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無忘探偵の偽物暴ーニセモノアバキー  作者: 厳原玄彦
2話 いれかわりチケット
11/32

 3


 そして、記館さんを呼んだところまで戻る。

 美笑ちゃんは振られた、らしい。

 そこのところは、僕もあまり深入りせずに訊かなかった。といより、訊けなかった。

 福友井店長に記館さんを呼ぶ許可をもらいに行くと、〈探偵〉という言葉が引っ掛かるのだろう、あまり乗り気ではなかったが、警察沙汰まで持っていくことはないと説明したところで、渋々納得してくれた。

 探偵なんて、ほとんどの場合、殺人事件を解決するイメージしかないのだから、まあ、不安があると言えば、あるだろう。

 探偵が行くところに、事件あり。

 しかし今回の場合は、順序が逆だ。

 しばらくして――

 突然、雨の中、女性がコンビニに入ってきた。

 それは間違いなく、わざわざ女性と言う必要もなかったほどに、記館さんだった。

 全身真っ赤。

 外は血の雨でも降っているのか?

 いや、違うな、あれはレインコートだ。赤いレインコートだ。にしても、なんて趣味の悪い服だと、改めて思う。それこそ、探偵が行くところに、事件ありなのだから、赤は不吉すぎやしないだろうか。

 記館さんはレインコートのまま、レジを担当している僕に向かってきた。

 今日は木曜日。ちなみに――結局昨日は、手伝わされた。


「こんにちは、神梨さん。お久しぶりですね」

「ええ、はい、そうですね」

「これで三度目でしょうか。いやはや、すっかり常連さんになりましたね」


 常連か。

 嫌な言葉だ。

 よりによって、探偵に言われたのだから。


「というか、どうして今日なんですか? 明日って、話じゃあ……」

「敵を欺くなら味方からって言うじゃないですか。あれですよ」

「は、はあ――まあ、解決は早いに越したことはないので、構いませんけれど」


 ただのボランティアでレジをしているのも、いい加減面倒だったので、僕は記館さんを連れて控室に向かった。

 そして、控室の扉を、記館さんが開ける。

 皆驚いていた。

 固まっていた。

 当然だ。僕ですらも、記館さんは明日来るものだと思っていたのだから。


「皆さん初めまして、無謀探偵事務所からやってまいりました、記館創子です」

「……こ、こんにちは。僕は福友井友哉で、ここの店長をやっております」


 福友井店長。


「やっべ、まじやっべ! 赤すぎ! やべー!」


 弩頭くん。


「こんにちは、五十嵐いがらし美笑です」


 美笑ちゃん。

 そして、僕。

 皆は案外、対応が早かった。驚きを通り越して――みたいなものだろうか。

 犯人にしてみれば、最悪の展開である。


「では、まずレインコートを脱ぎたいのですが……暑くて」

「あ、ああ、それじゃあ、そこに置いてください」


 福友井店長は、使われていないロッカーを指して言った。中に入れたら蒸れない? そもそも、レインコートでここまで入ってきたこと自体、最初に僕が何とかするべきだっただろう。

 記館さんは了解して、ロッカーを開けたまま、中のハンガーにコートを掛けた。

 真っ赤。

 真っ赤っ赤。

 赤のロングコートに、赤のシャツに、赤のジーンズ。

 微妙な色合いこそ違うものの、それは赤すぎるくらいに赤すぎた。

 弩頭くんも、やばいを通り越して、唖然としている。


「それでは始めましょう」真紅の探偵は、一度僕ら全員を、一人一人しっかりと見た。「まずは私との信頼関係を結びましょう」


 これは、天心先生のときと全く同じ展開だ。

 まずは信頼。

 信頼がなければ、先には進めない。


「いえ、要りません。あなたの信頼は、神梨君により証明されています。あなたを信頼しないということは、神梨君を信頼しないも同然ですから。それは店長として、失格でしょう」

「そうですか。それは助かります。かなり、時間短縮になるので」


 僕としても、店長のその一言はとても嬉しい限りなのだが、弩頭くんと美笑ちゃんからしてみれば、どうなのだろう、はたして信頼を寄せていいものか微妙だろう。

 記館さんの特性については、僕が先に説明している。加えて、ここは控室。皆がそれぞれ、見られたくないものもここにあるはずだ。

 例えば福友井店長にしたって、ここの経済状況などがばれてしまうのは、不安でしょうがないだろう――それもこれも、記館さんが沈黙を貫けばいいのだろうが(というか記館さんはそういうつもり)、彼らの気持ちも分からなくはない。

 そして、正直なところ、福友井店長は愚かなことをしただろう。

 記館さんには記憶が消せる能力もある。これには僕もびっくりしたが、特定の記憶だけ、それも消すのは記館さん以外だと言うのだから、これ以上にないくらい便利な能力だ。

 便利な能力。

 それは、

 犯人にとっても――

 便利な能力。

 困るのは、記館さんだけだ。

 だからこそ、記館さんは、この能力をできることなら隠したいはずだろう。ばらしてしまえば、犯人がそれを利用してくる可能性があるから。


「で、何するつもりなの?」


 美笑ちゃんが不安そうだ。

 恋については、僕はどうでもいいのだが、美笑ちゃんは、泣くほど傷つけられたのだろう。チケット一枚――どころか、数十枚。それを、〈ざまあみろ〉と言わんばかりに見せつけられている。

