第五話
伊織が蘭蔵を斬った後、暫くしてから伊織の近習の者が四人現れた。
「御大将、ご無事で!」
近習の言葉に伊織は
「大事無い」
と答えた。
「しかし、知行二千五百石の大将が独りで戦地を歩き回るとは、自重しなされ」
「御大将に何かあらば細川家の損失にござりますぞ」
と近習の小言を聞くと素直に
「済まぬな、どうも義父殿の真似が過ぎたようじゃ」
と若干二十六の侍大将はやりきれない顔をしながら、蘭蔵と瑠菜の亡骸を見つめた。
「御大将その者は?」
「罪無き亡骸だ・・・集落に縁者がおらぬか探せ」
「承知」
と近習は集落に向かった。
伊織の護衛に残った近習の一人は蘭蔵と瑠菜の亡骸を見つめる伊織の表情を見た。
伊織は若干二十六にして破格とも言える出世を果たした男ではあるが、精神的には未だ円熟してはいない。
そんな若者に対して歳が一回り上の近習は、やや心もとないながら、好意の念を抱かずに置けなかった。
「この二人の身なりを整えるぞ」
特に瑠菜の姿は見るに耐えなかった。
伊織が自らやろうと膝を着くと慌てて近習はそれに倣ったのであった。
暫くすると、他の三人が若い男女を連れてきた。
無論男女は芽依と許嫁の翔太である。
二人の身なりを聞いた芽依は飛び出すように後を付いて行き、翔太は独りで行かせるのは危険と着いてきたのである。
蘭蔵と瑠菜の亡骸は各々仰向けに並べられていた。
瑠菜の亡骸からは槍は引き抜かれ、切り裂かれた喉と、露になった上半身を隠す為、伊織の陣羽織が掛けられていた。
二人の亡骸を見た芽依はガクリと膝を落としてしまう。
翔太は芽依の肩を支えて伊織をにらみつけた。
「そなた達は?」
伊織の言葉に翔太は
「この娘はその二人の妹だ」
と怒りに震えながら答えた。
「頼みがある、この二人を葬りたい故、二人の暮らしていた場所へ案内して頂きたい」
伊織の腰の低い言葉に翔太は
「・・・着いてきな」
とぶっきらぼうに答えた。
腹の中では承服しかねても、やはり逆らう程愚かにはなれなかったのである。
伊織は蘭蔵と瑠菜の亡骸を近習に運ばせて、芽依を支えながら歩く翔太の後を着いていった。
雑木林の中の小屋に着くと伊織は芽依に瑠菜の亡骸を綺麗にするのを依頼した。
いくら亡骸とは言え、若い娘の体を見ず知らずの男が触るのは憚られたのである。
芽依は泣きながら承知した。
体に着いた血泥を綺麗に拭き取り、瑠菜の着物の中でも一番上等な物を着せてあげた。
一方翔太と伊織は蘭蔵の身繕いをする。
そして伊織は蘭蔵と瑠菜の切り裂かれた介借の後を針と糸で縫い会わせた。
怪訝そうに覗き込む翔太に伊織は
「首と胴がしっかりと繋がって無いと、来世に向かうのに迷ってしまうからな」
と答えた。
やがて近習が庭に穴を堀り終えると、蘭蔵と瑠菜の亡骸を運び、穴に並ばせて入れた。
伊織は腰から脇差を引き抜くと、蘭蔵の手に握らせた。
「次は必ず守ってやれ」
と話し掛け
「済まなかった・・・来世で幸せに暮らせ」
と伊織は手で掬った土を二人の亡骸にかけた。
芽依と翔太もそれに倣い、それが終わると近習が土をかけ始める。
「我が隊は今より村を離れる、済まぬがこの二人の菩提を弔って欲しい」
と伊織は芽依に伝え、芽依はコクリとうなづく。
その後芽依は翔太と共にこの小屋に住み、二人の菩提を弔いながら、静かな一生を送るのであるが、それは別の話である。
年が明けて早々、幕府軍は原城に総攻撃をかけた。
原城に籠る非戦闘員一万四千を含む三万七千人は内通者一人を残し、ことごとく討ち死にした。
この女子供に至るまで“虐殺”された戦いの後に伊織は知行を四千石に増やし、細川家の筆頭となるのである。
そして時は流れ・・・