は、は敵軍へのLRADを使用した降伏勧告、及びAH-64Eを使用した敵軍の制圧が目的の作戦である」
航空隊司令官の野山二等陸佐が乗員たちを見渡す。
「尚作戦参加機数であるが、示威効果を見込んで出動可能な機は全て上げる」
図表に駒を配置し、攻撃ヘリを正面にUH-2が敵軍を包囲していく。
「敵は現在、防御円陣を展開、持久戦を行う腹づもりらしい、よってココに特科により煙覆射撃を実施、敵の視界を塞いでいる隙に一気に包囲する」
包囲を完了させると、言葉を続ける。
「尚降伏勧告については、観戦武官の方々から通訳を派遣して頂く、他に質問は?」
一人が手を挙げる。
「反撃があった場合は?」
「速やかに対抗攻撃を行った後、特科射撃、及び航空攻撃を実施し、その後再度降伏を勧告する」
「他には?」
誰も手を挙げないのを確認すると、野山二等陸佐は声を張って号令を下した。
「離陸時刻は1403、各員準備にかかれ」
「「了解」」
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~ライタル帝国・侵攻軍・殿~
さて、殿と言うと聞こえはいいが、実態は只の捨て駒である彼等…ドチューゲン大佐を指揮官とする第二十三師団は、可能な限り地点を維持すべく、教範上最も防御に向いた陣形…防御円陣を展開し、敵からの攻撃に備えていた。
「来ないな…敵…」
ドチューゲンが、自衛隊の陣地の方向に望遠鏡を向けつつ呟く。
「まだ発見されて居ないのでは?」
副官が問いかけるが、ドチューゲンは首を振った。
「それは無いな…」
刹那、高空から何個かの物体が、空間飛翔音を伴って落下してきた。
「言わんこっちゃねぇ、敵襲!」
慌ただしくドタバタと兵達が配置に着き、結界の強度を増強させる。
「衝撃に備え!」
ボスンボスンと弾着音がしたかと思うと、揮発した石油の様な匂いと共に視界が白色で染まっていた。
「報告!」
魔導通信機を引っ掴んで叫びかける。
「こちら第一、視界ゼロ、損害不明!」
「こちら第二、視界ゼロ、損害不明!」
「こちら…」
状況報告を回していると、耳をつんざく様な爆音が受話器から流れてきて、思わず耳から放してしまう。
暫くして、パタパタパタ…という聞いたことが無い音と共に、脳が揺すぶられるかと思う程の爆音が空間を支配した。
暴れる馬を制御しつつ、思わず耳を塞ぐが、それを嘲笑うかのように彼の脳内にその声は響いて来た。
「こちらは、ムサシ王国陸軍、及び、日本国陸上自衛隊である。直ちに投降せよ、さもなくば貴官らの生命の保証は無い。投降すれば、貴官らのこれまでの健闘に敬意を表し、生命、身体の保証は確約する」
この文面がひたすら流され続けるのだ。屈辱以外の何物でもない。
しかし、ドチューゲンは副官に何とか意志疎通を図った後、結界の外へと歩み出て、自らの軍刀と杖を投げ捨てた。
アデン川会戦は、これを以て完全に終了したのである。
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~陸上自衛隊・ロウガー駐屯地・仮設捕虜収容所~
施設科が全力で建てたテント村…と言うと違和感がある整然と整理されたテント群を囲むフェンスのそばに立つプレハブ造りの建造物の中で、会議が行われていた。
「現在まで我々陸上自衛隊及びムサシ陸軍はこの様な大規模な捕虜収容を経験したことが無く、又マニュアルも役に立たない為、取り敢えず現場で何とかしろと市ヶ谷からお達しがあった」
これに対し、若手の幹部が声を上げる。
「しかし、捕虜の中には負傷者やPTSD罹患者、感染症保持者等々が含まれており、現在の人員では対応に限界があり…」
「それをなんとかするのが我々の仕事だ、やれるやれないじゃない、やるんだ」
最後を強調して幹部が発言する。
「しかし、もっと人員を増やさないと、末端が壊れてしまいます」
「そうだな…要請しよう」
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~統合運用本部~
「捕虜収容所から、もっと人員を寄越せとの要求がありましたが、どうしましょう?」
各部隊との通信をやり取りしていたオペレーターが大きく振りかぶって問いかける。
「そうだねぇ…よし、十一連隊と十二連隊が戦場処理任務を行っていないから…よし、十一、十二連隊を投入しよう」
戦場処理任務とは、とどのつまり衛生環境の悪化防止の為、発生した夥しい数の死体等々を埋葬し、また装備品等々を回収する事であるが、十一、十二連隊は爆破予定の陣地防衛に当たっていたことから、この任務から外れ、休息をとっていた。
よって今回、その手空きの十一、十二連隊を捕虜収容所の運営任務に投入する事と相成った訳である。
「了解しました」
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~第十二連隊・第三中隊・第一小隊~
「気を付け!敬礼!」
広場に集合した中隊が、前に立っている中隊長に敬礼する。
「さて諸君、今回我々は、捕虜収容施設の運用に投入される、よってこの様なお達しが上からあった、よく読んでおくように」
A4版の冊子が隊員達に配布され、回り次第表紙を開いて中身を読み進める。
「中隊各位については、時間があまりないので車内でマニュアルを読んでくれ、以上!」
中隊長が指揮通信車に乗車し、車列の先頭に移動すると、全体に号令がかかる。
「乗車用ー意!」
「乗車!」
分隊ごとに割り当てられた19式装輪装甲車に、隊員たちが次々と乗り込む。
「発車!」
落ちかけた日によって赤く染まった捕虜収容所までの道のりを、車列が走り、天に上る竜の様に大きな土煙が上がる。
その竜の足元では、こんな会話が交わされていた。
「まぁ、このマニュアルを要約すると、『国際法守れよ』って事だな」
山内三等陸曹が、自らの班員に要旨を伝える。
「この世界に国際法なんてあるんですかねぇ…」
「まぁ、我が国は法治国家だからね、仕方ないね」
車内に設置されている空調の吐く空気にマニュアルを靡かせながら答える。
「こちら03、原着予定時刻まで後8分、送れ」
「こちら02、了解」
「降車用意!」
いそいそと荷物をまとめて降車準備をし、何時でも車外に飛び出せるようにする。
「降車!」
~陸上自衛隊・ロウガー駐屯地・仮設捕虜収容所~
バタバタと装甲車の中から飛び出してきた隊員は、速やかに中隊長の前へと集合する。
「第三中隊、整列完了!」
「了解、中隊駆け足、前!」
こうして人員の追加投入を受け、運営が安定した捕虜収容所は、その後異文化交流の場と化し、ライタル帝国の貴重な情報収集の場となったのは隊内ではよく知られた話である。




