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記館さんとは、米野上家を出るとすぐに解散となった。僕は何もできないので、ただ彼女の行動を信じて動くしかないわけだが、しかし僕も考えようとはした。
とりあえずは、泥棒が窓からの侵入をしていないと仮定する。つまり玄関の扉から入ったというケースだ。米野上さんでもさすがに、出掛ける際に家の鍵は閉めているだろうから、必然的に合鍵か、針金を通すなどして入ることになる。
合鍵ならまだしも、針金を通して侵入となると、周囲の目線が気になるところだ。普通、針金を通して家に入る人間など誰だって怪しむ。
米野上家は広さでいうと一般的な感じで、常に道に一人以上は歩いている状態が続いているくらいには、人通りの多い住宅街の一角に住んでいる――となると、余計に不自然だ。おまけに昼間だから、人の目に入らない侵入となると、相当厳しいだろう。
そして僕が気にした、いや記館さんも気にしていただろうが、不可解な点がある。それは指紋だ。壊破さんがいつ、警察に指紋提供したことがあるのかは不明だが、それはいいとしても、その指紋が〈荒らされた衣類にだけ〉ついているということが不自然なのだ。
つまりそれは、クローゼットに触る際には手袋か何かで、意図的に指紋をつけないようにしたことになる――裏を返すならば。
衣類に、意図的に指紋をつけたということだ。
一体何のために?
決まっている――壊破さんを犯人にするためだ。
一体何のために?
分からない――壊破さんを犯人する理由が。
「ピィィィンポォォオオオン!」
突然、部屋の外から大きな声が聞こえてきた。
なんて聞き覚えのある声だ。
最強の声。
扉を開けると、やはり彼だった。
漆黒の万屋。
「なんですか、万丈目さん――ていうか、どうして僕の家知っているんですか?」
「つれないことを言うな。友人の家を知っておくのは、当然だろう?」
勝手に人の家を調べて、突然訪問してくる人を、僕は友人とは思わない。
「入るぜ」
「はあ……」
万丈目さんに逆らうのは色々と面倒なので、ここは素直に頷くしかなかった。
記館さんがやってきたときのままだったので、幸い、家の中は綺麗のままだ。まあ、この人に普段汚いとばれたところで、大したダメージはないが。
とりあえず記館さんのときと全く同じ態勢になってから、話は始まった。
「で、何の用なんですか?」
「用がないと来ちゃ駄目なの?」めちゃくちゃ上目遣いで、さらに目が潤っている。
なんだこれ。超うぜえ。
「美笑ちゃんが来たときから見ていたんですか?」
「いや、見てない。ただあの子なら、こういうこと言うんだろうと思っただけ」
もしかしてこの人、記館さんより探偵らしいんじゃないか?
……できそうではあるが、その分、依頼金の問題が増えるか。
「で、何だっけ? 自殺しようとしたんだっけ?」
「それは僕じゃありませんよ――用ってそれですか?」
何でも知っている――何でもお見通しってわけか。
「まあそんな感じだ。今回は、俺様はボランティアをしてやろうと思ってな」
「嘘ですね」
「ほう、どうして分かる?」
「あなたは金で動く人だからですよ」
一銭の価値にもならない仕事――ボランティアを、するわけがない。
「それは好印象と受け取っていいんだな?」
僕は頷いた。確かに現金な人間ではあるが、しかしその仕事の達成率は中々のものだ。金さえ払えば何でもしてくれるというのだから、人によってはかなり助かるだろう。
「でもよ」と、万丈目さん。「先日のコンビニについては、俺様はほぼ金をもらわずに動いたぜ?」
「それでも少しはもらったんですよね?」
「違いねえ」
万丈目さんは笑った。
ここで僕は、思いつく。
「そうだ。万丈目さん、やってほしいことがあるんですけど」
「へえ、どんな?」
「今から、というより日が沈むまでに、ある家に入ってきてほしいんです」
「……泥棒しろってのか?」万丈目さんは少し僕を睨んだ。
「そういうことですね」
少し間が空いて、万丈目さんはため息をつく。
「ああ、いいぜ。何を盗んでくればいい?」
「何も盗まなくていいです。侵入したら、五分ほどうろついて、帰ってきてください」
「何でそんなことを……って、ああ、いいよいいよ。了解」
何か思い直したようにする万丈目さんだった。
「それで、お金のほうなんですけど……」
「金はいい」
「へ?」
「金は結構だと言っている」
「へ?」
「金は一銭もいらねえ」
聞き間違いではない……?
