第一話
寛永十四年十月二十五日、幕府の過酷な取り立てに対して九州島原の住民が決起した。
旧有馬氏の家臣達を中心に組織化された反乱に、天草の住民並びに改易により溢れた佐々、小西、加藤の浪人勢が加わった一揆軍は、総大将に若干十六歳の益田時貞を掲げ、幕府軍をを攻撃するも島原城を陥とせず、原城に籠城した。
その数老若男女合わせて三万七千人。
内非戦闘員は一万四千人を数えた。
対して幕府は十二万六千人の軍隊を派遣。
ここに日本史上稀にみる悲劇である、原城攻めが始まろうとしていた。
寛永十五年も十二月も半である。
幕府軍は原城に対して、兵糧攻めを始め、一揆軍の弱体化を図っていた。
「いつまで続くんだろうね?」
ここは原城からさほど遠くない集落である。
集落の外れの雑木林の中に一軒の小屋があり、中には一見二十歳位の巨漢と十七、八の娘が寄り添っていた。
男の方は十五年ほど前に集落に流れついた義父と共にこの小屋に住み着き、炭焼きや畑仕事を手伝いながら生計を立てていた。
しかし、その義父も五年前に亡くなり、青年は義父から受け継いだ六尺棒と僅かな財産と仕事によって生計を立てていた。
対して娘の方はこの生真面目で優しい青年をいたく気に入り、なかば押し掛け女房の様に小屋に住み着いていた。
青年の名は蘭蔵と言い、娘の名は瑠菜と言う。
娘はかなり気が強く、結局親と大喧嘩してまで蘭蔵と暮らす道を選んだのである。
「もうじき終わるさ。どの道いくら頑張っても、お上にゃ勝てやせんよ」
と蘭蔵が答える。
「でもさ、原城にいる人達ってみんな百姓とその家族だって言うよ。アタシ達と同じなんだね」
「でもな、あんな事をやっても結局迷惑するのは関係の無い民ばかりなんだと義父はよく言ってたよ」
蘭蔵の義父はどうやらどこかの僧兵の生き残りらしかった。
蘭蔵に対して色々な知識と、見解を教えこの世を去ったのである。
ガタン。
ビクリと瑠菜が驚く。
何かの拍子に立掛けてあった農具が倒れたのだ。
瑠菜は蘭蔵に抱きついていた。
普段と違い、少し脅えた表情を見た蘭蔵は不意に瑠菜を抱き締めていた。
皆不安であった。
一揆軍に加担していると見なされれば、幕府軍によって見せしめにされる。
その不安感をまぎらわせるかの様に二人は肌を重ねたのであった。
蘭蔵の住む集落の周辺には幕府軍の細川家二万三千五百が駐屯していた。
原城からは密かに脱出する一揆勢がおり、幕府軍もその様な脱走者から情報を集めようと毎日の様に監視の目を広げていた。
蘭蔵の暮らす集落も毎日の様に幕府の兵が現れていた。
しかし、今日はいささか趣きが違っていた。
一見すると雑兵と見てとれる三人が、言い掛かりをつけ始めたのである。
「この集落に一揆勢が逃げ込んだと聞く。正直に話さんと痛い目に会うぞ!」
既に三人は村娘を一人人質にしていた。
しかし、一揆勢など影も形も無い。
要はこの三人は言い掛かりをつけ、うさ晴らしをしたいだけなのである。
戦場に狩り出され約三ヶ月。
常に死と隣り合わせにいた兵は殺気立っていた。
付近の集落でも兵による略奪暴行などが相次ぎ、幕府も手を焼き始めている。
戦と無関係な民は自分達を守るため、財産食糧を隠し、若い娘は男装し身を守ったのである。
「早くせんか!わしらは細川家の兵じゃぞ!わしらに逆らうのはお上に逆らうと同じじゃ!」
「しらを切るならこの娘を連れて行ってたっぷり聞かせてもらうがな」
と聞くに耐えない言葉を吐いた。
「よさんか!」
とタンカを切ったのはたまたま集落に来ていた蘭蔵であった。
義父より理不尽な暴力を勇めるのこそ武人の真の姿と教え込まれた青年は、愛用の六尺棒を携え駆けて来たのである。
「娘を離さんか!お上の軍なら、民草を守るのこそ本道であろう!」
との蘭蔵の言葉に一瞬たじろいたが、三対一に気を大きくしたのか、
「何を?」
と槍を構えた。
三人が槍を構えて蘭蔵を取り囲んだとき
「よさぬか恥知らずどもが!」
と声が上がったのである。