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天草の約束  作者: 碧風斎
3/6

第三話

とっさに駆け出した瑠菜は抜け道に向かっていた。

「待て!」

「はしっこい奴!弓を持ってこい!」

その声に呼応して新たな足軽が弓を持ち現れる。

ギリリ

弓を構え狙いを定めた。

ヒュン

と矢が飛ぶ。

ドスッ

矢は瑠菜の左肩に突き立った。

「ハゥッ!」

左肩に走った激痛に思わずのけぞる。

「お!」

芽依が声を上げようとすると、不意に口を塞がれた。

見上げると父が芽依の口を塞ぎながら小声で話しかけた。

「駄目だ、今叫んだらお前まで間者だと思われる。したら一家皆殺しじゃ」

その声に芽依は言葉が詰まった。

瑠菜はフラフラとようやく抜け道に向かったが、ついに三人の足軽に追い付かれてしまったのである。

気力を振り絞り、抜け道に走ろうとしたが、足がもつれ前のめりに倒れた。

「くっ」

全身を走る痛みに思わず顔を歪める。

「てこずらせよって!」

足軽の一人が瑠菜の後ろの襟首を掴み、荒っぽく引き上げる。

ビリッ!

矢によって破れ始めていた着物は襟首から左肩まで大きく裂けた。

矢が刺さった左肩が露になる。

加虐心に火を着けた足軽は、左肩の矢を荒っぽく引き抜く。

「があ!」

と瑠菜は思わず声を上げた。

「娘、何故逃げた!」

と言いながら槍の石突きで傷口を押さえる。

「〜〜〜〜!!」

瑠菜は激痛に身悶えた。


「騒がしいが何事だ」

隊を預かる伊織は近習に問い掛けた。

「どうやら原城の間者が入り込んだ様子です」

近習の言葉に伊織は

「本当に間者なのだな?」

「女の間者としか報告は有りませぬ」

「女だと?」

つい先日、この集落では、足軽が村娘に暴行を加えようとしたばかりである。

そこに来て、間者“らしい”女をどうにかするのはあまり好ましく無かった。

伊織は大小を携え、騒ぎが起きてる場所へ向かった。


一方蘭蔵はようやく集落に着いた。

途中“万が一”の為に六尺棒を取ってきた為に遅くなってしまったのだ。

瑠菜が目指した抜け道は本道より離れていたため、蘭蔵は騒ぎに気付かなかったのである。

「芽依!何があった?瑠菜は来なかったのか?」

「お姉ちゃんが、お姉ちゃんが」

取り乱す芽依に変わり、翔太が答えた。

「瑠菜さんはあっちに。足軽に追われてます、早く!」

翔太が指を差した方角に蘭蔵は走った。


「ぐっ」

傷付いた左肩を足で踏まれ、瑠菜は声にならない叫びを上げていた。

足軽はますます興奮していた為、身悶えながらも瑠菜が右手に石を握ったのに気付かなかった。

瑠菜は足軽が自分をどうしようとしているか理解して、自分に近付いた時に反撃をしようと考えたのである。

「どれ、いたぶるだけでは可哀想だな、少し可愛がってやるか」

と足軽は言い、他の二人も同意した。

足軽は瑠菜を荒っぽく仰向けにすると、なかば破れた左肩を引き裂いた。

次の瞬間瑠菜は石を持つ手で足軽の目を叩く。

「うぎゃ!」

と足軽はのけぞった。

「貴様!」

と他の足軽が槍を逆手に持ち、瑠菜に降り下ろそうとした。

「待て!」

ようやく間に合った伊織が制止の声を上げた。

と、同時に槍が降り下ろされた。

ドガッ!

「かはっ!」

槍は瑠菜の脇腹を刺し、背を抜け、地面に突き立った。

たちまち地面が赤く染まる。

伊織は駆け寄り、槍を刺した足軽を大刀の鞘で殴りつけた。

「何と言うことを!この娘が間者である証拠があるのか!」

「しかし、制止を振り切り逃げ出し、抵抗をしました」

足軽の弁解を無視し、伊織は弱々しく槍を引き抜こうともがく瑠菜の傍らに膝をおろす。

「娘、本当に間者では無いのだな」

「ち・・・ちが・・・アタ・・・この先・・・んでる・・・」

「よろしい、ならば本来なら逃がす所だが、その傷は最早助からん。せめて拙者が楽にしてやる故許して頂きたい」

その言葉に瑠菜の力が抜け、両手が槍から離れる。

「女子を斬れば、義父に張り倒されるかもしれんが、せめてもの拙者の花向けだ。宮本伊織、介借つかまつる」

伊織は脇差を引き抜くと、瑠菜の喉元に当てた。

「らんぞ・・・ごめ・・・やくそく・・・れなかった・・・」


こんな時代と人は言う

この温もりが確かなら

確かなら

憧れる・・・


「御免」


夢・・・それは夢・・・夢


ドシュ!


明日二人は血みどろで

風に

風に

風に

舞う・・・




寛永十四年十二月二十五日、菜の花が散った。

数えにして十七の若さであった。

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