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無忘探偵の偽物暴ーニセモノアバキー  作者: 厳原玄彦
2話 いれかわりチケット
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 オチと言えばオチ。

 後書きと言えば後書き。

 蛇足と言えば蛇足。

 記館さんには今度こそ、最初の予定通りの金額を支払って、別れた。

 彼女は美笑ちゃんについて何も言わなかったが、最後の最後に「女性の恋は深いですからね」と言って、タクシーに乗っていった。

 あの後、美笑ちゃんの処分は、福友井店長によって下された。

 クビ――ただそれだけだった。

 美笑ちゃんも驚いていたが、福友井店長は、


「もう二度と、金を恋に絡めないことだ」


 と言っていた。

 弩頭くんはそれにつられて、理由もなく辞めていった――理由は、あったのかもしれないが、今のところ知る由もない。

 だから今、あのコンビニは絶賛バイト募集中というところだ。


「……馬鹿げた事件だったよ、本当にさ」


 僕は独り言を呟きながら、レジの仕事をこなしていた。

 すると、コンビニに客が入ってきた。

 黒いハットに、黒いサングラス、黒いスーツに黒い靴、そして黒い鞄を持った男は、何も商品を取らずに僕のところへ寄ってきた。

 アツアツの出来立てほやほやの、から揚げの注文かな――と身構えると。

 その男は僕の方へグイッと顔を寄せてきた。


「なんでしょうか? お客さん」

「…………」

「エロ本コーナーならあちらですよ」

「…………」


 ……いい加減、他人のふりをするのはやめるか。


「なんですか? 万丈目さん」

「いっっっっやぁぁああ! 久しぶりだな! か、み、な、し、ね、ん、と!」

「……あなたそんな性格でしたっけ。というか、口調がまるっきり変わっているように思うんですが」

「ああ!? 気のせいだよ、気のせい。俺様は前からこんなだった」


 俺様は変わらないのか。

 でも、その口調なら俺様も似合っている気がする。


「ていうか、今、僕仕事中なんですけど」

「知るか!」


 切り捨てられた。

 せめて悪びれようよ。

 ほら、〈ああ、そりゃあ悪かったな。また今度〉みたいな感じで帰ってくれると助かるんだけど。


「それで、何の用ですか?」

「つれないこと言うなよ相棒」


 つれないことも言いたくなるし、僕はいつから万丈目さんの相棒になったんだ。


「事件に巻き込まれたって聞いてよー」

「どっから聞いたんだ……」


 警察沙汰にもしていなければ、記館さんも広めるつもりはないだろうし、ネットにすら乗らないくだらない事件だったはずだが。


「おいおい、俺様を甘く見るなよ。この世の万事万物あらゆる事件を解き明かす、最強の万屋万丈目得々だぜ」

「長いキャッチコピーですね――それと、違いますよ。この世の万事万物あらゆる金になる謎を喰らい尽くす、金積万屋万丈目得々ですよ」

「それだと語呂わりぃだろ」


 否定しないのか……。

 折角ツッコませてやろうと思ったのに。

 それに語呂、そこまで悪いか? お互い様だと思うんだけど。


「で、事件について何かあるんですか?」

「ねーくんはあれで納得?」

「…………」

「ほら、図星みたいな顏」

「いや違いますよ。あなたに〈ねーくん〉と呼ばれたことが気に喰わないだけです」

「ねーくんやさしい、ねーくんかっこいい、ねーくんだいきらい、ねーくんせいじつ、ねーくんそんけい、ねーくんもてもて」

「途中で悪口入っているんですけど」


 この人って、どうしてこう、人の気持ちを逆撫でするんだろうか。

 逆撫で? 撫でてもないだろ、こんなの。

