番外編 ムサシ王国陸軍特殊作戦実行隊
時は、帝国軍のムサシ王国侵攻作戦の前まで遡る。
~ムサシ王国陸軍・ダイヴォル駐屯地~
優しそうな顔の犬耳の生えた大佐の階級章を付けた人影…ブルフォン陸軍大佐が、仕事机の上に置いた電話の受話器を取った。
「はい、はい…了解しました、疎開完了ですね」
受話器を置くと、一人呟いた。
「さて、じゃあ行きますか」
彼の所属は『特殊作戦実行隊』であり、彼はその隊員三百人の長である。
『特殊作戦実行隊』とは、ムサシ王国陸軍初の特殊部隊であり、約二年前にライタル帝国にムサシ王国が対抗する為に編成された。
設立当初は魔法等を中心としたゲリラ戦を展開する予定であったのだが、その後ダイナマイトを用いた潜入戦闘工兵に、そして日本が二か月前にこの世界に転移してて来たおかげで、ライフル銃とC4等の無線起爆爆弾を中心装備とする特殊部隊に変貌していた。
さて、ここで違和感を持った人は間違いなくミリオタである。『なんでサブマシンガンじゃ無いの?』
理由は簡単『高いから』である。何と9ミリ機関拳銃で一丁40万円、89式小銃より高いのだ。
しかし、ボルトアクション式のライフルならば、単純な構造ですぐさま調達でき、訓練も数日で済むことから、ライフルを使用する事に相成った訳である。
長い廊下を歩き、宿舎へと向かう。
「諸君、仕事だ」
隊員たちを集め、ブリーフィングを行う。
「今回我々に与えれた任務は、ライタル帝国軍がアレグラス山脈中に構成した防空網の破壊である」
スライドが切り替わり、防空拠点の写真がスクリーンに投影される。
「見ての通り、魔術滑空式二連装バリスタ砲が二基と、それに付随する施設群によって防空拠点は構成されている。尚、一般的にはこの施設に二名の歩哨が付いている。諸君らはこれを破壊し、防空網の一部を麻痺させる事で、航空部隊の後方への浸透を容易にする、非常に重要度の高い任務を任せられたのである。我が国の誇りを胸に、各員奮励努力せよ」
「「了解」」
ふと何かを思い出したかのように大佐が顔を上げ、再び口を開いた。
「尚、目標に対する攻撃の成否を問わず、諸君らは速やかに撤退しなければ航空攻撃に巻き込まれる可能性がある事を通告しておく、十分時間に配慮して行動せよ…また、いつもの事だが任務が急遽変更になることがあるので、心づもりはしておくように。以上、解散」
****
~ライタル帝国・アイガー地方・ムサシ王国ーライタル帝国国境付近~
さて、国境と言えば何を思い浮かべるだろうか。欧州の様に山だろうか、アメリカとメキシコの国境の様な川だろうか。アフリカの様な経線、緯線だろうか。この場合の国境は、山岳と平原である。
ムサシ王国とアウガ―王国との国境…今はライタル帝国であるが…は、アレグラス山脈を大河が真っ二つにしており、その川のほとりが平原になっている。ライタル帝国軍は、平原に主力を、山脈に対空網を整備し、先制攻撃に備えていた。
「潜入先が森林でよかったよ、まったく」
「しゃべるな、勘付かれるぞ」
ギリースーツを着て、大量の爆薬と銃、そして食料等の合計40kgの装備を背負ったまま森の中を五人一組になって進む。
分隊長が無線を取り出し、小声で喋りかける。
「『ロメオ1』より『HQ』へ、ポイント1-6に到達…次目標1-7」
「『HQ』了解」
開戦まで待機地点で待機し、その後防空網を破壊するのだが、『ロメオ』は、その待機場所が問題だった。とんでもなく奥地にあるのである。
「なんでこんな奥地に…?」
「さぁな、もう防空網は通り越してるんだが…」
突如、無線機の受信ランプが小さく光る。
「『HQ』より『ロメオ1』…特別回収任務が発生した…命令受領は可能か?」
「『ロメオ1』より『HQ』…受領可能である」
「アイガー王国のVIPが亡命を要請したため、これを8-17にて回収する…幸運を」
分隊の無線手、デルバート一等軍曹が無線機を落としかける。
「…『ロメオ1』了解、終わり」
分隊員達が不安そうにこちらを見つめてくる。
