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無忘探偵の偽物暴ーニセモノアバキー  作者: 厳原玄彦
2話 いれかわりチケット
13/32

 5


「皆さん起きてください! 福友井さん! 弩頭さん! 五十嵐さん!」

 

 記館さんが叫ぶ。

 僕は呆然と、立ち尽くしている。


「福友井さん! これは一体何が起きたんですか!?」


 記館さんが叫ぶ。

 僕は呆然と、立ち尽くしている。


「弩頭さん! やばいですよ、これ! まじやばいです!」


 記館さんが叫ぶ。

 僕は呆然と、座り込んでいる。


「五十嵐さん……何が――」記館さんが何かに気付いた。「神梨さん、とりあえず、皆さんを起こしましょう」

「起こす……って」

「寝ているだけです。死んではいません。机の上にコーヒーが三つあります。恐らく、睡眠薬を盛られたのでしょう」


 なんだ……そうだったのか。皆、生きている。良かった……。

 てっきり僕は――


「安心した――という表情をしていらっしゃいますが、事態が悪化したのには、代わりはありませんよ」

「そうですね。すみません」

「とりあえず、皆さんを起こしましょう。話はそれからです」


 言われて、僕と記館さんは皆の体を揺すり、起こそうとした。一応全員、「んんー」のような唸り声は上げるのだが、誰一人としてちゃんと体を起こすことはない。

 呆れ果てた僕は、ひとまず記館さんに許可をもらい、散らかったチケットを集めることにした。

 弩頭くんが目の前にいたら、一度蹴ったりしながら集める――どうだい? 痛かろう。目を覚ますといい。大義名分というやつだ。


「ん……んあ――へ?」


 と、まず目を覚ましたのは、福友井店長だった。怪訝な顏で僕と記館さんを、そして周囲を見る。

 体を起こし、一度二度、目を擦ってから記館さんに問いかけた。


「……僕はどれくらい寝ていました?」

「それならば、福友井さんがコーヒーを飲んだのかでかなり変わってきますね」

「そ、そうか……ええっと、それはもう、君たちが出ていってすぐだな」

「だとすると……最大で、三十分というところでしょうか」


 三十分。

 僕は全く気付かなかったけれど、そんなに記館さんと喋っていたのか。

 まあ記館さん、エロ本読んでいたからなあ。


「はあ……申し訳ありませ……ん……」と、福友井店長の目が閉じようとしている。睡眠薬にこれほどの力があるとは、驚きだ。

「駄目ですよ、福友井さん?」


 記館さんが、何だか分からないがとてつもない圧力を出している。福友井店長もそれに気付いたらしく、顏を横にぶるぶると振って、自分ではっきりと目を覚まさせた。

 それから、福友井店長が完全に意識がはっきりするまで待ってから、三人で話すことになった。弩頭くんと美笑ちゃんは、全く起きる様子がない。福友井店長は、誰かに眠らされていたことが不安で仕様がないらしく、しばらくの間、控室内を歩いたり何度も見渡していた。

 ちなみに、記館さんが提案した、コンビニは臨時休業ということで、意見が一致した。

 最初からそうしておけよ。


「さて、それでは状況を整理しますね」記館さんが切り出した。「まず、私たちがこの部屋に入ったとき、千円札はそのまま、チケットだけが部屋中に散らばっていました。ですから、これは風などではなく、何者かによる犯行でしょう」

「それで、それに一体どういう意味があったんですかね」


 福友井店長は純粋に聞く。


「意味――ですか。その行為に、意味はなかったのかもしれません。それは例えば、チケットをロッカーの中に隠すとかでも良かったということです」

「ふんふん」


 福友井店長も、探偵の推理に若干興味を示している。


「つまり、犯人のしたかったことは――チケットを減らす……ということでしょう」

「え……」


 それは、チケットが減っていると、そういうことか?

 僕は集めている最中、全く数えていなかったのもあるが、記館さんなんて一枚も集めていないのに、そして数えているような素振りも全く無かったのに、どうして分かったのだろう?


