アデン川会戦 1
~首相官邸・危機管理センター~
「で、空自の作戦は成功したのか?」
保野総理が、書類から顔を上げる。
「戦術的には大成功です」
少し顔を曇らせて担当職員が言った。
「ん?戦術的に?」
「資料の通り、空自は全目標を達成、その上被害はゼロです」
「で、戦略的には?結局敵主力撤退したの?」
「こちらをご覧ください」
渡された書類には、侵攻軍主力の行動についての情報が事細やかに書いてあった。
「…普通に侵攻してるようだが」
「はい、事前の予想では、兵站の壊滅に起因する物資不足で撤退すると思われていましたが、どうやら敵は物資が底をつく前に戦争を終わらせるつもりのようです」
保野総理は頭を抱えた。
「地上戦は避けたかったなぁ…」
「現在、陸自の第一総合近代化即応展開師団が展開しています。敗北する可能性は低いですが…」
担当者の言葉に、保野総理は首を振ってため息をつく。
「被害が出ない確証はあるか?」
「無いですが、『総合』近代化即応展開師団です。市街戦向けのの近代化師団じゃありません。しかし…」
更に担当者は書類を差し出す。
「ん?空間力利用兵器?」
「報告書によると、どうやら『結界』の様な代物やミサイルモドキ、高出力レーザーが対空兵器として。また大型の装甲車両も確認されています」
「高出力レーザーて…」
「戦闘機が墜ちるレベルでは無いですが、木に向けて照射したら恐らく一瞬で着火するかと」
「それ失明するじゃん…」
再び頭を抱える。
「特に双眼鏡の使用中等は注意を喚起したいですね」
「ハァ…」
自衛隊に被害が出ない事を願う保野総理だった。
****
~アデン川流域・防御陣地~
「全部隊の配置、完了しました」
「了解、では只今より、作戦行動の確認を開始します」
指揮所前面のスクリーンに情報が投影される。
「先ず、特科部隊により侵攻部隊の両翼を砲撃し、陣地正面での戦闘を強制します」
赤い大きな矢印に付随する比較的小さな矢印が砲撃を避けるかの如く大きな矢印に合流する。
「その後、陣地に接近した敵に対し、特科の援護の下、普通科、及び機甲科の防御戦力を以て攻撃します」
スクリーン上の緑色の防御陣地を示すアイコンから攻撃を受け、大きな赤矢印が小さくなる。
「そして、第一線陣地をその後放棄、予め仕掛けておいた大量のC4爆薬を以て陣地、及び陣地正面を爆破、敵攻撃をとん挫させます」
「また、先般の敵の行動を考えると考えにくいですが、撤退を開始した場合、基本的にこちらからは手出しせず、速やかに本国へお帰り願います」
スクリーンが作戦図から映像に切り替わる。
「尚、敵は『空間力』と便宜的に呼称する起源不明のエネルギーを用いた装備を保有しており、双眼鏡使用中等の攻撃には十分注意する様、本省から通達が来ています」
一息置いて、話を続ける。
「また、万が一こちらの攻撃が通用しなかった場合、特科と空自による集中支援の下撤退行動を開始するので、配布した資料を読んでおいて下さい、私からは以上です」
アデン川会戦の準備が自衛隊側で整った頃、敵国の首脳部は沸騰していた。
****
~ライタル帝国・皇城・第二会議室~
第二会議室と呼ばれるこの国の参謀本部は、飛び込んできた知らせを受けて、臨界を迎えた原子炉内並みに大騒ぎになっていた。
「何?侵攻軍の後方兵站が壊滅!?」
始まりは、情報集約士官が思わず叫んだことから始まる。
「不味いぞ…不味いぞ…」
兵站担当が頭を抱える。
「おいおいどうすんだよ戦勝パーティーの手配しちゃったぞ」
広報担当が頭を机へと打ち付ける。
「あんな小国に…」
治安維持担当が今後の反乱が起こらない事を神に祈りだす。
そんな時、貴族出身の陸軍大臣が叫んだ。
「黙れ!勝てるんだろうな!」
皇帝に実際に報告する立場の彼は、コネと金で大臣職をむしり取った結果、滅多に無い非常時に陸軍大臣になるという悪運に恵まれていた。
そして、プロの軍人たちは誰も返事をしなかった。
****
~ライタル帝国・侵攻軍・統合司令本部~
「食料備蓄が後一週間しか持ちません…本当にやるんですか?」
部下が深刻な表情で問いかけるが、期待した答えは得られなかった。
「しょうがなかろう、陸軍大臣直々のご命令だ」
少し間を置いて、話を続ける。
「それに…我々の魔導技術は世界一だ、そう簡単に負けて堪るか」
「全力を尽くします」
****
~ムサシ王国・国防省・作戦指揮本部~
部屋の隅に高級将校が集まっている。
「確認ですが、観戦武官の方は?」
その場にいる全員の幹部が手を挙げる。それを見て、陸自の担当者は笑って言った。
「これはこれは…こちらへどうぞ」
国防省の庭に、CV-22Jが駐機し、お客が搭乗するのを待っていた。
そのお客の中に、国王付き秘書官キャリローの姿もあった。国王代理である。
「何で私が…軍人がこんなに行くなら私は行かなくても…」
そんな事を考えながらも、CV-22Jに乗れることに心が躍ってしまう。
機上整備員の合図を受け、機体が浮上する。
「やっぱりすごいエンジンだ…」
この出力を受け入れられる軸に感心しながらも、やはり気が進まないキャリローであったが、この後彼女の価値観は大きく変わることになる。




