幸せのおまじない
おばあちゃんが、教えてくれたんだ。
幸せのおまじないなんだって。
「いくにがてべす」
いつでも、にこにこ笑ってたんだ。
お日様みたいにぽかぽかしてた。
辛い時も、哀しい時も、泣きたくなっても。
「いくにがてべす」
ぱぱが、おうちにいなくなったんだ。
ぱぱは、遠くに行ったんだ。
だから、帰って来れないんだって。
悲しくて、さびしくて、僕はずっと泣いてたんだ。
わんわんわんわん…。
おばあちゃんが、そっと頭をなでてくれたんだ。
あんまり、泣くと、体の水が全部出て、小さく、小さくなっちゃうよ。って。
あんまり、びっくりしたから、泣くのを忘れちゃたんだ。
そしたら、おばあちゃんが、にっこり笑って言ったんだ。
「いくにがてべす」
幸せのおまじない!
ままが病気で入院したんだ。
とっても、とっても心配したよ。
おみまいに行ったら、すごく、悲しそうに僕の顔を見たんだ。
まま、元気だして!
泣きたいのを、がまんしたよ。
「いくにがてべす」
幸せのおまじない。
まま、元気になるよね。
ままは、元気になったよ。
だけど、僕が病院に行ったら、知らないおじさんがいたんだ。
なんだか、とっても怖い顔してた。
ままは、あかちゃんを、だっこしながら、泣いていたんだ。
ごめんねって。
なんで、あやまったのかな?
病気しちゃったから?
僕が悲しい顔したからかな?
ごめんね、まま。
僕、元気をだすからね。
「いくにがてべす」
幸せのおまじない!
僕は、おばあちゃんと、二人でいるようになったんだ。
おばあちゃんは、毎日毎日一緒に寝る時に、幸せのおまじないを聞かせてくれたよ。
「いくにがてべす」
おばあちゃん、近くの学校で、お兄ちゃんやお姉ちゃんの、ご飯を作ってるんだ。
みんな、喜んで食べてくれるから、とってもうれしいんだって。
いつでも、にこにこ話してくれた。
「いくにがてべす」だね、って聞いたら、違うんだって。
ちょっと、悲しい顔してたよ。
変なの。
おばあちゃん、とっても疲れちゃったみたい。
もう、学校で、ご飯作れなくなるんだって。
お兄ちゃん、お姉ちゃんの、ご飯は、大きな大きな車でやって来るようになるんだって。
おうちにいても、おばあちゃん、とってもさびしそう。
このごろ、あんまりお話しなくなっちゃった。
だから、僕が幸せのおまじない。
「いくにがてべす」
おばあちゃん、僕の顔見て、ごめんね、ごめんねって言うようになったよ。
なんでかな?
おばあちゃんと一緒にいると、とっても楽しいのに。
もう、げんかいだよ。
かんにんね。
って、おばあちゃん言ってたよ。
げんかい、って、なんだろう?
かんにん、って、なんだろう?
朝、起きたら、おばあちゃんが、まだ寝ていたんだ。
いつでも、いつでも、僕が朝起きると、にっこり笑ってくれてたのに。
おばあちゃん、どうしたの?
病気しちゃったのかな?
呼んでも、ゆすっても、起きてくれないよ。
僕は、泣きながら、隣りの家のおばちゃんに言ったんだ。
おばあちゃんが、病気で起きられない、って。
おばちゃん、なんか、嫌な顔してたよ。
おばあちゃんと一緒に外で会った時も、いつもそんな顔してたよ。
だから、きっと、おばちゃんは、そういう顔で生まれちゃったんだね。
だって、僕はおばちゃんの顔を見ると、なぜだか、いつも逃げたくなっちゃうんだもの。
おばあちゃんは、そんな時も、幸せのおまじないを言ってたよ。
「いくにがてべす」
知らないおじさんやおばさんが、いっぱい、おうちに来たよ。
僕は、一人で、お引っ越しをしなくちゃいけないんだって。
お友達が、たくさんいるから、楽しいところだって。
もう、おばあちゃんには会えないんだって。
でも、おばあちゃんは、お空の上から、いつも僕の事見てるんだって。
おばあちゃん、さびしいよ。
おばあちゃん、会いたいよ。
おばあちゃん。
おばあちゃん。
もう、僕は、おまじないを言えないよ。
おばあちゃんが、いなくなったら、おまじないを言えないよ。
だって、僕の世の中は、みんな、ひっくりかえっちゃたんだよ。
「いくにがてべす」
「いくにがてべす」
「すべてがにくい」