そんな馬鹿な。
この人に限って!
「ねーくん、俺様のことを心の中で馬鹿にしてやがるな?」
「ねーくんはやめてください」
しかしそれは、地球が突然爆発しても、人間が生きていて、さらに宇宙を飛び回っているくらいにありえないことだった。
「安心しろ。一銭もいらねえと言ったが、一円はいる」
「いつから一円より一銭の方が高くなったんでしょうか?」
「冗談だ。本当に一銭もいらねえ。俺様が友人から金を取るような奴に見えるか?」
ここは頷きたいところだったが、しかしそうすれば話が長引くと判断したため、ここは万丈目さんの望むままにしておいた。
「よし、それじゃあ今からでも行ってくるか」
「ああ、これ、そこまでの道のりです」
と、僕は万丈目さんに地図を渡した。そもそも何故地図を持っているのかと言われると、恥ずかしい限りなのだが、僕自身、記館さんについていくのに必死で、米野上さんの家を正確に憶えていなかったからである。
「それじゃあ、自殺なんてするんじゃねーぞ」
「だから、それは僕じゃないんですってば」
「どうだろうな……その〈化物市民〉――化物は、なんで自殺未遂なんてしたんだろうな」
「前から死にたいとかなんとか、言ってましたけどね」
自殺するほどの理由があったのか。
そう言われてみれば、確かにないようにも思えた。
壊破さんは誰にも恨まれず、誰も恨まず生きてきたのに――どうして自殺なんてしようとしたのだろうか。
考え事をしているうちに、すでに万丈目さんは僕の部屋からいなくなっていた。
ともあれ、そこから万丈目さんを待つことジャスト七分。扉が開いて、万丈目さんがやってきた。
「無理だな」
「……やっぱり」
万丈目さんでも無理となると、いよいよ事件は深刻に、深々刻々と難しくなっていくばかりだ。
「人目につきすぎるし、さらに玄関の扉は針金じゃ開かない。おまけに窓は全部閉まっているときた。窓を割るにしたって、昼間だし……ありゃ不可能だな。ま、つーわけで、どっちみち金は要らなかったわけだ」
失敗した場合、依頼金は返却なのか。まあこの人は中々失敗しないからこそ、そういう条件がつくのだろうけれど。
「まあ、とりあえずありがとうございました」
「今回は役に立てなくてすまねえな。俺様としても、さすがに捕まるのだけは勘弁してもらいたいからな……金も入らない仕事で捕まるなんて、間抜けなことはしたくねえんだ」
金さえ払えば何でもやってくれる。
金を払わなければ、何でもやってくれるわけではない。
なるほど。
金――か。
「万丈目さん……万丈目さんが泥棒したとして、一万円だけ盗むとします。それってどういう理由ですか?」
「……そりゃなぞなぞか?」
「いえ、謎です」
「んー……そうだな。俺様でも一万円しか盗まねえ理由があるとすれば、それはカモフラージュのためだな」
カモフラージュ。
なら本当にしたかったことは、クローゼットの中を荒らすことだったのだろうか。
謎が謎を呼ぶ一方だ。
衣類に何故か一つだけある指紋。
窓さえ閉まっていれば入れない家。
盗まれた一万円。
そして――
壊破さんが自殺する理由。
僕は考えるのをやめて、寝ることにした。




