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無忘探偵の偽物暴ーニセモノアバキー  作者: 厳原玄彦
1話 てんさいスティール
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 金で買えないものはない――とはまさに戯言であり、当然ながら金で買えないものもある。あえて言うならば、金で買えるものが多すぎるというのが適切なのかもしれないが、実際のところ、この世は金が全てとも言える。人もある意味金で買えてしまう時代である。あるいは心すらも、ついでにいえば信頼すらも、金で買える場合が多くある。

 であるから、世の中に金が好きな人間が多い。金が好きだから、何でも金で買おうともするし、金が好きだから、金で買われようともする。

 しかし逆に、金が嫌いな人間はいないだろう。金が嫌いだから金を使わないという人間がいるとしたら、すでにその人はこの世にいないだろう。

 この世に金で買えないものはある。

 が、

 この世は金で回っているのだ。


 万丈目さんはそれが表面に出ているだけであり、実際僕も、五百万円を出されたら、疑いはするものの、最終的にそれをもらおうとするだろう。例えば答えの知っているクイズが出されたとしたら、当然ながらその答えを言う。それだけで五百万円もらえてしまうのだから、これほど得な話はない。そして大富豪天心先生ですらも、もらえるものはもらうに違いない。


 そして異例はなく、記館さんでも、それは同じだったのだろう。

 金に目が眩んだ――のかもしれないし、あるいは初めからそういう手立てだったのかもしれない。こればっかりは、今となっては分かり得ないことだが、ともかく、今分かっていることがあるとすれば、記館さんが僕を裏切ったということだ。

 僕が勝手に信頼していただけなのかもしれないが。

 そして驚いたのは僕だけでなく、天心先生も同じだった。


「そんな、馬鹿な」


 僕が落胆の声を上げるが、やっぱりこれも聞こえなかったみたいで、記館さんはこちらを見ることもなく、笑顔のままである。


「ククク……あっはっはっはっは!」万丈目さんが、突然高笑いをした。あまりにも皮肉めいた笑いだったため、僕は睨んだが、それは象を睨む蟻の如く、万丈目さんは気に止めるどころか気が付くことすらもなかった。

「では次の質問です」


 と、万丈目さんが言った。

 何だと? 問題は一つだけじゃなかったのか?


「合言葉はなんでしょう?」

「…………ん――合言葉、ですか。はて、どうにも、思い出せませんね」


 思い出せない。

 記館さんが、思い出せないと言った。

 これはなんだ? 何が起こっている。


「……おっけい。いいでしょう。記憶が消えるというのは本当のようですね。分かりました。信頼しましょう。いいですね、天心さん」


 天心先生と僕はかなり置いてけぼり状態で、天心先生が呆然としたまま尋ねた。


「一体どういうことなんだ?」

「俺様は試したんですよ。彼女――記館探偵の記憶の中で、俺様が〈あいことば〉の記憶を消すという前提で話を進めた。そしてそこで、問題を俺様の異名に変更することで、記館探偵を惑わせたんです。そう、ここで仮に記館探偵が嘘をついているとすれば、記館探偵は俺様が〈金積万屋〉の記憶を消したと勘違いするはずなんですよ。しかしそうではなく、彼女はそれを答えてみせた。そして俺様が実際に消した〈あいことば〉を訊ねたところ、その記憶は確かに消えていた。少なくとも俺様の中では、記館探偵の記憶消去に関しては充分信頼がおけますね」

「な……なるほど」


 僕が感心したように言ったのが、どうも変な感じだったようで、万丈目さんは試すように僕を見たけれど、僕としては飛び火もいいところで、若干目を泳がせてしまった。

 僕だって記館さんのことは詳しくないのだから、そんな警戒されても困る。

 まあ、万丈目さんも僕の慌て方がそれとは違うと判断したらしく、すぐに天心先生の方を向いた。


「天心さんが信頼できないと言うならば、それはそれでいいですがね」と、付け足すように言ったが、彼は彼で万丈目さんに信頼をおいているので、その点については問題がないとだけ言って、ようやく記館さんの信用は確固たるものになった。


「それでは、本題に入りましょう」と、記館さん。「まずはこの絵が多くの部分において、似ているということに関しては逃れようのない真実です」


 記館さんが言っている間に、すでに万丈目さんは五百万円を手に持っていた。何の文句もないのだが、もう少し遠慮というものがあってもいいと思うけれど。


「ああ、分かっています。しかし天心さんが彼の作品について、全く覚えがないというのもまた、事実なのですよ」

「はあ……まあ、それはいいでしょう」


 と、若干不満気味のある記館さんであったが、確かに、記館さんは行動によって自らの記憶の証明をしたが、天心先生自身の記憶についての信用性といえば、微妙と言わざるを得ないだろう。

 僕か、あるいは記館さんのその考えを読んだのか、天心先生は「これは真実だ。俺はそのサイトを知っているだけで、そのサイトの有名な作品すら一度も見たことはない」と弁解した。これの信用を得る方法もあるにはあるのだろうが、そこまでしているとキリがないので、ここはある程度妥協するしかないのだろう。


