第四話
ようやく蘭蔵は“そこ”にたどり着いた。
“そこ”には三人の足軽と、あの宮本とかいう武士がいた。
そして、その四人の足元に“それ”はあった。
“それ”は引き裂かれ、ただのぼろ切れと化した物を身につけていた。
ぼろ切れの柄には見覚えがあるが、頭のどこかで“それ”を否定していた。
しかし、周囲の地面を真っ赤に染め上げた“それ”にはつい先刻「すぐ戻る」と約束してくれた、顔があったのである。
蘭蔵の思考が停止した。
『瑠菜はこいつらに辱めを受けて殺された』
蘭蔵がそう考えたのも無理は無い状況である。
引き裂かれた服、露になる胸、突き立った槍、喉を裂いた跡、いずれもそのように“確信”するには充分なものであったのである。
「うおおおお!!」
雄叫びを上げて蘭蔵は六尺棒を振り上げ、足軽達に飛びかかった。
「お、鬼!?」
蘭蔵の身の丈は六尺。この時代ではかなりの大男である。
そんな大男が怒りの形相で、棍棒を振り回して来たのだ。
鬼と思うのも仕方が無い。もっとも、蘭蔵を鬼にしたのは自分達であるが。
蘭蔵は瞬く間に足軽三人の頭を粉砕すると、伊織に一撃を加えようとしたが、伊織は事も無げにそれを避けた。
蘭蔵は瑠菜の亡骸の前に仁王立ちになり、伊織を見据えた。
「お主に聞きたい事がある」
伊織が口を開く。
「その娘はお主の女房か?」
伊織の問いに蘭蔵は
「そうだ」
と即答したが、一緒に暮らし始めて二年、一度もそれらしい言葉を瑠菜に示して無かった事に気付いた。
「(俺は度しがたい馬鹿だ!こうならないとこんな大切な事を言えないなんて!)」
蘭蔵の胸中にどうしようもない後悔の念が立つ。
今日と同じ二人がまた明日も続くと思ってた。
しかし、自分の愛しい女はもう自分に話しかけては来ない。
そう思うと蘭蔵はある決意を固めたのである。
「ではまた聞くが」
伊織が再び口を開く。
「本来なら兵を殺害したからには捨て置けんが、その娘の菩提を弔うと言うなら見逃すがいかがする?」
蘭蔵は静かな口調で答えた。
「俺からも聞きたい」
「答えよう」
「瑠菜が一体何をした?ただ、家族が心配で様子を見に来ただけだろ?何でこんな目に会わなきゃならないんだ?」
「言っておくが、その娘は辱めは受けてはおらぬ。しかし、拙者が駆け付けた時には最早助からぬ状態であった故、拙者が介借をしたのだ」
「つまり、お前がやったんだな?菩提は弔う・・・但し仇を打ってからだ!」
蘭蔵の雄叫びを聞いた伊織は最後に聞いた。
「仮に拙者を倒しても、この村におる兵達に殺されるが、それでもやるのか?」
対して蘭蔵は無言で首を縦に振った。
「(こ奴、最早生きようとはしておらぬ)」
伊織は悟った。
「よかろう、二天一流宮本伊織が相手をしよう」
そう言い太刀を引き抜いた。
それが合図となり、蘭蔵は棒を上段から振り下ろしながら飛びかかる。
「うおおおお!」
鋭い一撃であった。
ドガッ!
ザシュ!
すれちがいの一瞬の攻防であった。
つっ。
伊織の額から一筋の血が流れた。
カラン
蘭蔵の手から棒が落ちた。
蘭蔵の脇腹からおびただしい鮮血が溢れていた・・・致命傷であるのは誰の目にも明らかである。
蘭蔵は振り替えると瑠菜の亡骸に向かって歩き出した。
伊織が道を開ける。
蘭蔵は瑠菜の亡骸の前に膝を着いた。
亡骸をそっと抱き上げ、抱き締めた。
「何か言い残す事は?」
帰る所はないけれど
思い出は沢山ある
忘れたかったあの頃を
いちばん憶えてる
「俺と瑠菜を一緒に埋めてくれ」
いつも何かを
憎んで生きてきた
そんなんじゃ そんなんじゃ
またくりかえすだけ
「承知」
もういいわ
おやすみなさい
心が泣いているから
命の種を運ぶ
夜風が吹き出す前に
「では御免」
伊織の太刀が振り下ろされた。
もういいよ
おやすみなさい
心も泣いているから
命の種のように
この胸でおやすみなさい
バシュ!
菜の花の散った同日、蘭の花も散る・・・こちらは数えにして十九であった。