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無忘探偵の偽物暴ーニセモノアバキー  作者: 厳原玄彦
3話 なりすましモンスター
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 というわけで解決編――らしい。

 場所は取調室で行われた。勿論、扉は開けている。

 そしてそこには四人――壊破さん、指差警部、僕、そして記館さんが、それぞれ用意されたパイプ椅子に座っている。壊破さんの前に記館さんが、左に指差警部、右に僕がいる形だ。つまり僕の前には指差警部がいる。

 時刻は十一時前。

 最初に切り出したのは、壊破さんだった。


「私の無罪を、ここに証明したい」

「どういうことだ?」と、指差警部が聞く。

「私の指紋が、米野上さんの家にあった理由です。どうしてですかね。確かに僕は、米野上さんのことは知っていますし、家にも行ったことはあります。だからこそ、僕の指紋が残ってもおかしくないという考え方はできないものでしょうか?」

「だったら他にも残っているはずです。おかしいのは、荒らされた衣類の中の、一つだけに付着していたことなんです」


 と、何度も同じことをやったかのように、気だるそうな顏で指差警部は反論した。


「そうですよね……だったら――」

「むしろそこなんですよね」と、記館さんが壊破さんの言葉を遮って言った。そして続ける。「明らかに意図的なものなんです。明らかに犯人を特定させるつもりで、残したものとしか思えません」


 壊破さんはそれを言いたかったとばかりに、記館さんの意見に頷く。

 意図的に仕組まれた罠。

 壊破さんを犯人に仕立てあげるための罠。


「そして、兎々多さん。指紋を誰かに渡した記憶はありますか?」

「……警察、くらいです。以前、事件に巻き込まれた時に、その場にいた皆の指紋を取っていたので」


 成程。まあ、そんなところだろうとは思っていたが、やはり壊破さんの指紋を警察が知っている理由はちゃんとあったみたいだ。


「ふむ――まあ、知らず知らずのうちに指紋を取られていても、おかしくはありませんので、とりあえず、それで絞り込むのはやめにしましょう」と、記館さんは言った。

 まあ、どこぞの万屋なら簡単にやってのけるだろう。


「罠……だと決めつけて、兎々多さんは犯人ではないとするんですか?」


 指差警部としても、やはり物的証拠を疑うのは気に喰わないようだ――それに、罠というのも、あくまで可能性に過ぎない。


「いえ、罠と決めつけて推理するのはよくないです。だから、指紋の件はとりあえず保留です」

「でも、他に重要な手かがりなんてあるんですか?」


 僕が記館さんに訊くと、壊破さんが口を挟んだ。


「アリバイです! 私にはアリバイがあります」


 そうだ。

 僕がそのアリバイを証明したのだった。

 壊破さんは自殺未遂からずっと、犯行予想時刻まで僕と二人でいた。これは揺るぎない真実のはずだ。


「そうですね。私は、依頼人である神梨さんの言葉に嘘はない、と信じております」


〈私は〉という言葉が気に喰わなかったのか、指差警部は言う。


「俺も、彼の言葉は真実だと思っています。ですが、それ以上とも呼べる証拠がある以上、兎々多さんを容疑者にするしかないんですよ」


 この言葉こそ、警察としての言葉だろうから、指差警部自身の気持ちまでは分からない。向こうからすれば、僕も、さらに言えば記館さんすらも、敵に見えているのかもしれないのだ。


「はい?」と、記館さんが首を傾げた。「私はそんなこと、一言も言っていませんよ。〈俺も〉だなんて、それじゃあまるで、私もそう思ってるみたいじゃないですか」


 それは指差警部は勿論のこと、僕と壊破さんすらも、彼女の言葉に顔をしかめた。


「だ、だって、さっき――」


 と、僕が言うと、記館さんは少し笑ってから、


「私は〈神梨さんの言葉に嘘はない〉と言ったのですよ」


 そんなことは分かっている。記館さんの滑舌はいい方だし、警察署内は静かだから、聞き間違いがあるとは思えない。


「だから、それは俺も同じですと……」

「神梨さんはフリーターです。コンビニでバイトをしています」


 と、記館さんが突然、僕の経歴について語った。壊破さんは知っているから、別にいいのだが――無論、指差警部も知っているだろう。


「神梨さん、これに訂正はありますか?」

「は、はい。その通りですけど」

「そうですよね。私は嘘を言っていませんから――ですが」記館さんは真剣な顏で、僕以外を見る。「〈真実〉は言っていません」

「……〈嘘〉は言っていない、ですか」と、指差警部が言う。

「その通りです。この場合の真実とは、〈神梨さんはコンビニでバイトをしながら、ネットで絵師の活動をしている男性〉です」

「それと、さっきの何が違うんですか?」


 僕の状況を余すことなく伝えているのはいいとしても、記館さんの言っている意味が良く分からなかった。


「簡単に言うと、全ては語っていないということです」


 全てを語っていない――嘘は言っていない。

 全てを語る――真実を言う。

 成程、それは確かに、そうだ……が。


「でも、それじゃあ、僕の言葉は真実ではないということですか?」

「ええ、すみませんが、そういうことになります」

「何が……一体何を、まだ僕は言っていないんですか?」


 それは周囲から見れば、あまりにも馬鹿げた質問に思われるだろうが、しかし僕は本当に分からないのだ――僕が何を隠しているのか。


「兎々多さんと神梨さんは、その時間帯にずっと一緒にいたわけではなかったということです」

「…………」


 僕は黙ってしまった。だからというわけではないが、壊破さんが訊く。


「でもそれは、〈嘘を言っている〉ことになりますよ。ずっとではないということは、ねんと君……神梨君の言葉とは違います」

「白飯を食べていて、茶碗に二粒――いえ、五粒ほどでも、残っていたとします。無論、一粒残らず食べてしまう方もいると思いますが――」


 記館さんは笑顔を見せる。


「――全部食べたと言っても、それは〈嘘〉ではありません」


 その例えには納得いったとしても、彼女が何を言おうとしているのか、僕にはまだ分からない。

 その気持ちを察したのか、記館さんは立ち上がって言った。


「つまり、壊破さんと神梨さんは、午前十時から午後二時までの間――一緒ではなかった時間が、僅かながらあったということです――およそ、十分ほど」

「十分……」


 僕には、心当たりがあった。

 というより思い出した――否、それも違う。忘れてなどいなかった。

 それこそ、多少のご飯粒を残しても、食べ終わったというように――思い終わっていた。

 そして今、思い始めただけだ。


「実は警備員の方から聞きまして……壊破さんが出てから、こそこそと十分くらいずれて神梨さんが出ていくのを見た、と」

「十分程度が、どうしたって言うんですか?」


 壊破さんが訊いた。

 僕はすでに嫌な予感がしていた。

 僕もすでに、確信してしまった。


「十分あったら、マンションから米野上家へ行き、泥棒をすることができます」


 記館さんが僕を見た。

 おそらく、僕の前で言ってしまっていいものか、悩んだのかもしれない――あるいは、壊破さん自身から言ってほしかったのかもしれない。

 だから僕は、記館さんに代わって言った。


「あなたが犯人だということです、壊破さん――兎々多壊破さん」

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