「高さが違いますからね。私が初めて見たときの、積み上げられているチケットの高さと、そして現在の高さは少しばかり違います。まあ――これはどうせ、数えることになれば、気付くことだったので、大したことはありません」


 平然と、記館さんは言った。

 確かに僕がやらなかっただけで、普通ならば、散らばったチケットがちゃんと全部あるか、数え直すだろう。

 探偵ならば、なおさらだ。記館さんはその手間を省いただけ。


「だったら、その辺に落ちているとか?」

「ありえますが、私が見たところ、何処にも見当たりませんでしたね」

「ロッカーの中、とか」

「そうですね。それも、ありえない話じゃありません。ですが、犯人が意図してこれを散らかしたのであれば――犯人が意図して、チケットを隠そうとしたのであれば、ロッカーに入れるのはどう考えても悪手です。普通、調べますよ。一枚足りないって分かったなら」

「な、なら、調べておいた方がいいんじゃないですか?」

「別に構いませんが、どうせ見つかりませんよ」


 自分の推理にケチをつけたれたのが気に入らないのか、記館さんは若干、棘のある言い方をした。何故かとても申し訳なく感じたし、まあ記館さんがそこまで言うのだから、ここは探さないことにしておいた。

 しかしだとしたら――一体どこに消えてしまったのだろう。ゴミ箱と言いたいところだが、すでに僕はゴミ箱を調べていて、その中に一枚チケットが入っていたのを確認している。そしてそのチケットはすでに、机の上に積み上げられている。


「服の中に隠した――くらいですね」


 福友井店長が言った。

 そうか。服の中。

 確かにそうであれば、中々見つけにくいだろう。


「はあ……」記館さんが変に曖昧な返事をする。「しかし、寝ている人を、無断で調べるのは少々気が引けますので、それは後回しですね」


 それもそうだ。

 寝ている間に服を調べられたなんてあったら、たまったもんじゃあない。

 特に、美笑ちゃんは女の子だ。

 ……寝顔が可愛いな。

 そういえば、どうして福友井店長は早く起きたのだろう?


「あの、福友井店長はどうしてこんなに早く起きられたんでしょうか?」

「誰よりも早く、睡眠薬入りコーヒーを飲んだから。福友井店長は日頃から睡眠薬を服用しており、効き目が薄かったから。そして――」


 記館さんはもっとも重視するように、一呼吸置いてから、


「薬の量が他のコーヒーより少なかったからという可能性」


 と、言った。


「ちょ、ちょっと待ってください。僕は知りませんよ、そんなこと」

「ええ、あくまで可能性の話ですので、お気になさらず。というよりも、現状、というか先程の全員が寝ている状況――犯人はもしかしたら、別にいるのかもしれません」

「へ?」


 僕は思わず、拍子の抜けた声で言った。


「例えば事前に、コーヒーに睡眠薬を仕込んでおいて、そして何処かに隠れておく――例えば使われていないロッカーとか、ここにはありますからね。そしてチケットを散らかして、一枚盗んだ後、裏口から脱出……ええ、何の問題もありませんね」

「それは、結構無茶なんじゃ」

「無茶でも、もし第三者が犯人なのだとしたら、この犯行は成功したと言えるでしょう」


 何も言えなかった。

 なんてことだ。

 もしそうならば、いくら記館さんでもこの事件は迷宮入りだ。警察の手を借りてしまえば、あるいは簡単に発覚してしまうかもしれないが――だったら、初めから警察を呼ぶべきだっただろう。そして、このコンビニに、この事件において発生した害は、一つとしてないし、それでは警察を呼ぶと、コンビニの評判が下がるだけではないだろうか? 福友井店長はそう考えているからこそ、警察は呼びたくないと言っているのだろう。

 店長の意見を、僕が口出すつもりは勿論ないし、僕としても、誰にしたって、警察沙汰になるのはできるだけ避けたい。

「それじゃあ、もう――」と、僕が諦めかけた時に、美笑ちゃんが目を覚ました。

 気持ちよさそうに体を伸ばして、欠伸もしつつ、僕らを見ている。福友井店長は僕らが無理矢理起こしたから、目覚めは悪かったが、美笑ちゃんはそれより多少、目覚めはいいようだった。


「ふああ……なんかもう、なんかもうだよう」


 ああ、もう、可愛いなあ。

 なんかもう、可愛すぎるって罪だよな。


「ねーくん、どうしたの?」

「い、いや、何でもない」


 わりと勘の鋭い女の子だ――いやいや、僕はそんな下心を込めて彼女を見ていない。


「五十嵐さんが起きましたね。そうなければ、後は弩頭さんだけですか。まあ、気長に待ちますか」

「って、うち寝てたのー!?」急に美笑ちゃんが叫んだ。「まままま、まさか! ねーくん、うちの寝顔見た?」

「い、いや――不可抗力というか……」 

「最悪だ! 最低だ! 終わりだ! 終焉だ! この世の終わりだー!」


 ひどい言われようだ。

 さすがに、僕が美笑ちゃんの寝顔見ただけで世界滅亡は困る。

 むしろ世界平和が約束されたと言っていいだろう。

 ていうか目を覚まして、すっかり立ち直ったな。もしかしたら、忘れているだけかもしれないが。だとしたら、思い出さない方がいいのかもしれない。僕は彼女の泣いている姿は、あまり見たくない。


