『黄金の翼』
第1話「黄金の翼を持つ者」
私は何も分かってはいなかった。自分の立つ場所の「下」には何があるのかを…私がやるべき本当の「使命」を。そして大切な存在を守らねばならぬ時、犠牲にせねばならね存在が「己自身」であることを……。
「…さん!にいさん、ルシフェル兄さん起きてよ!」
大きな声と身体を大きく揺すられ、ルシフェルと言われた青年は目を覚ました。彼の眼には自分に似た顔の青年が頬を膨らませて自分を見ていた。ルシフェルは眠そうに瞼を擦りながら苦笑した。
「なんだよ、ミカエル…お前にしては早起きだな。どうしたんだよ?」
「兄さんってば酷い!僕だって早起き出来るもん、何だって僕は天使長ルシフェル殿の双子の弟だもん!」
ミカエルと言われたルシフェルの弟はえへんと自慢げな顔をして胸を張った。それを見てルシフェルは吹きだしてしまった。
「ふふ…そんな事を言って前なんか寝坊して皆に叱られてたじゃないか?あーあとあんな事も…」
「あー!兄さんやめてよー!」
ミカエルは頬を赤らめながら大声でルシフェルの声を遮った。するとルシフェルは微笑んでミカエルの肩に手を置いた。
「…けど、そんな良いところも悪いところもあるのが、私の双子の弟だよ…ミカエル」
「!…えへへ、ありがとう。ルシフェル兄さん」
そう、この2人は先程から彼らが言っている様にルシフェルが兄で、ミカエルが弟の兄弟で、しかも双子だ。顔も金髪碧眼と瓜二つだが、ルシフェルの方がミカエルよりも髪が長いので見分けはつく。また双子であれ性格も違い、明るく笑顔が絶えない弟のミカエルに対し、ルシフェルは物静かであまり表情を変えない。しかし、この双子はそんな違いがありながらも本当に仲が良い。ひとしきり笑いあった後、ルシフェルは話を持ち出した。
「それよりミカエル。先程の続きなんだが、何があったんだ?」
「あ、そうそう!兄さん、剣の訓練に付き合ってくれない?」
それを聞いたルシフェルは一瞬キョトンとした顔になったが、直ぐに微笑んだ。
「ふふ…そう言えば最近、私が忙しいのもあって2人で剣技の練習が出来てなかったな。今日はゆっくり休めと【あの方】からも言われているし、良いぞ、ミカエル。練習しよう」
ルシフェルの答えを聞いてミカエルの頬は赤くなり両手を広げて喜んだ。
「やったー!ありがとう兄さん!ガブリエルやラファエルから『無理させちゃダメ』って言われたから無理かなって思ってたけど…すっごく嬉しいよ!僕、先に準備して待ってるね!」
「ふふ…ああ待っててくれ」
笑顔で部屋を後にするミカエルに軽く手を振ると、ルシフェルは立ち上がった。軽く運動をしながら彼は目を閉じた。
『…そう言えば最近、ミカエルやガブリエル達と話せないでいたな…【あの方】が忙しそうにされている今、私が代わりをせねばならないしな…ワガママなど言えない』
ルシフェルが言う【あの方】とは、彼の主人でもあり、彼を造った創造主でもある……そう、ルシフェルやミカエルは普通の者ではない。ルシフェルは着替え終えると、彼らの象徴的存在が背から伸びてきた。
『黄金の翼』だ…。ルシフェルの翼は他の者達とは違い、黄金を纏った翼を持った者…彼の生きる世界では『天使』と言われる者達の中でも特に美しい翼を持っていた。そして、ルシフェルこそ創造主である【主】に最も愛され、そして他の天使らを治める存在…『天使長』なのだ。
黄金の翼を纏ったルシフェルは準備を完了させて部屋を出ようとした時、ルシフェルは不意に後ろを向いた。彼の後ろには何もなくただ静かな風が窓を軽く打つ音しか聞こえなかった。
『……気のせいか』
ルシフェルは目を細めながらも、ミカエルが待っていることを思い出し、部屋を後にした。
ーこの時、ルシフェルは想像もしていなかっただろう……これが自分の身に起こる運命の崩壊の序章に過ぎないと…。