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無忘探偵の偽物暴ーニセモノアバキー  作者: 厳原玄彦
3話 なりすましモンスター
30/32

10

「私が犯人……? どうしてそう思うんです?」

「簡単ですよ。あなたのアリバイ証明さえ崩れれば、犯人は兎々多さん、あなた一人だからです」

「そこです。確かに、私とねんと君がマンションを出た時間は十分ほどズレがありました。そして、米野上家まで走っていけば、往復十分もかからないことも、まあ認めます。だとしても、不可能である理由がいくつもあります」


 僕も意気揚揚と、壊破さんを犯人だと断定したものの、良く考えてみると、確かに不可解な点が多いのだ。

 不可能な点が多い。


「まず犯行した時刻が十時から十一時の間だとすると、人の目が気になる。走っている人間なんて見つけたら、不思議に思う人がいてもおかしくないはずです」


 壊破さんは落ち着いて反論する。


「ついで、家の侵入に関しても同じ。侵入法は置いておくとして、米野上さんの道には大抵、人が通っています――泥棒なんてしようとしている人がいれば、すぐに見つかってしまいます」


 その通りだ。

 それなのに、目撃者がゼロというのは、おかしな点だ。米野上さんの家は、米野上さんだけの一人暮らしなので、親戚でもない限り、あの家に入ることはないだろう。

 それに、それならばインターホンを押す姿が確認されてもいいのだ。だが、現実は、米野上家に立ち寄ろうとした人を見たという人間がいない――だ。


「目撃者はいた可能性があります。あえて警察に協力しないで……いや、そもそも、米野上家が一人暮らしであることを知らない人が見かけたという場合もありますからね。そうだとしたら、何も不思議ではないでしょう」


 と、記館さんは否定した。

 だが、これは的外れな意見だ――何故なら犯人の思考ならば、そもそも人に見られるわけにはいかないからだ。犯行時に目撃者が、米野上家の事情を知らない人という希望的観測に賭けてしまうのは、あまりに不用心すぎる。


 もし誰かに見られたとしたら、その犯人は、泥棒行為をすぐにでも止めるだろう――泥棒行為に移る前に、止めているはずだ。


「ですが」記館さんは言う。「目撃者がいないと言われている以上、目撃者はいなかったのです――そもそも、ここまで練られた犯行で、最も愚かとも言える発見されるなどというミスを、犯人がする可能性は極めて低いです」

「だったら、余計に私が犯人ではない証明になりますよ」

「いいえ、むしろあなただからこそ、可能だった犯行になります」


 壊破さんだったからこそ。

 壊破さんにしか出来なかった手口。


「自殺ですよ」

「は……い?」


 と、指差警部が首を傾げた。恐らくすでに、壊破さんが自殺を試みていたことは知っているだろう。ならば、驚いた点はそこではない。


「順序良く説明していきましょう」無忘探偵は取り調べ室を歩き回り始めた。「そもそも、神梨さんがアリバイ証明できたのも、兎々多さんの自殺未遂によるものです。自殺を止めようとした神梨さんのおかげで、兎々多さんはアリバイを証明できたも同然だった」

「じ……自殺が、アリバイ証明のためだったと?」


 指差警部の声は震えていた――当然だ。なんて馬鹿げた話なのか。自殺未遂をすることがアリバイを作る作戦だったとするならば、本当にそれは、人の心を弄んでいるとしか思えない。


「さらに、マンションのベランダから落ちようとすれば、自然に人は集まってきます。野次馬ですよ。彼らは面白いほどに、群がりますからね。そして恐らく、人が人を呼ぶ――いいえ、野次馬ですから、馬が馬を呼んでいるのでしょうかね」


 と、記館さんは笑った。

 壊破さんは笑わない。


「あっという間でした。あなたの真下には写真を撮ったり、あなたを適当に止めようとする人でいっぱいになります。そこで、神梨さんが騒ぎに気付き、兎々多さんを止めようとしました――これは本気だったのでしょうか」


 僕は何も言わなかったが、思いは伝わっただろう。

 あれは本気だった。紛れもなく、僕は本気で壊破さんの自殺を止めようとしていた。


「そして、兎々多さんは神梨さんの話を聞きながら、探したんですよ」

「探した? 何を?」


 指差警部が訊く。


「米野上さんを、探したのです――あの人が野次馬の中にいないかを、探しました」


 そう言えば、壊破さんは最初以外、ほとんど野次馬を見ていた。あれは彼らを馬鹿にしているのではなく、探していただけだというのか……。僕は気が動転していて、壊破さんの目の動きなど見る余裕もなかったが。


「そして見つけた。写真を撮っていたか、止めていたかは知りませんが、米野上さんを見つけました。後は簡単です。警察が来る前にこっそりと自殺を止めて、神梨さんと一緒に行動することを約束し、後は十分の間に犯行に移るだけです」

「だから、それなら人の目につきますよ」壊破さんは下を向いたまま言った。

「つきませんよ――何せ、近くに住む人たちは、皆一箇所に集まっているのですから」

「あ……そっか」


 イベントがあった。

 昼間には――自殺を試みている人間がいる、最悪のイベントがあったのだ。

 花火大会のように。

 自殺があった。


「見事でしたよ。これでアリバイも成立。そして自分は自殺しようとしていた人間です。仮に、衣類に指紋が付着したところでアリバイがあるのだから大丈夫大丈夫! いいや、これすらも作戦だったのかもしれない――罠に嵌められた哀れな被害者を演じた! 裁判になれば神梨さんを呼べばいい! 自分は自殺しようとしていたんだ、犯罪なんてするものか!」


 記館さんは声を荒げていく。


「野次馬の馬鹿どもはこのことに気付いていない! むしろ彼らもアリバイ証明になる! なんて完璧! なんて綺麗! なんて完全!」


 記館さんは歩くのやめて、


「ふざけるな!」


 と、叫んだ。

 静かだった警察署の空気は、凍るように固まった。


「人の気持ちを……そんなに弄んで楽しかったですか?」

「それはあなたの妄想に過ぎないかもしれませんよ。たまたま、私がたまたま、自殺しようとした日にそれが起こっただけかもしれないんですよ?」

「ありえません」

「理由は?」

「あの事件は、人の目に入らないことが絶対条件でした。米野上さんの家は、まさに要塞です。どうしてあそこだけ人通りが多いのか、調べたんですよ――そしたら、あそこはスーパーに行くにも、駅前に行くにも、通る道だったからです」


 昼間から買い物に行く人々が、ふとマンションを見たとき、自殺しようとしていた。気になるから同じく昼が暇な友人を呼ぶ。それの連鎖で、米野上さんも呼ばれた。それの連鎖で、米野上家の前を通る人はぐんと減った。

 必然的に、人為的に。

 壊破さんは、しばらく下を向いていたが、そのうち顏を上げた。


「フフフ……アッハッハッハッ! ハッハッハッハッ!」


 笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い、笑い。

 笑い。

 笑い。

 笑う。

 壊れたように。

 破れたように。

 破壊されたように。


 壊破さんは、


 化物の如く――笑った。

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