4
4
四人で、チケットも千円札も何度か数えた。そしてそれは、間違いなく二十三枚だったのだ。一人ならまだしも、四人で数えた場合、そこに数え間違いというものが発生するのは、ほぼほぼありえないと言っていいだろう。
にもかかわらず、記館さんは、しなくてもいい確認をしてきたのだ。
いや――記館さんが、しなくてもいい確認を、するはずがない。
する必要があった確認、としか思えない。
だからこそ、だからこそ何故そんなことを聞くのかが、理解できなかった。
「神梨さん?」
「あの、どうしてそんなことを聞くんですか?」
「……いえ、疑問に思いまして」
相変わらず、謎だった。
まあ、記館さんの頭の中がどうなっているかなんて、僕には皆目見当もつかないので、どう考えても無駄なのだろうけれど。
「そこまで聞かれると、自信失いそうですけど、確か、そうでした」
「ふむ。わりと、曖昧な返事ですね。まあ、いいでしょう」
そんなこと言われても……なんか申し訳ない気持ちでいっぱいになったじゃないか。
質問の意図を教えてくれないのだから、不安になるのも仕方ないだろう!
と、声を大にして言いたいところだが、記館さんの性格上、結局言ったところで無駄なので、僕は大人しく引き下がった。
しかし同時に、記館さんも引き下がった。
物理的に、具体的に、雑誌コーナーまで引き下がった。
どうやら突然雑誌も買いたくなったらしい。まあ誰でもよくあることだが、仕事中に雑誌を買おうとする人は初めて見た。そしておそらく、これが最後だろう。
まずレジから雑誌コーナーに向かうと、女性向け雑誌がある。記館さんのファッションセンスを考えれば、興味を惹く雑誌はなさそうだし、案の定、そこは足も止めずに通り過ぎた。
次に漫画系統の雑誌が固まるところだ。記館さんに興味があるかは不明だったので、気になって様子を窺ったが、これもまた、足も止めなかった。
そして。
次は、
大人向け雑誌コーナー。
別名エロ本コーナー。
記館さんはあろうことか、そこで足を止めてしまった。
止めるだけならまだしも、上からある本を次から次へと読み漁っている――
おいおい。おいおいおい。おいおいおいおい。
待て待て、そこは、大人向け雑誌とは書かれているが、男性向け雑誌でもあるんだぞ!
いやいや、確かに、記館さんはどう見たって十八歳以上だし、それに女性向け雑誌を男性も見ていいように、男性向け雑誌も女性は見ていいはずだが。
それでも、それでもおかしい。
記館さんはまだ読んでいる。全て流し読みに見えるが――そう、記館さんの記憶力をもってすれば、全て流し読みくらいが丁度いいのだ。
「ちょ――ちょっと、記館さん!」
僕は思わずレジを乗り越え、記館さんの方へと向かった。
「何しているんですか!?」
「何って……エロ本読んでいるんですよ」
記館さんは悪びれもせずに言った。悪くはないけれど。
「だ、駄目ですよ! 読んじゃ駄目です!」
誰だ! 最近だとちゃんと立ち読みできないようにされているのに、このコンビニでは立ち読みできるようにしているのは!
福友井! お前だ!
「神梨さん、もしかしてエロ本が嫌いなんですか? 男性なのに」
「えっ」
それはとても、難易度の高い質問じゃないだろうか。
はい、と答えた場合。
これは当然ながら、僕はエロ本が好きだということを記館さんに知られてしまう。別に好きなことに問題はなくとも、僕に性癖をばら撒く趣味は、生憎ない。
いいえ、と答えた場合。
記館さんが言っている通り、僕は男であるにもかかわらず、エロ本が嫌いだというのだ。興味がない――ならまだしも、嫌いというのは、それはそれである種の性癖に見える。
だからここは、
「好き嫌いではなく、そんなことしてる場合じゃないでしょ!」
と、話題を逸らして逃げた。
「いいえ、大事なことなので、教えてください」
「ぐっ」
大事なこと……だと?
僕の性癖が、この推理に大事だとでも言うのか……。
だったら、教えるしかないじゃないか――
「って、そんなわけあるかー!」
「ばれましたか。残念無念また百年」
「遠い! 死んでしまうわ!」
「残念無念また怨念」
「死んだー!」
「ナイスツッコミ」
とか言いつつ、記館さんはまだエロ本を読んでいた。
事件の現場より、カオスな状況に思える。
この人は残念でも無念でも因縁でもなく、とんでもなく天然だ。
あんたのイメージが崩れてしまうんだ。
あんたのイメージは赤色なんだよ。
桃色じゃあないんだよ。
ほんとに、知れば知るほど不思議な探偵だと、改めて思う。
「さて」と言って、記館さんが全てのエロ本を読み終わった。「そういえば、神梨さん、エロ本の売り上げの方はどうなんですか?」
エロ本って、何か言ってほしくねえなあ。
まあ――これはこれで、そそるのか?
「ぼちぼちでんなあ――と言いたいところですが、残念ながら、全く売れていませんね。ほんとに、これっぽっちも」
「そういう時代ですからね。仕方ないのでしょうけれど、やはり、一つも売れないとなると、取り寄せる意味もないんじゃあないですか?」
「ですから、このエロ本は、店長いわく一年前のものらしいですよ。それでも一つも売れないってんだから、馬鹿げた話ですよね。聞いた話によると、他のコンビニではちらほら――本当にちらほららしいですけれど、買う人はいるみたいです」
つーか、何の話しているんだ?
どう考えても、推理とは関係なさそうなんだが。
「へえ、そうなんですか。まあ、コンビニって、地域差がありますからね。この辺の方は誰も買わないってことでしょう」
「記館さん、買ってみたらどうですか?」
「セクハラですよ」
「…………」
「セクハラです」
僕が悪いのだろうか。
セクハラと言えば、記館さんだって、僕に性癖の暴露を要求してきたじゃないか。どちらかと言えば、あれこそセクハラだと思うんだけど。
まあ――確かに、軽率な発言だったことは認めよう。
けれど、素直に謝るのも癪だったので、心の中だけで謝っておいた。
記館さんは、その後もいくつか店内を回ってから、
「そろそろ、戻りますか」
と言った。
記館さんはさっきまでの会話が無かったかのように、控室の方へと向かっていった。
僕はここに残るべきか迷ったが、しばらく記館さんの見ていたエロ本を眺めてから、控室の中に戻っていった。
しかし控室の中に入ると――
事態は急展開を迎える。
急加速し、急落する。
福友井店長、弩頭くん、美笑ちゃん。
彼らは全員倒れていた。
そして――机の上にあったはずのチケットは、控室全体に散らかっていた。