武力侵攻
~ライタル帝国ームサシ王国・国境付近~
「司令部より連絡、『果実は熟した、収穫を開始せよ』です」
「了解、前進はじめ!」
ここはライタル帝国軍、第二十三遠征師団の師団本部である。
たった今入って来た連絡は、ムサシ王国の終焉とライタル帝国の拡大を意味する内容であった。
そしてその命令は指揮命令系統を通じて末端の部隊へと伝達されていく。
「師団本部より各隊、前進はじめ!」
「了解、作戦行動開始!」
因みに、ライタル帝国の軍隊はかなり指揮命令系統が効率化されており、それは旧世界の米軍を彷彿とさせるものであった。
「さて、仕事だ」
一斉に航空部隊と魔導兵が越境を開始し、ムサシ王国国境警備隊の監視塔等を粉砕していく。
「…?」
「どうかなされましたか?」
第二十三師団の師団長、ドチューゲン大佐は、国境警備隊の監視塔に違和感を持っていた。
「…なんで人が居ないどころか完全に空っぽなんだ?」
国境警備隊の兵士が長時間過ごす事になる監視塔は、通常兵士の私物や、望遠鏡などの物が置きっぱなしで在ることが多い、しかし、先程吹き飛ばした監視塔の中にはそういった物は見受けられなかった。
「さあ?たまたまでしょう。お、到達目標点の村が見えてきましたよ」
「早かったな…」
当初、帝国軍の内部では良く分からない物を次々生み出すムサシ王国への侵攻は、重大な被害が出る可能性があるとして慎重な意見が多かった。それは彼ら自身が千八百年ほど前、まだ弱小国だった頃に、数で圧倒するロホーヴェン帝国を、魔導士の集中運用によって撃退した経験からであった。
しかし、皇帝はその慎重意見を聞いて、「獣人が好きなのか?」と言い放ち、それを聞いた上層部が侵攻軍に圧力をかけた結果、結局侵攻はすることになったが、そのスピードは通常の半分以下という通常の強行軍とは全く違った作戦を侵攻軍幕僚が立案、昼寝明けで寝ぼけていた皇帝がこれを承認することで今回の作戦実施となった訳である。
「よし、あの村に侵入するぞ」
「了解」
~ムサシ王国・ホチューヴァー村~
ムサシ王国とライタル帝国との国境にほど近いこの村は、かつてアイガー王国との貿易で栄えた町であったが、現在はその機能を他の町に譲り、現在は農村になっていた。
そんなのどかな農村に、ライタル帝国の侵攻軍が白いローブをまとって侵入した。
「現時刻をもってこの村は、我々ライタル帝国の領土であることを、エリヌス・ロウジャー・ライタル第二十五代皇帝陛下の御名の下に、宣言する!」
村役場のポールに帝国旗を掲げたはいいものの、肝心の住民は愚か家財道具までことごとくがなくなっていた。
「まさか、他の部隊が先にやらかしたんじゃ…」
幕僚はほかの部隊が略奪した可能性を指摘したが、彼の上司…ドチューゲンの考えは違った。
「否、これは…先に逃げられたんだろう…」
「という事は…」
「ああ、嵌められた」
そんな所に、通信魔導兵が駆け込んでくる。
「指令本部より通達、兵站線が破壊されました!」
ドチューゲンやその部下たちは、その連絡によって一瞬で凍り付いた。
~ライタル帝国・侵攻軍・統合作戦司令本部~
「第八対空警戒隊、応答なし!」
「第百八十二輸送隊、連絡不能!」
「第五ルート、遮断されました」
オペレーター達が、今自分たちが置かれている状況を刻一刻と魔導地図に書き込んでいく。
「どうなっているんだ!?」
ライタル帝国・ムサシ王国侵攻軍司令部を混乱に陥れたのは航空自衛隊…では無く、ムサシ王国陸軍・特殊作戦実行隊の方々である。
「やられた…」
一方的に遮断されていく防空網と兵站線を見て、司令官達は頭を抱えたが、これが最悪だとこの時点では思っていた。
しかし、その予想は容易に覆される事になるが、それにはもうほんの少し時間がかかる。
~ムサシ王国・国防省・作戦指揮本部~
「初動は成功しました。閣下」
ゲリラ作戦の成功を報告する陸軍司令官に対し、立案者が返答する。