「では、そうですね。天心先生が盗んだという、物的証拠でもない限り、証明はできないということでしょうか」


 記館さんがそう言ったところで、僕はあることに気が付いた。

 それは最初の――この最強の万屋がいなかった時の……。

 そう。物的証拠。


「あの! っと、ええっと、それ……僕のPCの、そのサイトに、評価してくれている人がいて、その人が……」


 言葉よりも実際に見せた方がいいだろうということで(喋りもめちゃくちゃだったし)、僕は天心先生の前にあるパソコンを取って、万丈目さんと記館さんに見せた。

 そうして再び、さっきと同じ画面を映す。ちなみに、僕がこれを証拠と断言できるのは、このサイトの本質にある。


 このサイトに登録する上で、住所、身分、電話番号、と、個人情報を多く登録しなければならない。ここまではまあ、普通。そして、最もこのサイトの特徴とも言えるのが(短所とも言えるが、この場合は長所)、登録名公開システムだ。なんと、絵を公開するのにも、評価するのにも、本人の名前が出てくる。というのも、最初にPCに登録した名前が表示されてしまうらしい。一体どうやってそんなことをやっているのかは不明だが――大概の登録者は、だからそれを覚悟してこのサイトを利用している。


 ただ実際のところ、案外セキュリティが強く、実害が出ている人は数少ないらしい。そういう自信があるからこそ、こういった機能を利用しているのだろう。

 そしてこの機能は、つまり、成り済ましが極端に減るという利点がある。

 その利点こそが今回、証拠として上手く働いてくれているである。

 ……そういえばこのPC、一度追い出されたときに忘れていたけれど、あのまま引き下がっていたら、こんなところにおいていくところだったな。おそらく返してくれはするだろうが、僕としては、こんなことでもない限り、二度とこの異様な空間に入りたくはない。


「いやいや」と、失笑する万丈目さん。「これは確かにそうですけれど、そんなことはすでに分かっていますよ。問題は天心さんがこのサイトを見ていたかどうかで、この見知らぬ人の言葉は何の証拠にもなりませんよ」


 ああ――確かにそうか。

 天心先生が苦い顏をしていただけに、これは中々決め手になると思っていたけれど、万丈目さんからしてみれば、馬鹿馬鹿しい話なのだろう。

 記館さんも、まるでこんなもの無かったかのように考え事をしている。

 何だか本当に裏切られた気分だが、これは自分のせいだということで、ひとまず立ち直った。


「とりあえず、この部屋を色々調べてもよろしいでしょうか?」


 記館さんが提案した。


「構わないが、絵には触るなよ。余計なことをされてはたまらんからな。できる限り、何にも触れないようにすることだな」

「分かりました。気を付けましょう」


 言って、記館さんは早速とばかりに部屋を歩き始めた。僕のリビングよりも断然広い部屋だが、豪邸という前提で考えると、まあまあの広さをもつ部屋であるが、しかし僕としては、天井すらも絵でできているものだから、例え広くとも窮屈と思わざるを得ない。

 五分ほどか、十分ほどか、正確な時間は分からないが、捜査というにはあまりにも早すぎる時間で、記館さんは歩くのをやめて、僕の隣に座った。それも、捜査といいつつも、天心先生の言いつけを守ろうとしたのか、絵どころか机の上のものすらも、全く触れなかったのである。素人の僕からしてみれば、ただの散歩にしか見えなかったわけだけれど、これはさすがに、万丈目さんから見てもかなり奇怪な行動だっただろう。万丈目さんが不審そうに見ているのが、それを表している。

 それでも、記館さんはすでに終わったとばかりに休んでいる。


「あの……何か分かりました?」


 小声で訊いてみると、記館さんは笑顔を見せた。


「いいえ、全く」

「…………」


 意味がない――ということだろうか。

 確かに、よくよく考えてみれば、天心先生がこの部屋にそんな証拠残しているわけもないのだ。少しでも証拠が残っていそうな部屋があるとすれば、天心先生は僕らをそこに入れないだろう。

 だったら、記館さんのさっきのあれは、ただの鑑賞もいいところだったというわけだ。


「これ以上進展がないようなら、どうしようもないですよねえ」


 万丈目さんが、皮肉を混ぜて言った。とはいえ、実際そうなのだし、一体記館さんが何を考えているかなんて検討もつかないけれど、このままじゃあ駄目だというのは僕にでも分かる。

 記館さんは少し考えてから、天心先生を呼んだ。


「これから天心さんに色々質問させて頂きますが、よろしいですか?」

「ふん。別にかまわんが、俺が答えると思うのか?」

「ええ、承知の上です」


 天心先生は恐らく何一つとして、答えるつもりはないだろう。ここは法廷ではないので、勿論のこと、嘘すらも言っても構わない。正直、この質疑応答――応答ではなく無答――に何の価値も感じられない。むしろ得られる情報があったとしても、真か偽かで、余計に問題は難化していくようにも思えた。

