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無忘探偵の偽物暴ーニセモノアバキー  作者: 厳原玄彦
2話 いれかわりチケット
12/32

 4


 四人で、チケットも千円札も何度か数えた。そしてそれは、間違いなく二十三枚だったのだ。一人ならまだしも、四人で数えた場合、そこに数え間違いというものが発生するのは、ほぼほぼありえないと言っていいだろう。

 にもかかわらず、記館さんは、しなくてもいい確認をしてきたのだ。

 いや――記館さんが、しなくてもいい確認を、するはずがない。

 する必要があった確認、としか思えない。

 だからこそ、だからこそ何故そんなことを聞くのかが、理解できなかった。


「神梨さん?」

「あの、どうしてそんなことを聞くんですか?」

「……いえ、疑問に思いまして」


 相変わらず、謎だった。

 まあ、記館さんの頭の中がどうなっているかなんて、僕には皆目見当もつかないので、どう考えても無駄なのだろうけれど。


「そこまで聞かれると、自信失いそうですけど、確か、そうでした」

「ふむ。わりと、曖昧な返事ですね。まあ、いいでしょう」


 そんなこと言われても……なんか申し訳ない気持ちでいっぱいになったじゃないか。

 質問の意図を教えてくれないのだから、不安になるのも仕方ないだろう!

 と、声を大にして言いたいところだが、記館さんの性格上、結局言ったところで無駄なので、僕は大人しく引き下がった。

 しかし同時に、記館さんも引き下がった。

 物理的に、具体的に、雑誌コーナーまで引き下がった。

 どうやら突然雑誌も買いたくなったらしい。まあ誰でもよくあることだが、仕事中に雑誌を買おうとする人は初めて見た。そしておそらく、これが最後だろう。

 まずレジから雑誌コーナーに向かうと、女性向け雑誌がある。記館さんのファッションセンスを考えれば、興味を惹く雑誌はなさそうだし、案の定、そこは足も止めずに通り過ぎた。

 次に漫画系統の雑誌が固まるところだ。記館さんに興味があるかは不明だったので、気になって様子を窺ったが、これもまた、足も止めなかった。

 そして。

 次は、

 大人向け雑誌コーナー。

 別名エロ本コーナー。

 記館さんはあろうことか、そこで足を止めてしまった。

 止めるだけならまだしも、上からある本を次から次へと読み漁っている――

 おいおい。おいおいおい。おいおいおいおい。

 待て待て、そこは、大人向け雑誌とは書かれているが、男性向け雑誌でもあるんだぞ!

 いやいや、確かに、記館さんはどう見たって十八歳以上だし、それに女性向け雑誌を男性も見ていいように、男性向け雑誌も女性は見ていいはずだが。

 それでも、それでもおかしい。

 記館さんはまだ読んでいる。全て流し読みに見えるが――そう、記館さんの記憶力をもってすれば、全て流し読みくらいが丁度いいのだ。


「ちょ――ちょっと、記館さん!」


 僕は思わずレジを乗り越え、記館さんの方へと向かった。


「何しているんですか!?」

「何って……エロ本読んでいるんですよ」


 記館さんは悪びれもせずに言った。悪くはないけれど。


「だ、駄目ですよ! 読んじゃ駄目です!」


 誰だ! 最近だとちゃんと立ち読みできないようにされているのに、このコンビニでは立ち読みできるようにしているのは!

 福友井! お前だ!


「神梨さん、もしかしてエロ本が嫌いなんですか? 男性なのに」

「えっ」


 それはとても、難易度の高い質問じゃないだろうか。

 はい、と答えた場合。

 これは当然ながら、僕はエロ本が好きだということを記館さんに知られてしまう。別に好きなことに問題はなくとも、僕に性癖をばら撒く趣味は、生憎ない。

 いいえ、と答えた場合。

 記館さんが言っている通り、僕は男であるにもかかわらず、エロ本が嫌いだというのだ。興味がない――ならまだしも、嫌いというのは、それはそれである種の性癖に見える。

 だからここは、


「好き嫌いではなく、そんなことしてる場合じゃないでしょ!」


 と、話題を逸らして逃げた。


「いいえ、大事なことなので、教えてください」

「ぐっ」


 大事なこと……だと?

 僕の性癖が、この推理に大事だとでも言うのか……。

 だったら、教えるしかないじゃないか――


「って、そんなわけあるかー!」

「ばれましたか。残念無念また百年」

「遠い! 死んでしまうわ!」

「残念無念また怨念」

「死んだー!」

「ナイスツッコミ」


 とか言いつつ、記館さんはまだエロ本を読んでいた。

 事件の現場より、カオスな状況に思える。

 この人は残念でも無念でも因縁でもなく、とんでもなく天然だ。

 あんたのイメージが崩れてしまうんだ。

 あんたのイメージは赤色なんだよ。

 桃色じゃあないんだよ。

 ほんとに、知れば知るほど不思議な探偵だと、改めて思う。


「さて」と言って、記館さんが全てのエロ本を読み終わった。「そういえば、神梨さん、エロ本の売り上げの方はどうなんですか?」

 エロ本って、何か言ってほしくねえなあ。

 まあ――これはこれで、そそるのか?


「ぼちぼちでんなあ――と言いたいところですが、残念ながら、全く売れていませんね。ほんとに、これっぽっちも」

「そういう時代ですからね。仕方ないのでしょうけれど、やはり、一つも売れないとなると、取り寄せる意味もないんじゃあないですか?」

「ですから、このエロ本は、店長いわく一年前のものらしいですよ。それでも一つも売れないってんだから、馬鹿げた話ですよね。聞いた話によると、他のコンビニではちらほら――本当にちらほららしいですけれど、買う人はいるみたいです」


 つーか、何の話しているんだ?

 どう考えても、推理とは関係なさそうなんだが。


「へえ、そうなんですか。まあ、コンビニって、地域差がありますからね。この辺の方は誰も買わないってことでしょう」

「記館さん、買ってみたらどうですか?」

「セクハラですよ」

「…………」

「セクハラです」


 僕が悪いのだろうか。

 セクハラと言えば、記館さんだって、僕に性癖の暴露を要求してきたじゃないか。どちらかと言えば、あれこそセクハラだと思うんだけど。

 まあ――確かに、軽率な発言だったことは認めよう。

 けれど、素直に謝るのも癪だったので、心の中だけで謝っておいた。

 記館さんは、その後もいくつか店内を回ってから、


「そろそろ、戻りますか」


 と言った。

 記館さんはさっきまでの会話が無かったかのように、控室の方へと向かっていった。

 僕はここに残るべきか迷ったが、しばらく記館さんの見ていたエロ本を眺めてから、控室の中に戻っていった。

 しかし控室の中に入ると――

 事態は急展開を迎える。

 急加速し、急落する。

 福友井店長、弩頭くん、美笑ちゃん。

 彼らは全員倒れていた。

 そして――机の上にあったはずのチケットは、控室全体に散らかっていた。

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