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アデン川会戦(6)

~統合運用本部~


 日没時刻を過ぎ、辺りが闇に包まれる中、陣地の中に居る隊員たちが複合式暗視装置のスイッチを入れ、敵襲に備える中、LEDによって明るく照らされた統合運用本部の中では、昼間と変わらない気温と湿度の中で、シフト交代したオペレーターと、仮眠を終えた上級指揮官が、敵軍の動きをモニター越しに確認し、今後の対策について会議が行われていた。


「1953現在、敵集団の推定残存戦力は約十万程と見込まれておりますが、危惧されていた空間力を利用した大型兵器等々につきましては、戦車、特科射撃を以てこれを破壊した為、脅威度はあまり高く無いと推測されています」


 情報集約担当の馬場二等陸佐がレーザーポインターを巧みに操りながら説明する。


「尚、現在の我の損害につきましては、UAV一機、熱中症で後方に搬送された普通科隊員が三名、陣地爆破に伴う衝撃で民間借り上げの車両の窓ガラスが割れ、搭乗員が軽傷を負った他には確認されておりません」


 水を煽り、一息吐くと、彼の部下が印刷されたてホヤホヤ……まだ熱が宿る紙を手渡した。


「皆さん、良い知らせです。先程入った情報によりますと、敵集団の全体は撤退を開始した模様です」


 その場に居合わせた指揮官達は、その言葉を聞いて沸き立った。

 ようやく自衛隊の戦略目標である侵攻のとん挫に成功したのである。


「やれやれ、やっとお帰りか」


「兵站網を破壊して、しこたま特科射撃浴びせてもまだ前進してきたからなぁ……」


 そこで、誰かがこう言った。


「誰もしないだろうけど、彼らの退路の寸断なんて馬鹿な真似は絶対しないでくださいよ、一刻も早くお帰り願おう、そして皆で美味い酒を久々に飲もうじゃないですか」


 それを聞いて自衛隊関係者は爆笑したが、ムサシ王国軍の関係者は凍り付いていた。


「どうかしましたか?」


 世話係の自衛官が問いかけるが、彼らは何も返さず、凍り付いたままだった。



****



~特殊作戦実行隊・第一工作班~


 闇夜に紛れ、ロキ橋の橋の根本まで忍び寄った特殊作戦実行隊の面々は、念のため無線封止を行ったうえで、大量のC4爆薬を橋の根本に仕掛け、安全圏まで待避する。


「三…二…一…今!」


 警備が薄い橋の根本をC4で爆破した後、速やかに退避行動に移る。


「無線封止解除ー」


「了解、無線封止解除ー」


 無線機のスイッチを入れ、再びノイズを発し始めた受信機から、悲鳴のような声が聞こえてきた。


「本部より工作、本部より工作、送れ!」


「一工作より本部、送れ」


「本部より一工作、作戦を急遽中止する、即座に現在地を放棄、退避せよ!繰り返す、橋を爆破するな!現在地放棄、退避せよ!」


「一工作より本部、我、作戦目標を完遂し、目標の破壊に成功した」


「えっ…」


 暫くの沈黙が流れる。


 暫くして、上流の方向から微かに爆発音が聞こえた。




****



~ライタル帝国・侵攻軍~


「現在、再編成を行い、何とか集団行動が可能なレベルまで統制も戻りました」


「了解、ご苦労さん」


 侵攻時合計三十万を誇っていたライタル帝国・侵攻軍だが、航空自衛隊による徹底的な後方支援部隊への航空攻撃、航空戦力の消滅を受け、その上特科部隊からの特科射撃、重機関銃、重迫撃砲の射撃、果ては陣地とその前面を丸ごと爆薬で爆発させるという徹底的な対抗を受け、今や十万まで数が減っていた。


「さて、帰るか…」


 そして、この大敗の責任を負うべきフォチュール将軍は、肩を落としつつも馬の上で復讐の意志を固めていた。


「絶対に…絶対に打ち破り、我が帝国の一部としてやる…」


 そんな彼に、またもや悪い知らせが飛び込んできた。


「先行偵察隊より報告!ロキ橋が崩落しているとのことです!」


「クソッ、迂回するぞ」



****



~特殊作戦実行隊~


 指示通り作戦を完遂したにも関わらず、何故か怒られた特殊作戦実行隊の面々は、肩を落としてトボトボと帰還していた。


「一時の方向、散兵五」


 周囲の警戒に当たっていた兵士が、ライタル帝国の先行偵察班を発見し、仲間へと伝達した。


「了解、排除する」


 サプレッサー付が付いた自身のライフルを構え、敵兵へと向ける。


「よーし、そのまま…そのまま…」


 指に込めた力を徐々に強め、敵の動きに合わせて銃口を向け続ける。


 そして、その力が2.5kgを越えた瞬間、撃鉄が雷管を突き、サプレッサーによってぐぐもった発砲音を身にまとった銃弾が、森を突き抜け、目標の頭に突き刺さり、その内容物を運動エネルギーが尽きるまでかき回し続けた。