「そうか…良かった…」
この作戦の立案者は、毎度おなじみフォルイ国王陛下である。
「しかしえげつない事考え付きますね」
「国家の危機だからね、しょうがないね」
澄ました顔で即答する。
「日本製の銃に遠隔起爆爆薬…その上迷彩服を着込んで敵の兵站を削るって…よく考え付きましたね」
秘書官キャリローが呆れた目でこちらを見てくる。
「で、撤退行動の方は?」
気にせずに司令官に一番気になっていることを問いかける。
「順調です」
「分かった、明日までには頼む」
「はい」
隣で聞いていたキャリローが割り込んでくる。
「何故撤退を?」
司令官と国王は顔を見合わせた後、諦めて理由を語った。
「日本が何かするらしいよ」
「またニホンですか…具体的には?」
「航空機による航空攻撃、及び敵主力の包囲殲滅、包囲殲滅後の反撃…と、色々想定してるけど、航空攻撃の発揮は明日の23:10かららしいよ」
「…勝ちますかね?」
「勝たなければならない」
~首相官邸・危機管理センター~
「総理、ライタル帝国がムサシ王国に対し宣戦を布告しました!」
青い顔をした官僚が駆け込んでくる。
「きたか…」
暫く考えた後、保野総理は顔を上げた。
「国家安全保障会議を開催する」
「分かりました、ではこちらへ」
****
「先ずは現在の状況説明からしてもらおうか」
「はい、では私から現在判明している敵性力の規模、機動等と、対応について説明させていただきます」
防衛省の官僚が書類を読み始める。
「敵勢力…以後侵攻軍と呼称しますが、1438に国境線を突破、1849に展開を完了したと思われます」
前の巨大スクリーンに状況が映し出される。
「規模は二十万人規模とかなり大規模であり、更に先日北海道上空で確認された飛行可能生命体を航空戦力として運用しており、最高時速680km/h程度、攻撃力についいては第二次世界大戦期のスーツカ急降下爆撃機とほぼ同等の火力が対空、対地共に確認されております」
飛行可能生命体が映し出され、若干のどよめきが起こる。
「尚地上部隊ですが、ムサシ王国からの情報提供によれば魔法…空間力と呼称しますが、それを使用した戦法を採用しており、詳細は不明です」
「魔法使いか…」
誰かが呟いたその言葉に、一部で笑いが起こる。
「自衛隊の対応ですが、翌2310から敵兵站線に対し航空攻撃を発揮します。ですのでそれまでにメディア対応等、宜しくお願いします」
「分かった、ご苦労様」
「さて、我々の仕事をやりますか」
****
~首相官邸・会見室~
「それでは、ムサシ王国に武力侵攻中の武装勢力に対する、日本国政府の対応について、会見を開始します。」
防災服に身を包んだ保野総理が壇上に上がる。
「先ずは、事態の推移を皆様にご説明申し上げます」
報道陣が配布された資料に視線を落とす。
「14:38に武装勢力が越境を開始し、18:49に建物や農地を破壊しながら資料にある赤線まで到達、侵攻を停止しました」
水を煽り、話を続ける。
「この事態を受け、ムサシ王国から日武安全保障条約第三条二項の規定に基づき、自衛隊への協力要請があったため、日武安全保障条約第三条第四項の規定、及びこの事態を国家存立危機事態と認め、自衛隊に対する防衛出動命令を20:27に発布いたしました」
途端、カメラの砲列が火を噴き始め、壇上が真っ白に染まる。
それと同時に、何人かの新聞記者が会見場から飛び出して行く。
それに構わず、保野総理は会見を続ける。
「国家存立危機事態と認定した理由ですが、今回の武力侵攻は常識に照らしても極めて問題があり、又、我が国の重要なパートナーであるムサシ王国が攻撃されたという事は、我が国への攻撃と同義であり、極めて遺憾であると言わざるを得ない、私からは以上でございます。」
この『常識に照らしても極めて問題である』と言う言葉は、この年の流行語になるのだが、それはまだ先の話である。