8
最初に、僕はすぐに米野上家で起きた事件を思い出した。だから、小学生の頃から使っている箱型の貯金箱を開いて、中を確認する――無事だった。ならば財布の方は、と調べると、そこにあったはずの、確実にあったであろう一万円札がなくなっていたのだった。
「……どういうことだ」
いや、どういうことも何も、ありえない話ではなかった。壊破さんが犯人ではない以上、まだ真犯人は自由に動けているのだ。壊破さんを陥れた真犯人が、壊破さんと話している僕を見て、泥棒しようとしたって、何の不思議もない。
あるいは――これは挑戦状。
記館さんを見ると、この惨劇を見てもなお、ニコニコとしている。しかし調査をしようとしているのか、米野上家への泥棒の時に使った軍手を再びはめた。
にしても、一体何が目的なのだろう?
今回もまた、衣類には壊破さんの指紋がついているのだろうか――いや、それはないだろう。それが見つかれば、現在、囚われの身にある壊破さんは、必然的に無罪ということになる――警察がアリバイ証明をしているのだ。壊破さんに罪を擦り付けたいというのであれば、元の木阿弥だ。ならば、これは挑戦状のようなものだ。
「犯人が分かりました」
と、記館さんが笑顔のまま言った。
「本当ですか? それは頼もしいですけれど」
しかし、記館さんにしては手順を省き過ぎな気もした。彼女ならば、まるで僕を試すように、順序良く説明していくだろうに、しかし今回はあっさりと犯人を宣告するところから始めようとしている。
「犯人は――」記館さんの右手にある人差し指は、僕の前を通り過ぎて、彼女自身を――つまり記館さんは、記館さんを指した。「――私です」
「……はい?」
「ですから、これは私がやりました」と、今度はその右手で、着ている赤コートのポケットから一万円札を取り出す。「ほら、これが動かぬ証拠です」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! どういうことですか!?」
意味が分からない――だって、だってそんなことは、
不可能じゃないか。
不可能。
絶対に無理なのだ。記館さんによる犯行が、できるわけがない。僕が記館さんと共に、米野上家に泥棒に行く前までは、間違いなくこの事態は発生していなかった――さらに言えば、僕の方が部屋を後に出て、鍵を閉めたのも僕だ。そしてそこから先は、ずっと一緒に行動していたのだ。
「いいえ、違います、神梨さん。確かに目的――つまり泥棒するところは確実に私といました。しかしどうでしょう、その後は、どうでしょう?」
「そ、その後……って、でも、あ――」
帰り道も記館さんと一緒だった。
だが。
帰るまでは別れていた。米野上家から最初の角までは別れていた。
時間にしておよそ十分。
「でも、それって……、だって――」
「まあ、落ち着いてください。手順は簡単ですから」
記館さんはそう言って、説明をし始めた。
それは本当に、至極簡単なものだった。
まず先に米野上家から脱出した記館さんは、走って僕の部屋の前まで行った。そしてあらかじめ用意しておいた針金で、部屋の鍵を開ける――夜九時の上、さらに花火大会で人はおらず、おまけに花火の爆音で何をしているのかも、耳では分からない。針金での開け方は、どうやら万丈目さんに教えてもらったらしい。
そして家に侵入した時点で、まだ五分程度しか経過していない。後は軍手をはめて服を散らかし、僕の財布から一万円札を取ればお終い。
これから泥棒しようというのに、誰が財布を持っていくだろうか――という話だ。いや、仮に僕が持っていこうとしても、記館さんはもっともらしい理由をつけて、財布を置いていかせただろう……。記館さんほどの記憶力がなくても、財布の場所は出掛ける前から動くわけもないので、見つけるのは簡単だ。
そしてやり遂げたら、すぐさま部屋を出て、針金で鍵をかけて、走って米野上家付近まで行った。さすがに十分では不可能だとも思ったが、記館さんいわく、マンションから米野上家まではショートカットがあり、実は僕でも往復六分程度らしい。
「だから僕が必要だったというわけですか……」
記館さんは頷いた。
まんまと、記館さんの罠に嵌ったというわけだ。
しかし、ならばこの行動は、推理にどう役立つというのだろう。まさか、真犯人の犯行は、実は夜中に行われていたということだろうか。
「その辺は、この事件の始まりである兎々多さんにも、話を聞いてもらいましょう」
と、記館さんは言った。
今日もすでに夜十時を回っているので、一旦解散となり、また明日の朝に、壊破さんと面会することになった。随分と長い間、壊破さんに会っていない気もして、ただの二日会っていないという事実には驚きを隠せなかった。
記館さんが言うのだから、もはやそれは犯人特定したも同然なのだろう。
最後に、記館さんは責任として、一万円の返却、および泥棒行為に至ったために依頼金はなしということになり、僕はそれに若干の抵抗を感じたため、その一万円はいらないと記館さんに半ば無理矢理で受け取らせた。それから、二人で散らかった衣類を片付けている際に、僕の携帯から音が鳴った。
美笑ちゃんかなと思ったが、しかし画面には〈指差警部〉と書かれていた。
「出ても構いませんよ、ここで」
記館さんは遠慮せずにどうぞという感じで、服を畳んでいる。ならここは、少しお言葉に甘えて出よう。
「もしもし」
『あ、もしもし、良かった。まだ起きていましたか』
「どうかしたんですか? それこそ、こんな夜遅くに」
『兎々多壊破さんがね、君に会いたいって言って聞かないんですよ』
壊破さんが、そんなことを言っているのか。
しかしこれは、むしろ都合がいいのではないだろうか? 記館さんさえ問題なければ、今日中に事件が解決する可能性もある。
「ちょっと待ってください……あ、ちなみに、もし今から行くとして、もう一人関係者を連れてきてもいいですか?」
『……一体誰かを教えてくれますか?』
これは教えてもいいのだろうか、と記館さんを横目で見ると、彼女は笑顔で頷いた。記館さんも事情は概ね掴んだようだ。
「無忘探偵、記館創子さんです」
『……探偵、ね。構いませんよ』
そういうわけで、僕と記館さんは部屋の片付けを早く済ませて(彼女は責任を感じているのか、全く手を抜かなかった)、留置所の方ではなく、警察署に向かうことになった。
道中は僕の車で行くことになり(運転は僕)、着くまで二人とも無言だった。気まずいとかそういうのではなく、ただ僕としては、推理中の彼女を邪魔するのはいけないだろうと思ったからだ。
ただ残念ながら、記館さんは途中、寝ていたところがあったので、その心配は無用だったわけだが。
「すみません! 本当にすみません!」と、警察署に着いたところで起こすと、そう言う風に謝っていた。
記館さんはかなり頑張ってくれているので、僕はむしろ休んでくれると助かると思っていたくらいなのだが、まあ記館さんに謝れるのも悪くない気分だったので、あえてそのことは言わなかった。
そして記館さんは顏を両手で叩くと、言った。
「それでは解決編と参りましょう」