「1キル」


 同じ様なことが続けざまに五回起こったが、その内一発の銃弾が風で揺れた木の枝に当たり、弾道を大きくそらして地面へと突き刺さった。


「チッ」


 小さく舌打ちして再装填するが、敵は既にその場には居なかった。


 打ち漏らしが発生したことを、個人用無線機で報告する。


「目標排除、しかし一名に逃げられた、追跡の可否を問う」


 暫くすると、受話部分からノイズと共に回答があった。


「追跡の必要なし、さっさと帰ってこい」


「了解、終わり」


 暫く周囲を警戒した後、再び彼らは前進を始めた。



****



~ライタル帝国・先行偵察隊本部~


「四班より本部、敵の襲撃を受け、4名死亡、繰り返す!位置不明の敵の襲撃を受け、4名死亡!」


「本部より四班、了解、退避せよ」


「四班了解」


 魔導通信機を肩から掛けた兵士が、上司へと情報を回す。


「四班が位置不明の敵の襲撃を受け、壊滅とのことです」


「了解、山からは無理か…」


 暫く彼の上司は考えた後、結論を出した。


「以下の電報を機密回線で送れ、『マワレイカダ』以上」


「了解」




****




~ライタル帝国・侵攻軍~


 フォチュールが馬に乗って移動していると、またも知らせが飛び込んできた。


「偵察より電報、『マワレナイカダ』以上」


「了解」


 彼は深くため息をつくと、部下へと指示を出した。


「渡河用意、第二十三師団は殿を務め、できうる限り長く敵を拘束しろ…」


「了解」


「それと…ドチューゲンには済まないと…」


「…了解」



~ライタル帝国・第二十三師団~


「本部より連絡、殿を務めよとのことです」


「了解」


 ドチューゲンは深くため息をつくと、師団に再び前進命令を発するとともに、部下を鼓舞せんと以下の言葉も付け加えた。


「諸君、我々は栄光たる我が軍団の殿、つまり守り神に任じられた。即ち、我々の努力が味方の損害の軽減に直結するという事である。

 今回、我々は卑怯な手を使われ、大きな痛手を被った。しかし、我々はこれまでそうであったとおり、最後には絶対に勝利してきた。そして私は、今回もそうであり、今後もそうであると確信している。

 そしてそれは、今、この場での我々の戦いにかかっているという事を忘れてはならない。

 各員の一層の努力と健闘を期待すると共に、我らに幸運を神がもたらさん事を」


「さて、往くぞ」


 そして、急造の筏を作ってアデン川を渡ろうとしている味方を尻目に、彼らは再び前進した。





~ライタル帝国・侵攻軍~


 時刻は23時を回り、闇も深まってきた頃、侵攻軍の本体は、筏を作り終え、渡河の号令を待ちわびていた。


「渡河用意よし!」


「渡河はじめ!」


 中隊ごとに筏に乗り、アデン川を渡っていく。


 アデン川は、川幅約500m、水深が深い所で40mある大河であり、各地を水運で結ぶ国際河川である。そんな川を急造の筏、しかも中隊レベルで渡河しようとすると、当然無理が生じ、その無理は物理現象となって発現する。


「おい…どうした、この筏、えらい軋むが…」


「大丈夫…だろ」


 川面の波に合わせて、筏がミシ……ミシ……と悲鳴を上げ、木材をつなげている縄に負荷がかかる。

 魔力で補強しているとはいえ、所詮は縄であり、想定された負荷以上は耐えられない。


 刹那、ブチンという音を立てて一本の縄が切れ、その直後怒涛の勢いで他の縄も切れる。


「う…うわぁぁぁ!」


 ボチャボチャと歩兵たちが水面へと落下していった。


「助けて!助けゴホッ」


「まだ死にたくない!助けガぁハッ」


 只でさえ動きにくいローブを身に着け、しかも水泳の訓練なんて一度も受けた事の無い彼らは、なすすべなく一人、また一人と沈んでいった。

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