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無忘探偵の偽物暴ーニセモノアバキー  作者: 厳原玄彦
3話 なりすましモンスター
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 探偵が犯罪との境界線ギリギリを行くことは、実はよくある話だろう。弁護士にしたって、つまり人のために身を削る仕事をしている人間は総じて、そういう境界線に立ったことがあるはずだ。

 しかし記館さんは言った。


「泥棒しましょう」と。


 それは間違いなく、紛れもなく、絶対的に犯罪行為だ。しかしそれならば、僕だってしようとしたし、最強の万屋にやらせようともした。これは百歩譲っていいとしても、まさにその時間帯が問題なのだ。


 夜九時になれば、確かに人気はなくなるが、おそらく米野上さんは家にいるだろう。そうなれば、全く参考にならない気がする――だとすると、ただの犯罪行為に走るという無駄にリスクを背負うことになるのだが。


「大丈夫ですよ。むしろこの時間だからこそ、得られるものもありますから」

「記館さんが言うなら、信じますよ――では、頑張ってください」

「何を言っているんですか? 神梨さんもです」


 やっぱりそうなるのか……僕としては、できる限り犯罪行為は避けたいところだったし、僕があの家に行く理由は、すでにもう失われている。万丈目さんでも無理だったのだ。今更どうしろというのか。


「この作戦にはあなたが必要なのです。どうかお願いします」


 記館さんは頭を深く下げた。

 さすがにそこまでされたら、僕も断れないので、仕方なく承諾した。

 というわけで、僕らはあっさりと夜の米野上家前に辿り着いた。今度は記館さんも僕に合わせてくれたが、それでも五分とかからなかった。

 昼のように、常に人が歩いている様子はなく、周囲はしんとしていた。


「この時間なら、ある程度の窓も閉まっているでしょう」

「……本当に米野上さんには秘密なんですね」

「そうでなければ、泥棒する意味がありません」と、記館さんは玄関前のドアから入らずに、横の塀を乗り越えて中に入っていった。


 女性なのに、わりとアクティブな人だ。

 まあ僕も後を追いかける形で、塀を乗り越えた。


「何だかわくわくしますね」


 記館さんは少し心が躍っているようだ。


「どきどきしますよ、僕は」


 まさか自分が犯罪者になるとは、思いもしなかった。


「いえいえ、人は誰でも罪を犯しているものですよ――それがたとえ、法に触れない罪だったとしても、です」


 何やらいい台詞を言ったようだが、僕の理解力が足りないせいで、いまいちピンとこなかった。


「それで、侵入は成功しましたが、ここからどうするんですか?」


 そして二人で手分けして、鍵が掛かっていない窓を探す――が、結論から言うと、ものの見事に、一つも開けられる窓はなかったのである。


「警戒されてますね。まあ、昨日の今日ですから、防犯意識が高まるのも頷けます」

「じゃあ、どうするんですか?」

「そうですね……とりあえず、ここから外は見えないので、二人同時に出ると危険です。ですから、私が先に行って、十分ほど経過したら、あなたも脱出してください」

「分かりました」


 潔い撤退だった。確かに、この家に侵入する手段がない以上、ここはそうするしかない。


「それでは」と、まるで忍者のように塀を乗り越えて、記館さんは消えていった。

 待てと言われたので待つが、これといってすることもなかったので、もう一度開いている窓がないか確認したところ、やはり無かったので、携帯で十分経ったのを確認したのちに、僕も塀を乗り越えた。

 周囲に誰もいなかったので、やや早足で曲がり角を進むと、そこに記館さんがいた――まあこれは、そういう約束だったわけだが。


「待っていましたよ」と、暗くても分かる笑顔を見せた記館さん。

「何かあったんですか?」

「いいえ、特には。神梨さんが無事に帰ってきて、良かったです」

「それはどうも」


 記館さんの感情は、イライラしたりニコニコしたりと、変化が激しくて中々掴めない。まあ、それが探偵に不向きということではないのだろうけれど、ただそれに対応する身としては、中々辛いものがある。


 ともあれ、得られるものは残念ながらなかったというわけで、僕と記館さんは僕の部屋まで帰っていった。

 途中で花火が上がっているのが見えた――遅れて爆音が鳴る。


「そういえば、今日は花火大会でしたか」


 僕はそう言うと、少し美笑ちゃんのことを思い出した。もしかして彼女は、僕と花火大会に行きたかったのだろうか。


「だからこそ、この時間を狙ったんですけどね」


 そうか。あの花火大会は付近でやっていて、わりと伝統的な祭りだから、周辺の人が見に行っていても不思議ではない――少なくとも、いつもよりは道を歩く人は減るだろう。ならば確かに、それは合理的な判断だ。


 部屋の前まで来ても、まだ記館さんはニコニコしている――いやいっそ、ニヤニヤのようにすら思う。けれど、記館さんの考えていることなんて、前から知る由もなかったので、今更だろうと僕は思い、そのまま部屋の鍵を開けた。

 そして扉を開けると――


 僕の衣服が全て、地面に散らかっていた。

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