 逆殴り――いや、もう普通に殴っているだけだ。


「で? 納得してんの?」

「していますよ、そりゃあ。だって記館さんが解決してくれたんですから」

「へえ――随分と信頼を置いているようだな。でもよお、いくらその人が信頼できるからって――」


 万丈目さんは言う。


「――人と言葉の信頼は同じじゃない。信頼できる人だから信頼できる言葉だと思っているなら、それは間違いだ」

「…………」

「いいや、お前は知っているはずだ……それをな。今回、疑問に残ったことがいくつもある――けれど、〈無忘探偵〉を言い訳にそれを有耶無耶にしているだけ」


 言い訳。

 僕が疑問に思ったこと。

 無忘探偵。

 彼女が疑問を残したこと。


「例えば、五十嵐美笑。彼女が言った動機を、まさかそのまま、本気で受け取っているわけじゃないだろうな?」


 ねーくんの気を引くためだよ――

 信頼できる人でも、嘘をつく。

 確かにそんなことは、知っていた。


「そんなもの、たとえ嘘だとしても、真実が分からないのでは、信じるほかないですよ」

「そうか? 信じるとも疑うともせず、知らないという選択肢もあるだろ」

「知って知らぬふりってやつですか。そんなことができるならば、したいものです」

「知って? 知らぬふり? はッ……お前は何も知らないままだろ。それとも真実を、実は知っていました――なんて、道化気取りでもするつもりか?」


 知らない……何も、僕は何も知らない。

 そうなのかもしれない。


「そもそも美笑ちゃんが嘘をついたって証拠がないですし」

「証拠証拠証拠証拠。しょうこ。そんなもん、逮捕するわけでもないんだからいらねーんだよ。いるのは真実だけだ」

「それで、じゃあ嘘を言っていると思う理由はなんですか?」


 万丈目さんは黒い財布から千円札を二十二枚、取り出した。


「チケット二十二枚……あーん? こんなもん、何に使うってんだ? おまけにそれに使ったはずの千円札も、盗んだのではなくちゃあんとある。おかしいだろ? わざわざそんな大量に買わなくったって、精々二枚あれば充分だ」


 二十二枚?


「何を言っているんですか、万丈目さん。二十三枚です」

「は? 二十二枚だろ。二十三枚なら――おかしいじゃねえか」

「おかしいって、何が?」

「このチケットは二枚セットなんだよ。二枚セットでしか販売されていない。合計枚数が奇数になるなんてありえないな。数え間違いかなんかだろ」


 なんだって……二枚セット?

 だとしたら、だとしたら――こんなのって。

 いや、それこそありえない。

 あれは嘘のはずだ。


「それで、じゃあわざわざそんな大量にチケットを買った理由は?」

「二十二枚のチケットを買ったら、普通どうする?」

「友人とか、そういう人に配って、みんなで見に行くとか?」


 生憎、僕には二十人以上の友達はいない。精々、親戚くらいのものだろう。親戚にしたって、二十人以上集めるとなれば、全国から召集しなければならないが。


「そう。はじめはそうするつもりだったんだ、五十嵐もな。だが、失敗に終わった……それはな、五十嵐とその元彼が本当は行くはずだったチケット――ではない。いや、正確にはそうかもしれないが」


 と、万丈目さんは続ける。


「五十嵐は友人二十人以上で、その彼氏にサプライズのバースデープレゼントをするつもりだった。粋なもんだな、優しい女の子だ」


 僕は少し安堵する。

 彼女の笑顔は、笑顔だけは本物なのだったと。


「だけど、弩頭和義――つまりその彼氏の先輩にあたる弩頭が、密告した。あることないこと、ないことあること、彼氏に色々話したんだ。弩頭は、そのためだけにあのコンビニにバイトとして入り、話のネタを着々と溜めこんだのさ」