「はあ……最悪」


 ……どちらにせよ、落ち込んでいるが。


「にしても」と、福友井店長が切り出した。「どうしてこんなに、今は二十二枚だけど、どちらにせよ、こんなにチケットを買ったんでしょうね」


 それは最初から、僕も思っていた疑問だ。

 こんなことまでする必要があったのだろうか。

 嫌がらせなら嫌がらせで、チケット二枚くらいでも良かったのではないだろうか。


「そうですね……それもまた、意味なんてないのかもしれませんね」


 記館さんは暢気に、コーラを飲みながら言った。

 案外、様になっている。


「意味……か」


 動機。

 それもまた、謎だ。

 どれもこれも謎なまま、時間だけが過ぎていく。

 無論、記館さんの記憶力は何処まででも続くので、いくら時間が経っても関係ないと言えば、そうなのだが。


「ね、ねえ。ねーくん、今、ここ出てもいいかな?」


 美笑ちゃんが僕の耳元でそっと呟いた。いつの間にか隣に座っているし――


「どうだろう……記館さんに聞いてみないと」

「そ、そそ、そうだよねー」

「……?」


 よく分からないが、美笑ちゃんは今度、記館さんの隣まで行って、これまた小声で言っている。聞き耳を立てるつもりはないので、様子だけ観察していると、福友井店長が僕に話しかけてきた。


「神梨。レジ番しているとき、客とか来なかったか?」

「いいえ、来ませんでしたよ。客――と言えば、まあ記館さんがそうですが」

「それにしては三十分も、何していたんだ?」

「へ? そ、それは……」


 記館さんがエロ本見てたから――なんて言えるわけないじゃないか。

 というかあの人もあの人で、最初からエロ本が目的だったんじゃないだろうか……それくらい、迷いなく止まったからなあ。

 とりあえず、ここは適当に誤魔化しておこう。


「本のコーナーで、立ち読みしていましたからね」


 嘘は言っていない。


「ふうん、まあ探偵だからな」


 探偵は関係ないだろ!

 というツッコミはさておき、どうやら記館さんと美笑ちゃんの密談も終わったらしく、すると美笑ちゃんがこそこそと控室を出ていった。全員に見えているのに、こそこそ移動する意味はないだろう――意味、意味か。

 意味なんてない。

 動機なんてない。

 だとしたら、ただの悪戯なのだろうか?

 まあ、僕がいくら考えても、記館さんに任せるほかないのだ。


「それで、美笑ちゃんは何処に行ったんですか?」


 沈黙が続いたので、僕は疑問に思ったことを、口にしてみた。


「セクハラです」

「…………」

「セ、ク、シャ、ル、ハ、ラ、ス、メ、ン、ト。セクハラ、です」


 知っている。

 いや、何がセクハラかは、知らないが。

 それともエロ本のことを引っ張っているのだろうか。

 福友井店長に助けを求めると、福友井店長まで軽蔑の目をしている……。一体僕が何をしたって言うんだ。まあ、いいさ。こういう扱いは慣れている。

 じゃあ、どうして一人で行かせたのだろうか? たとえ彼女が被害者とはいえ、記館さんがそんなこと許すだろうか?


「ういー」と、のそりと弩頭くんが体を起こした。どうやら、ようやく起きたようだ。まあ、ある程度僕らが起きる手伝いをしたので、薬の効果より早く起きていることに間違いはないが。

「お、皆いんじゃーん。へいへーい! Do? どぅーどぅー? 解決しちゃいそう?」


 目覚めはいい方らしかった。

 いや、目覚めは最悪だろう。これほど(僕らが)面倒くさい目覚め方をするのは、彼くらいのものだ。

 ストレスゲージがマッハでマックスだ。


「ちょ、まじ、やばくね? みえたん、いないじゃん! どったの?」

「お花を摘みに」


 と、記館さんが端的に言った。


「ああー納得ぅ!」


 それには同意だ。

 成程、そういうわけだったか。

 セクハラ――ね。

 鈍感とはあまり言われたくないが、福友井店長も気付いていたし、認めざるを得ないだろう。弩頭くんは起きたばかりだから、その質問は当然と言えば当然だしな。

 にしても、美笑ちゃんにしたって、弩頭くんにしたって、誰かに眠らされたという恐怖はないのだろうか。

 ……いや、弩頭くんはもしかしたら、自分だけ昼寝していただけと思っているのかもしれない。彼なら充分あり得る。


「さて」


 記館さんは言って、立ち上がった。そして続ける。


「弩頭さんに色々、訊かなければならないことがあります。よろしいですね?」


 あまりの気迫に、弩頭くんは黙って頷くだけだった。

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