第二話
そこにはいつの間にやら近習を従えた一見侍大将の身なりの男がいたのである。
「宮本様」
と雑兵達はたじろいた。
「み、宮本様、実はこの村に一揆勢が入り込んだとの話がありまして」
と雑兵が説明し始める。
「例え一揆勢が入り込んだとしても、何故娘を人質に取らねばならん!」
と烈迫の声を上げた。
すると雑兵達は観念したのか一斉に平伏したのである。
宮本と言う男は三人の雑兵を近習に捕縛させ、蘭蔵に近付いてきた。
兜を脱ぐと中からは蘭蔵よりいくつか上の歳らしい顔があった。
「我が隊の者が無礼をした。拙者は細川家の臣、宮本伊織と申す。こたびの事はあの者達を厳罰に処するゆえ許していただきたい」
と頭を下げた。
少し蘭蔵は戸惑った。
まさか武士が農民に頭を下げるとは思わなかったのである。
「い、いえ」
と言葉を返すと伊織は
「ではこれにて失礼つかまつる」
と言い、近習の者と一緒に雑兵達を連れ去って行ったのである。
「ふ〜ん武士にもそんな人いるんだ」
蘭蔵は小屋に戻り、村娘の親からもらった漬物を瑠菜と食べながら、伊織の事を話していた。
「ああ、助かったよ。いくら雑兵でも、武装した相手が三人ではいくらなんでも勝てはせんからな。」
これは謙遜ではない。
棒一本で出来る事などたかが知れてるのだ。
「でもいつまで続くんだろ?いい加減息が詰まりそうだね」
「おそらくそうは長くないかもな」
と蘭蔵は締めた。
実際蘭蔵は義父からある程度の事を教わっているが、この時代の農民では理解は出来ない。
目の前にいる瑠菜とて、蘭蔵と話は出来ても、やはり読み書きは出来ないのである。
こうしてまた日々は過ぎた。
十二月も終りに近付いた。
蘭蔵と瑠菜は小屋の煤払いを終え、一息入れていた。
蘭蔵は集落に向かう事にし、瑠菜は小屋で留守番をする。
一刻ほどすると蘭蔵が帰ってきた。
「どうしたの?」
と瑠菜が聞くと蘭蔵は
「集落に幕府軍がいた。数も多くものものしかったから、引き返したんだ」
瑠菜は少し不安になった。
喧嘩別れしたとはいえ、集落には両親と妹がいるのだ。
「アタシ見てこようかな」
と言う瑠菜の言葉に蘭蔵は
「やめとけ、幕府軍は指揮する者が良ければ民には何もせん。だが、俺達みたいな集落の外に住んでる者は要らぬ誤解を生むだけだぞ」
まったくその通りである。
義父がここに流れ着くまでの間各地でどう扱われたかは良く聞いていた。
集落の住人で無い者が外から、しかも軍隊を見物に来れば何と思われるか。
「・・・分かった」
と瑠菜は答えたが釈然としないものがあったのである。
そして夕刻が近付く。
二人は食事(雑木林で採れた実を刷り潰して焼いた物)を終えて、寒さをしのぐ為に同じ布団でくるまっていた。
暫くしておもむろに瑠菜が立ち上がる。
「アタシやっぱり見てくる」
「おい」
「大丈夫よ、蘭蔵も知らない秘密の抜け道があるんだから。そこから覗いて帰ってくるだけだよ」
と瑠菜は着物を着ながら話した。
「しかし危険だぞ。相手がどう思うかで、下手すれば一揆勢の仲間だと思われるんだぞ、そうしたら・・・」
と言いかけた蘭蔵を遮る様に瑠菜は徐に蘭蔵に口付けをした。
「大丈夫、すぐ戻るから・・・約束する」
と瑠菜は言い小屋を飛び出した。
いきなりで戸惑ったが、蘭蔵も着物を羽織り、小屋を飛び出したが、もう瑠菜の姿は無かった。
瑠菜の言う抜け道に心当たりが無く、仕方なく蘭蔵はしっかりとした道を行く。
この道を行くと蘭蔵の足で約半刻で雑木林を抜ける。
瑠菜は抜け道を使えば早く抜けるだろうし、どこに出るかに寄ってはかなりの時間のズレが出るはずである。
何だかむしょうに胸騒ぎがしていた。
一方瑠菜は約四半刻で雑木林を抜け、集落の外れに現れた。
ここから瑠菜の生家まではすぐなのである。
どうしてもコソコソしてしまうのは、何だかんだと言って両親と顔を合わせ辛いからである。
「(芽依の顔を見てから帰ろうかな)」
妹の安否だけを確認する事にした瑠菜は生家に近付く。
生家の小屋で雑務をしていた芽依は瑠菜に気付くと驚いた。
「(お姉ちゃん!)」
まさか幕府軍が一夜を過ごす為に立ち寄った時に来るとは無謀と言うか何と言うか。
芽依が歩みよろうと立ち上がった時にいきなり声が上がった。
「何者か!」
幕府軍の足軽が二人近付いてきた。
「村の者では無いな?さては原城の間者か!」
との声に芽依はびっくりして声が出せなかった。
そして瑠菜もいきなりの出来事につい逃げ出してしまったのである。
「やはり間者か!追うぞ!」
「原城の間者がいるぞ!」
事態は蘭蔵の危惧する最悪の状態を向かえてしまったのである。