 だとしたら、犯人は、その美笑ちゃんの元彼氏であり、弩頭くんの後輩――の今の彼女ではないだろうか。

 いるかどうかは知らないが、あるいはその後輩に思いを寄せている女の子という可能性も、あるにはある。

 嫉妬。

 嫉んで、妬んで、嫉妬し尽くす。


「何をする、ですか……あえて言うならば、何もしないことをする、ですかね」


 頓珍漢なことを言って、記館さんは控室の小さな椅子に座った。

 何もしないって……。

 確かにここは、さっきの状況とは全く違っていて、チケットが机の上にきちんと並べられ、弩頭くんのロッカーに入っていた数十枚の千円札も隣に置いてある。おそらく福友井店長がしておいたのだろう。

 厚さは全く同じのようで、何度も確認したが、チケットと千円札の数は、全く同じの二十三枚だった。

 ちなみにチケットの値段もきっかり千円。

 偶然というのには、あまりにも重なりすぎている。

 とはいえ、前とは状況が全く違うにしても、何もしないというのは、どういうことだ?


「何もしないって、そんなので解決できるんですか?」


 福友井店長も同じ疑問を持ったようで、そのまま記館さんに投げかけた。


「できるかどうかは、やらなければ分かりません。やって何も分からないのと、やらないで何も分からないのでは、その成果の意味は全く異なります」

「ですが、あなたは何もしないって……」

「だから、何もしないのを、するんですよ」

「屁理屈ですよ」

「それでも、理屈です」


 記館さんは何を言われようと動かないだろう。福友井店長も、ため息ながらに近くの椅子に腰かけた。

 時間はある――とは言っても、時間は限られている。

 今、レジには誰もいない。この間に客が来ないとも限らないので、できることならば、早めに解決してほしいものだ。

 それを記館さんは感じ取ったのか、僕の方を向いて、


「レジ、いいですよ」


 と言った。


「まじふざけんなってー。先輩が犯人かもしれないのに、ここでレジ行かせるのはおかしいっしょ」


 ふざけた口調で言うが、確かに弩頭くんの言うとおりだ。

 僕は、僕が犯人ではないことを知っているが、周りは違う。僕が出ていけば、そのまま記館さんの捜査から除外されるのは、僕からしてみても不安だ。


「いえ、私喉が渇いたので、買い物したいんですよ。ですから、レジに誰かいてくれないと困るんです。そこでまあ、最初レジを担当していた神梨さんに頼んだだけです。私が消えても、ここには三人いますから――まあ、三人が三人とも共犯だというのであれば、別ですけれど、五十嵐さんの様子を見る限りは、そうではないでしょうね」


 つまり僕の見張りを担当するのは、記館さんだ。

 そして他の三人は、お互いを監視し合う。

 犯人がこれから、何をしてもおかしくない――という判断だった。探偵という存在は、犯人にしてみれば脅威でしかないのだ。

 それから、僕と記館さんは共に控室を出て、それから記館さんは飲み物を即決で取り(ちなみにコカ・コーラ。こういうの買うとは意外だ)、僕のいるレジのところまで来た。

 僕らが控室で話している間、幸いにもお客さんはいない様子だった。正確には、もしかしたらいたのかも――というレベルだが。

 赤の財布を取り出して(財布まで赤とは、本当にこだわりがあるのだろう)、小銭を探している。

 と、ここで記館さんが声を出した。


「はい、一三〇円」記館さんは、百円玉一枚に、十円玉二枚――それからペットボトルのキャップをレジに出した。「今、これを見てどう思いました?」

「え……」


 一瞬何を言っているのか分からなかったが、推理の一環であることをすぐに理解できた。


「あ、ああ、どうって……」

「ふざけんなよ!」


 …………。

 びびった。

 めっちゃ怒られたのかと思った。記館さんの顏は冗談と言わんばかりに笑顔であふれているが。


「――と、思いませんでした?」

「そんなことは……いや、少し、思いました」


〈ふざけんなよ!〉とまで、強い想いではなかったにせよ、おかしな行動をするなあ、とは思った。


「ですよねえ。ちなみに、コーラのキャップを勝手に開けてしまいましたが、まあ、どうせ買うのでいいですよね?」

「はい、大丈夫ですよ」


 言って記館さんは、キャップと十円を入れ替えた。

 お釣りは二円。


「神梨さんをレジに呼んだのも、少しお話がありまして」

「ああ、まあそんなことだろうと思っていました」


 さっきは、僕がやっていたからという、もっともらしい理由で僕を呼んだが、レジを担当させるならば、どう考えたって被害者である美笑ちゃんの方がいいだろう。

 記館さんは気を取り直した具合で、「それでは改めて」と、言った。


「チケットはあれで、本当に本当に、絶対に絶対に、確実に確実に、間違いなく間違いなく――全部ですか?」


 記館さんの顏からは、すでに笑顔は消えていた。

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