そりゃそうだ、訓練されていない一国の王族か貴族を敵の警戒線をかいくぐって無傷で移送せねばならないのである。困難にも程がある任務だ。
「8-17って、まだまだ先だな…」
分隊全体が凍り付くが、任務を達成せんと目標への移動を開始した。
****
~ムサシ王国・国防省・統合参謀本部~
「しかし、特実も大変だな…急遽VIPの輸送なんて…どうすんだ?」
陸軍参謀が自衛隊との調整を担当する同僚に話しかける。
「どうもこうも、自衛隊は事前に決められたことしかやらないよ、ニホンはそういう国だ」
半ば諦めた口調で諭す。
「だよなぁ…」
そこへ通信が飛び込んでくる。
「外務省より入電、帝国が我が国に対し宣戦を布告しました!」
「よし、仕事だ」
参謀たちが一斉に動き出した。
****
~アレグラス山脈~
「『HQ』より『オリバス』…攻撃を開始せよ」
攻撃の合図が下るが、誰も発砲しない。
隊員たちは、ハンドサインだけで意思疎通を行い、防空拠点への接近を開始する。
「いいな~主力の連中、派手にやってるんだろうなぁ…」
「黙ってろ、我々の仕事は防空だ」
「でも…奴らまともな空軍って持ってます?」
「そうだな、でも万が一の事があるだろう?」
バリスタの周りに二人の歩哨がいるが、それ以外の操作要員は眠っていた。
「(2、4、やれ)」
分隊長の指示の下、ライフルが300m先の目標に向けられる。
(ゆっくり、ゆっくり…)
訓練の通り、ゆっくりと引き金を落とす。
引き金に掛けられた力が2.5kgを過ぎた途端、撃鉄が前進し、撃針が雷管を突いた。雷管の小さな爆発は発射薬を引火させ、瞬間的な爆発を薬室内で起こさせる。そして、その爆発のガスを受けて弾薬が長い銃身の中を移動し、ライフリングによって回転を与えられて銃口から飛び出し、抑音器によってぐぐもった発砲音をまとい空間を飛翔する。
空間を飛翔した後、目標の喉に命中し、頸椎を突き破って地面へ突き刺さり、役目を終えた。
「あぐっ」
二人の歩哨は倒れ、暫くして絶命した。
「(前進)」
歩哨の異変に仮眠中の敵兵達が気付かない事を双眼鏡により確認した後、防空拠点へ進入、C4を設置していく。
バリスタ、休憩所、仮眠室、魔道通信機…全てに設置し終えると、安全圏まで待避する。
「(発破!)」
リモコンを握りしめると、防空拠点が吹き飛んだ。
「(離脱)」
姿勢を低くして、部隊は離脱を開始した…。
****
~地点8-17・『ロメオ』~
「よし、地点8-17だ」
やっとのこさ到達した地点に、目標…VIPは居た。
「…確保目標か?」
森の中にポツンとある馬車の中には、人影が見えた。
「(確認しろ)」
馬車の扉を開放させると、中に入っていたのは人形だった。
「!?」
刹那、魔力を帯びた矢が降り注ぐ。
「散開!伏せろ!」
訓練通りに素早く散開し、相互援護陣を構成する。
「敵!10時の方向に5名、2時の方向に8名!」
素早くライフルのボルトを操作し、発砲する。
「1キル!」
じりじりと後方へと下がる。
「よし、今だ!」
置き土産とばかりに設置したC4を一斉に起爆し、簡易的な煙幕を構成する。
「撤退!」
森の中を低い姿勢のまま駆け抜ける。
「よし、全員いるな!」
奇跡的に全員が無事だったが、作戦には失敗してしまった。
「追手は…恐らくいません…」
暫く双眼鏡で後方を監視していた隊員が報告する。
「帰るか…」
分隊長が絞り出すように言い、歩き始めた。
心なしかいつもよりも頭が下がってたが、分隊の構成員は皆同じような状況だったため、誰も見ていなかった。
****
「さて、もうすぐで帰れるぞ」
ふと空を見上げると、高速で何かが接近してきた。
「ん?あれは…」
その正体は、航空自衛隊のF-2戦闘機である。
「味方か…」
他の部隊が作戦に成功した事に安堵しつつ、再び移動を開始した。
特殊作戦実行隊の活躍により、防空網の突破に成功した航空部隊が後方部隊を消滅させた事を特殊作戦実行隊の隊員たちはまだ知らなかった。