「う……嘘、だ。そんな、そんなふざけた話があるか」

「嘘じゃない。だっておかしいだろ? 弩頭がこのコンビニを辞めていく理由なんて、一つもなかったはずだ」

「そんなことする奴なんて……」

「悪気はなかった――ってやつだよ。人間関係による会話なんてそんなものさ。人の不幸は蜜の味……確かに、ありゃあ最高だな。俺様にしてみれば、金の味だが」


 万丈目さんは言って、先程出した千円札二十二枚を財布に戻す。


「そして、そうやって彼氏が〈信頼できる人間の言葉〉を〈信頼した〉挙げ句、二人は別れた……そしてほどなくして、彼女はその事実を突き止めてしまう」

「突き止めるったって、それは難しいはずですが」

「金さえ払えば何でもしてくれる奴がいれば、余裕だろうなあ」


 と、万丈目さんは他人事のように言った。

 ……この人のせいか。まあ、それも仕事のうちだろうから、僕がとやかく言うことではない。


「ていうか、美笑ちゃんにそんな金あったんですか?」

「無かった。だがな、俺様は神梨っつー野郎がそのバイトで働いていると聞いたもんだから、こりゃあ前回――いや前々回の借りを返さないといけないと、思ったわけよ」


 最低な野郎だ。

 畜生、そいつは僕じゃないか。

 だから〈ねーくん〉って僕が呼ばれていること知っているのか。

 不運な出会いがあったものだから……出会いこそ違えば。いや、出会いさえなければ。


「そういうわけで、五十嵐美笑の動機は――弩頭への復讐。まあ、最初に容疑を押し付けられなかった時点で、あの犯行は失敗に終わったようなものだ」


 復讐。

 恨み恨んで、恨み尽くす。

 嫉妬なんて。

 嫉妬なんて、甘いものじゃなかった。

 色恋沙汰であれば、まだ良かった? いや、色恋沙汰だからこそ起きた事件だ。恋さえ絡まなければ、こんなことにはならなかった。


「ちなみに、だ。ねーくん」

「ねーくんはやめてください」

「コーヒー事件についてだが、あれは記館探偵、一つだけ間違っていたな」

「……へ?」

「実は睡眠薬の量もいじっていてな。福友井にはより深く、そして弩頭にはできるだけはやく起きてもらうつもりだった。何度も下調べした結果、福友井がコーヒーを入れて、渡す順番は、五十嵐、弩頭、ねーくん、福友井の順番だった……が、何か知らないが、恐らくねーくんがいなくなったせいだろうか、福友井と弩頭の順番が入れ替わった――だから、弩頭は深く眠った」

「どうしてそんなことしたんですか?」

「お前が控室に帰ってきたとき、一人だけ起きていたとしたら――普通そいつを疑うだろ」


 そうか。確かに僕は、寝てはいたものの最初に起きた、福友井店長を疑った。


「まあ、無忘探偵は誤魔化せたかと言えば、微妙だがな。けど、五十嵐は初めからずっと、弩頭に罪を――自分を陥れた罪を背負わせるために動いていた」


 そう言って、万丈目さんは僕の後ろにある煙草を指差した。突然の注文にちょっと驚いたが、それでもマニュアル通りに仕事をして、彼に手渡した。


「そういうわけで、これが全ての真実だ。事件についちゃあ、無忘探偵は概ね正しかったな。そういうわけで〈真実はいつも一つ!〉ってな。あばよ」


 万丈目さんは言って、嵐のように現れ、嵐のように消えていこうとした。

 が、僕は万丈目さんを呼んで引き留めた。


「なんだ?」

「……真実はいつも一つとは、限りませんよ」

「あ?」


 万丈目さんは頭にクエスチョンマークを浮かべつつ、そのまま帰っていった。


「金積万屋、あなたも一つだけ間違っていましたね」


 ぶつぶつと呟きながら、僕はレジの仕事を中断し、控室に戻る。まだ福友井店長は来ていないので、レジに誰もいないのは困るだろうが、多少の間はいいだろう。

 僕のロッカーを開けて、背伸びで上段にある靴をとると――

 ひらり。

 と、一枚、紙が落ちてきた。

 それは何処からどう見たって、ライブのチケットだった。

 ねーくんの気を引くためだよ――か。

 くだらない。

 本当にくだらないな。

 そういえばこのライブの日は暇だったな……。

 僕はおもむろに携帯を取り出して、電話を掛けた。


『……はい、もしもし!』

「もしもし――」

 僕はまた、彼女の笑顔が見れそうだった。

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