海外派遣
~国会議事堂・衆議院~
列島全体が転移前より幾分かましな七月後半の猛暑に包まれる中、国家の中枢ともいえるここ、国会議事堂では、現在自衛隊の海外派遣についての論争が行われていた。
「ですから!先程から何度も申し上げている通りにですね、ムサシ王国は現在武力侵攻の危機にさらされており、また我が国の資源輸入は殆どがムサシ王国に依存しており、また安全保障条約の面から見てもこれは我が国として支援しなければ今後の我が国の信用に関わりますから、この度自衛隊を海外に派遣する。ということになります」
保野総理が先程とさほど変わらない答弁を繰り返す。
すぐさま共進党の蓮長代表が反撃する。
「しかしですよ!?これだけの規模の部隊を送る必要があるのか、送るにしても後方支援部隊だけでよいのではないか、これは税金の無駄遣いではないのか、という意見もありますが」
旧憲法九条が無くなってしまった以上、できうる限り規模を小さくするーー。
そんな意図が見え隠れしているが、確かに今回の派遣の規模は大きなものだった。
陸上自衛隊
第一総合近代化即応展開師団
海上自衛隊
第六護衛艦隊群(航空機搭載型護衛艦「ほうしょう」を主力とする)
航空自衛隊
特設展開飛行隊(F-2 24機、F-15EJ 30機、F-15J改16機、F-35AJ 24機、C-2K 12機、E-767 2機)
「後方支援要員も含めれば十万人を越す派遣ですよ!?」
因みに今回の派遣の話を聞いたとき、防衛省の制服組は大喜びし、背広組は青ざめたという……。
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~ムサシ王国・王城・執政室~
「しかし、動くときは動くんですね、日本も」
「まさかこんなにスムーズにいくとは思って無かったけどな……」
ビックリするほど早くやって来た派遣決定のお知らせに、この国の首脳部は心底安堵していた。
久々に飲む某飲料メーカーのお茶を飲みながら、フォルイは書類を読んでいた。
「総勢十万人越えだからなぁ……」
「今頃各港の担当者は頭抱えてますよ」
日本からの技術支援でかなりこの国の生活水準は向上したとはいえ、湾岸設備等々の大型設備はまだ整っていなかった。
しかし、今回の派遣の主力は重装備の部隊が多く、空輸ではなく海運で運ぶ事になってしまった。その為自衛隊の対応に急ピッチで湾岸設備の整備が行われているのである。
「ま、頑張ってもらうしかないな……」
各国の担当者の苦難は続く……。
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ここはムサシ王国の北東に位置するロウガー平原である。この平原の特徴は何もないのが特徴と言われるほどただ一面にだだっ広く平原が広がっており、ここから数百キロの所に帝国と王国との国境線がある。
その何もない土地に突如杭が打たれたのが一か月前、その後大量の日本人がやって来たのが四週間前、建物が立ったのは三週間前、滑走路ができたのは一週間前……。
そう、ここは日本がこの世界にやって来て初めて設立した恒常展開基地、ロウガー航空基地、及びロウガー駐屯地である。
本来ならば機能を分散させる予定だったのだが、野党の反対で無理矢理一つの基地に詰め込んだのがこの施設群であり、単なる基地ではなく、司令部機能や通信の中枢としての機能も付与されている。
そこに、五機のC-2Kが着陸せんと接近していた。
「『ロウガーコントロール』より『キャリアーズ』、貴機は現時刻を以て我の管制下に入る」
「『キャリアーリーダー』よりコントロール、了解、着陸許可を求む」
「コントロールよりキャリアー、着陸を許可する」
爆音を鳴らしながら滑走路に進入したC-2Kは、割り当てられた滑走路ごとに着陸していく。
その後も次々と輸送機や戦闘機が到着し、今までの静けさが嘘のように航空機の発着が繰り返される。
今回の派遣の特徴は、派遣の大部分が航空戦力で構成されている事であろう。何せ一個『方面隊』規模の派遣が行われたのである。
「陸上戦力が足りないなら数の上では多少少なく見える航空戦力で!」というのも分からなくもないが、国会対策の為にここまでやるかと思ってしまう。
しかし、今まで外国に投入していたODAの半分と南西諸島沖の石油利益の2/3を投入しただけあって、自衛隊は一昔前とは大分性格が変わってしまった。
例えば陸自、今回の派遣で投入されるのは『第一』『総合』近代化『即応』『展開』師団である。
要するに「火力と機動力を併せ持った対外派遣向けの師団を沢山持ってます」という意味である。
一昔前の中央即応集団を知る人なら恐らく噴き出すに違いない規模、装備を持つこれらの部隊は、現在の陸自の根幹である。
しかしこれを離島奪還に用いようと本気で考えていた陸自の幹部は本当に頭がおかしいと思う。
C-2Kから降りてきた二等陸将の階級章を付けた自衛官にこの基地の司令官、今治一等空佐が敬礼する。
「ようこそロウガー駐屯地へ、師団長」
「どうも」
第一総合近代化即応展開師団師団長、堀川二等陸将が答礼する。
その後ろでは続々と陸上自衛官達がこの地に降り立ち、16式機動戦闘車が搬出されていた。
空を見上げると幾条もの飛行機雲が縦横無尽に飛び回っている。
ついに自衛隊の転移後初の海外派遣が本格的に始まったのである。
まぁ、当人たちはそんな感慨を抱く暇もなく仕事に忙殺されるのだが……。
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~ライタル帝国・皇城・執政室~
皇帝が広大な庭を窓越しに見ていると、情報大臣がやって来た。
「何事だ?」
恭しく頭を下げながら情報大臣が口を開く。
「ムサシ王国の件ですが、お耳に入れたいことが幾つか」
「構わん、申せ」
「ニホンがムサシ王国に援軍を送ったとの情報が入っております」
「何だと!?実在したのか!?」
嘘だと思っていた事が現実になったことに皇帝は驚きを隠さない。
「その様です」
「で、彼の国の規模は」
「十万人規模と」
「魔導士は?」
「それが…一人もいないとのことです」
「ん?」
途端に皇帝の動きが止まる。
「今何と申した?」
「ですから、今回の援軍に魔導士は一人もおりません」
止まった皇帝の動きが微振動という形で再開する。
「ククククク…ハハハハハ…!」
「わが軍の勝利は確実かと」
「分かった、下がれ」
情報大臣はそのまま執政室から退出した。
「何という馬鹿なのだ…ニホン…『教育』をしてやらねばな…」
魔導士が一人もいないという事は、即ちこちらからの攻撃に対抗する術を持っていないのである。
「これではまるで…おとぎ話の主人公ではないか…」
帝国軍が無双するシーンが頭に浮かぶ。
「これは…戦勝祝賀会の準備をしなければな…」
数でも質でも勝る帝国軍が負ける筈などなかった。
と、当時帝国側の誰もが考えていた。