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無忘探偵の偽物暴ーニセモノアバキー  作者: 厳原玄彦
3話 なりすましモンスター
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エピローグ

 帰りの車は、少し空気は重く、気も重かった。

 記館さんの家は、ナビで検索して、後はそれに従うように進むだけで良かった。記館さんは寝ることこそしなかったものの、車の中は静寂が続いた。

 その空気に耐えられなかったのか、それとも本当に知りたかっただけのか、僕は思わず記館さんに訊いた。


「記館さん。どうして壊破さんは、わざわざ一万円を盗んだと思います?」

「……カモフラージュ、ですかね」


 万丈目さんもそう言っていた。


「何のカモフラージュだったんでしょうか」

「……実は、米野上さんの家を歩き回っているときに、見つけたんです」

「何を?」

「娘さんの仏壇です」


 信号が赤になり、僕は車を停止させる。


「そこに、何かあったんですか?」

「いいえ……でも、実はこっそり万丈目さんに、その娘さんの写真を調べてもらったんです」

「……そしたら?」


 何となく、分かった。


「そしたら、ばっちり、兎々多さんの指紋がついていました」


 これに、一体どういう意味があったのかは分からない。

 二つ目の証拠としてつけたのか。

 罪滅ぼしとして写真を見ていただけなのか。

 それとも、米野上さんの娘にだけは、恨まれたかったのか。

 僕は、もう考えるのをやめた。


 時刻はもう、〇時を回ってしまい、記館さんには申し訳ないことをしたと思っているが、彼女はきっと、はやくこの事件を解決したかったから、むしろ今日中に解決できて良かったと、思っているのかもしれない。

 それからしばらくして、ようやく記館さんの家――というより事務所に着いた。無謀探偵事務所を直で見るのは初めてだったので、少し感動したものの、暗い上に僕のテンションもそこまで高くなかったため、ノーリアクションになってしまった。


「それでは送っていただき、ありがとうございました」

「こちらこそ、こんな夜中まで仕事をしてもらって、感謝しています」


 どちらも深々と頭を下げたところで、僕が車を発進させようとすると、


「…………あっ、ちょっと待ってください」


 と、記館さんが僕を引き留めた。


「なんですか?」

「少し、言いづらいのですが――」記館さんはもう一度、今度は頼み込む形で頭を下げた。「私の記憶から、神梨さんのことを消していただきたいんです。体に触れて、あの方法で」


 万丈目さんがやっていた、あの方法。


「……な、なんで――」

「分かっています。本来、人の記憶を消すべきではないことも分かっているのですが……その、何と言いますか――神梨さんはもしかしたら、私のせいで事件に巻き込まれているのではないかと、思っていまして」


 記館さんの目が泳いでいる。

 僕も困惑していた。記館さんの中から、僕が消えてしまうことが、嫌だった。当然だろう――誰だって、人には忘れられたくない。それを、自分の手で忘れさせるというのだから、馬鹿げている。


「できません」

「私は、神梨さんとこれ以上関わるべきではないんですよ。四回――四回も私たちは、共に事件を解決してきました。だからこそ、一般人を四回も巻き込んでしまったのは、紛れもなく私の責任なんです。私には〈絶対記憶〉以外にも、そういう力があるのかもしれません」

「できません」

「私の気持ちにもなってください!」記館さんは怒鳴った――が、すぐに冷静になる。「……すいません」

「できませんよ」

「どうしてですか?」

「僕は、楽しかったですよ。そりゃあ、事件に巻き込まれるのは大変ですけれど、記館さんを呼べると思うのは、少し嬉しかったりするんです。記憶を消されたり、罠を張られたり、泥棒したり、怒鳴ったり――記館さんの推理を見るのも、楽しかったんですよ」


 本音をぶちまける。

 僕は消されたくない。

 彼女の記憶から、僕はいなくなりたくない。


「私は、辛いです」

「一つ足せば、幸せになります」


 屁理屈を言ってみせた。


「ふふふ。あなたは人を引き留めるのが下手ですね」

「そうですね――何せ、素人なもんで」

「では、プロになれるといいですね」


 記館さんは大きく息を吸って、吐いた。


「……分かりました。だったら、二度と忘れません。この〈無忘探偵〉の名に懸けて、神梨ねんとさんのことは絶対に忘れません。たとえ記憶が消されようとも、私はずっと覚えています」


 彼女は笑って、頷いた。

 僕も頷いたが、思い直して、車から降りる。


「どうしたのですか?」


 記館さんの言葉を耳に入れず、僕は記館さんの肩に触った――そして、離す。


「……何をしたんですか? 神梨さん」


 よし、成功。


「何でもありませんよ。それじゃあ、さようなら。記館さん」

「……? ええ――さようなら」


 これで、僕の記憶は消えることがなくなった。

 記館さんの中から、僕は残り続けるだろう。


 だって――

 記館さんは、自分の記憶が消せることを、忘れてしまったのだから。


 そして僕は、思い返す。


 ゴーストペインターを使って、世の中を騙してきた画家。

 色恋沙汰で、幸せだった恋愛を壊された女の子。

 誰にも恨まれずに、誰も恨めずに生きてきた化物。

 金に溺れて、どんな仕事も請け負う万屋。

 どいつもこいつも、どうしようもないくらいに偽物。物語の犯人にすらなれなかった偽物共。


 そして〈無忘探偵〉記館創子。

 無忘と言いつつ、記憶を失くす彼女もまた――

 偽物。


 この物語は、偽物の、偽物による、偽物のための、偽の物語。

 暴いたのは、無忘探偵だ。


 終


これにて無忘探偵の偽物暴は完結です。

ここまで見てくださった皆さん、本当にありがとうございました。

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