統合運用
~ロウガー駐屯地・統合運用指揮本部~
ムサシ王国に派遣された大部隊は、自衛隊初の統合運用遠征部隊である。
統合運用とは、従来ならば別々の指揮系統だった陸海空、それぞれの部隊の指揮系統を一本化、効率的な運用を可能にしたのである。
例を挙げるとすれば、良く映画で見かける「グリッド○○ー◇□に敵戦車!」と無線に兵士が怒鳴ると暫くして上空から攻撃機が攻撃を実施するシーンがあるが、あれも統合運用の賜物である。
その起源は諸説あるが、現代戦での統合運用の先駆けは、やはりナチス・ドイツの「電撃戦」であろう。
あれも複数の部隊が同時に行動する事によって強力な火力を発揮するものである。
現在の統合運用では、ネットワーク化が主流になっている。
一昔前は「ネットワーク?なにそれ暴徒鎮圧訓練の時の石除け技能?」と言っていた陸自ですらネットワーク化が進んでいるのである。
具体的な例を挙げると、分隊長に小型のビデオカメラと統合情報表示端末(HMD)が、分隊員にはビデオカメラと簡易情報表示端末が配備され、分隊の連携能力の向上に成功している。
しかも情報表示端末は片目を覆うヘッドマウントディスプレーである。夢のハイテク装備…だったのだが、初期は壊れやすくて大変だったらしい。
それを聞いたメーカーが、7.62mm弾の直撃に耐え、像が踏みつけようが田んぼに埋めようがバッテリーがあれば機能する端末を製造し、「電子機器のカラシニコフ」と呼ばれたのはまた別の話である。
さて、そんな陸上自衛隊の統合運用ネットワークの中心であるこの場所では、現在会議が行われていた。
会議の内容は、『部隊の配置について』である。
因みに現在発言しているのは参謀員の土門二等陸佐である。
「私としましては、国境沿いに部隊を配置させ、即応体制を整えることが急務と考えております」
すぐさま反論が飛んでくる。
「しかし、 それだと先制攻撃を受けた場合の被害が深刻になってしまわないか?ここはやはり国境から少し引いたアデン川の周辺に陣地を構築すべきでないか?」
第二旅団の橋堀一等陸佐が持論を述べる。
「その通りですが、事前偵察によれば敵は戦列歩兵ですよ?一度に壊滅する心配はないと思いますが…」
再び土門二等陸佐が反論する。
土門二等陸佐の発言にもあった通り、ムサシ王国からの情報やAWACS経由で無理矢理飛ばした無人偵察機の情報から、帝国軍の運用形態が戦列歩兵を主体とするものでる事を自衛隊は把握していた。
「だからこそ、火力集中点に敵を誘導し、一気に叩ける陣地構築下での戦闘の方が被害も少ないのでは無いか?」
「…その通りです」
議論が終焉を迎え、土門二等陸佐が引き下がる。
堀川二等陸将が結論を述べる。
「では、アデン川周辺を作戦実施区域とし、敵部隊の攻撃の撃退に成功した際の機動運用も考慮した作戦の立案作業を命ずる」
会議が終了し、幹部が一斉に席を立つ。
後に『アデン川会戦』と呼ばれることになる戦闘への準備が、着々と進められていた。
~アデン川流域・防御陣地建設予定地~
「これは…まるで要塞だな…」
さて、何故かこんな所にいるフォルイ国王陛下が車から降りたって開口一番に言った言葉は、この世界の常識とは少々違っている。
そもそも要塞というものは大規模な魔法障壁と高い胸壁をもち、大量の人員が中にいるものだが、この「要塞」は胸壁ではなく鉄条網、魔法障壁の代わりに防空網、大量の人員の代わりに遠隔監視システムを擁している。
「まぁ、役割は同じです」
説明役として同行している土門二等陸佐が説明を放棄する。
「ところで、住民の疎開についての進捗はどうですか?」
キャリローが口を挟む。
「もうすでに完了し、現在輸送中です…あれですね」
双眼鏡越しに見ると、舗装された道の上を大型バスと自衛隊の大型トラックが何台も隊列を組み移動していた。
「あの箱車…ウチにも欲しいなぁ…」
バスの輸送量は半端じゃない物がある、大型バス一台で五十人+荷物、十台で五百人(村一つ)が輸送でき、居住性は高く、航続距離も長く、整備性は高く、故障も少ない…。と、交通需要が急増しているムサシ王国にとっては垂涎の的なのである。
「精密機械等輸出についての立法が成立したら輸出は可能ですよ」
「え?あんなに高性能なのに?」
「車産業は我が国の主力産業ですから」
キャリローが怪訝な顔をする。
「鉄鋼は?」
「主力産業です」
即答。
「化学製品は?」
「主力産業です」
即答。
「機械類は?」
「主力産業です」
即答。
「…国家として無理してません?」
「むしろ外国に物が売れなくなると干上がってしまうのがウチですので…」
転移してから既に一か月が経ち、ムサシ王国の仲介もあって各国と国交を結んでいた日本は、ここぞとばかりに周辺国から資源を輸入しまくった後、製品に化かして一部の商品を(鋼材等)を輸出しまくったのである。
その国からしてみれば、「何か変な奴らが来たから国交結んでやって、資源も高値で売りつけてやったと思ったら神鋼が大量に送られてきた」状態である。
因みに神鋼とは、神話に登場する「硬く、強く、錆びない」金属の事であるが、大量に輸出されたステンレス鋼は、この世界の住民にとってその要件を満たしていた。
尚複雑な機械類は技術流出防止の為、ムサシ王国の限られた場所にしか輸出されていない。
「そんな国がこの世界にあるんですか…」
通常そんな技術を確立したら、それを主力産業に据え、国ぐるみで育てていくものである。
「まぁ、転移してきたんでね…」
因みにライタル帝国と接触を試みたところ、ムサシ王国側から拒否された為、国交は結んでいない。
「それに…この戦車っていうんですか?これが十両あれば敵を蹴散らせますよ?それなのに皆さんは軍隊じゃないのですか?」
「私たちは自衛隊です」
「はぁ…」
やはり彼らは良く分からない、矢面に立ってもらってから捨ててやろう…そう考えたキャリローであったが、その考えが180°変わるきっかけとなる通達が回って来た。
「二等陸佐、空自からです、目標、国境線の越境を開始した模様です」
同じころ、キャリローが担ぐ無線機も悲痛な叫び声を上げ、キャリローが青ざめていた。
「外務省から入電、帝国が我が国に宣戦を布告しました」
「第一次武来戦争」、及び「第一次日来戦争」と呼ばれる戦争の幕が、今上がった。