 けれども、この考えも、僕は素人である以上、的外れなのかもしれない。


「では――絵は好きですか?」

「…………」

「絵に関して、何か疑問を感じたことは?」

「……………………」

「好きな食べ物はなんですか?」


 淡々としたやり取りから、突然天心先生が眉を細めた。


「何だその質問は?」

「ただの質問です」


 記館さんは相変わらずで、真剣に質問しているようだった。


「……ないな」


 ここで初めて天心先生が答えたが、しかしこれほど無駄な応答はないだろう。天心先生からしてみれば、無駄だからこそ、答えたのだろうけれど。


「分かりました。いいでしょう、質問は終わりです」


 この一連の行動に、誰もが困惑しただろう。ただ黙って見ていた万丈目さんも、おそらくそうすることしかできないくらいに、記館さんの行動が読めないのかもしれない。万丈目さんが何を考えているか、それも僕には分かりようもないけれど、記館さんはもっと謎めいているということだけは違いなかった。一体何がしたいのか――という疑問が、僕の中で残り続けた。

 と、ここで万丈目さんが遂に、ソファから立ち上がった。


「さあ、今ので何か得られたというのであれば、ここで言ってください。ないのであれば、このまま帰っていただこう」

「はあ……」と、気の抜けた返事をする記館さん。


 これはほぼ、というか間違いなく何も得られなかったことと同義である。

 無論、万丈目さんに容赦などあるわけもなく、座っている記館さんと僕を無理矢理持ち上げた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 横暴すぎませんか?」


 僕は声を荒げたが、万丈目さんはそれを冷酷に流した。


「正直付き合いきれないんですよ。先ほども言いましたが、我々はあなた方ほど暇ではないんです。特に天心先生は、これから仕事もいくつかあるでしょうし、このままずるずる長引かせるわけに行かないんですよ」


 なんて理屈っぽい言葉を並べながら、万丈目さんは僕と記館さんをぐいぐいと押し出した。記館さんは困惑した表情……というより上の空といった感じで、何の抵抗もせずに部屋を出たものだから、僕もついていくしかなく、ほぼ不可抗力といった具合で締め出された。

 扉がゆっくりと閉まって、最後に天心先生が笑っているように見えたが、気のせいだろう。


「ちょっと……記館さん」


 これには僕も不快な感情を抱いた。

 相手が横暴なのは確かに不当であったが、であればこそ、あそこは抵抗するべきだったのだ。記館さんは女性で、万丈目さんの締め出しに耐えきれたかといえば、そうではないにしても、そういう抵抗を見せることは大事なはずだ。

 これでは、敗北を認めて出ていったようなものである。

 今度も部屋の奥から何か話し声が聞こえたが、何か作業をしている音もあり、加えて言えば、もう聞き耳を立てる気分でもなかったので、聞き取ることはできなかった。

 それよりも、だ。


「何か分かったんですよね?」

「はあ――いえ、それが……」

「何も分からないまま出ていったんですか!? もう……勘弁してくださいよ。結局あの質問の意図も分からないし――というか、部屋を調べるならちゃんと調べてくださいよ! どう見たって、あれは鑑賞しているだけにしか見えませんでしたよ。絵には触るなとは言われましたけど、机とか、あの辺は調べてもよかったのに……」


 ほぼ八つ当たりだった。

 いや、間違いなく八つ当たりだった。

 探偵という、調査のプロとも呼べるだろう彼らに対して、僕が口出ししていいわけがないのだ。

 ああ、きっと、嫌われる。嫌われる? いや、嫌われてもいいが、否、いいわけではないでもないが、この仕事を放り出されるのが一番最悪のケースだ。僕はこの問題に、どうしても天心先生に認めさせたいのだ。

 絵が盗作された――という問題は、見逃してしまえばそれまでだが、だったらそれでいいのだろうか。

 あるいは陽の目を浴びない僕の作品が、少しの違いはあるものの、天才芸術家が世に出してくれるとすると、おそらくいい評価が得られるだろう。少なくとも、僕の作品よりは、間違いなく評価されるに違いない。


 じゃあ、それを許してしまっていいのだろうか。それじゃあまるで、僕は彼のゴーストペインターもいいところだ。それでもいいという人も、世の中にはいるかもしれない。が、僕は違う。僕の作品は高評価三人という結果が出ている。これ以上でもこれ以下でもないのだ。天心先生の作品として評価されるそれは、僕からしてみれば工作と思ってしまうほかない。

 このまま引き下がるわけにいかないのだ。

 でも、さっきの言葉で、きっと記館さんは不快な思いを抱いただろう。もう、取り返しはつかないかもしれないが、ひとまず謝って――

 が、記館さんの顏は、不快というよりは、疑問の顏だった。頭にクエスチョンマークが浮かび上がっている。


 ここで、記館さんがとんでもないことを口に出した。


「それなんですけれど、私、あの部屋を歩いて調べました?」

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